逢魔が時
すごい!日付が変わる前ばかりか、ディナータイムに投稿できたぞ!
地平線に火の玉の落つる時、逢魔が時が訪れる。
朝と夜とがぐうるり交じり合い、陽の輝きを残す黄昏の時から、ふわり混沌を匂わせる境界の時刻へと成り代わった。
陰と陽のゆったりと交わる秩序無き時の中、世界のいたるところが捻じ曲がり亀裂を走らせた。その無理やりに生まれた空間の”傷”の割れ目から、どろり燻り立つは、何処にか犇めく妖しの気配。
ぴくりとその変化に身を震わせたのは、ふたり同時のこと。何を言うことも無く互いに目を見合わせる。何とない態度を装い、さりげなく人のいる場から離れた。
夕闇。あちこちに濃い闇があった。
光の陰、世界に”存在”を融け込ませた二つ影を、視界にいれる者は誰一人とて無し。
幽霊モードとなり、下界の者から認識されなくなったところで、宙を浮きながら山へ向かって加速した。あらゆる障害物を透過し、すり抜け、ただ一つその”気配”立ち込める地点へと、ひたむきに進んでいく。
包み来る薄闇の中、大気を揺らがせ、ふわり薫り立つ妖力の煙。それを辿って最短ルートで山を駆け上れば、一層妖気の濃く渦巻き湧く場所に踊り込む。
はたと宙に留まる。違和。
目前、”その場所”だけが、明らかに他の場所とは違うのだ。周りの景色と目視できる差異は特に無い。だけれど、その”地点”は、明らかな異常を第六感に叩き込んで来ていた。
『……うへぇ、何だか気持ち悪い感じ。酔いそうだよ』
『同感じゃの』
精神をかき乱す不条理に思わず呻けば、守り神様が重々しく頷いた。例えるならばそう、どうにも調律の狂った楽器の音を聞いているような、黒板を爪で引っ掻いた時のような、雰囲気を「ふいんき」と言っている人を見た時のような……。
おそるおそるその地点まで近づいてみる。やっぱり、妖気はどう考えてもこの特定の座標から流れ込んできている。見えない穴、とでも言えばいいのだろうか。とにかく、そのポイントより先に何かがあることは間違いないのに、視界には何も映らないのだ。
怪しい。どう見ても怪しい。
……さてはこれ、幽世につながるゲートなんじゃね? そう、きっとそう。ウン、今確信した。
『よし、じゃあ俺行ってくる!』
「ギュリィ!?」
『これ、待て』
抱きかかえていた妖怪姿のアニウエが鳴き、また守り神様が俺の触手をむんずと鷲掴んだ。
『あだっ! ちょ、何するんです? 結構デリケートなんですよ、この触手!』
『何をするはこちらの台詞じゃ。そんな見るからに怪しげなるところに、確認もせず突っ込む阿呆がおるか!』
ヒリヒリ痛む触手の付け根を押さえて抗議すれば、守り神様はシャーと牙をむき出しにして威嚇してきた。幽霊モードになってから、いつも通りの白蛇の交じり合った姿になっていたのが、今また一歩大蛇のものに近づいている。かっと裂けた口が恐ろしい。これはお怒りだ。
でも、只今の俺はそのお叱りに従えないのだ。だって絶対ここから先、幽世に繋がってるもん。どう見てもそうなんだもん。このシチュエーションで違ったら、俺はもうこの世界を信じられない。
守り神様は当然ながら原作知識を持っていない。そんな彼女からしたら、この違和感地点ことゲート(仮)は胡散臭すぎることだろう。
それに嬉々としてつっこもうとしている俺を止める理由も分かる。分かるんだけど。
『ここまで一切妖気を感じなかったってのに、ここからバッシバシに出てるじゃないですか! 絶対妖怪たちはここから先に居ますって! 放してください! こんなチャンス、逃すわけにはいかないんダァッ!』
『せめて何か少しでも安全かどうかを確かめてから行け! 妾が見て居れぬのじゃ!』
それならばと、即座に幽霊モードを解いてヒトガタに戻り、体に物理法則を適用させる。そうして足元に落ちていた石っころを手に持ち、天高く片足を突き上げ、華麗なるフォームでストレートにゲート(仮)に向かって投石すれば、例の違和感を感じる地点のあたりで、小石はすんと消えてしまった。もう一度言う。空中で、小石が、忽然と消失したのだ。
『それ見たことか! こんな得体のしれぬものに、突っ込んでいきよることの正気が知れぬよ』
「やっぱりゲートじゃん! 行ってきまーす!」
『待て待て待て』
駆けだそうとした俺に、守り神様は今度は蛇のような縄を召喚して、俺の体をぐるぐる巻きの筒巻に仕立て上げて動きを封じてしまった。アニウエはいつの間にか守り神様の隣に座ってこちらに視線を遣していた。心なしかじっとりと湿度を含んでいる気がするその目に舌をべっと出してやる。蛇の縄が強固にしまった。
「ぐえぇ、ぐるぢぃ」
『こらこの馬鹿! 阿呆! ……ああ、知って居ったよお主はそういう奴じゃったと……ほんに、どうしたものか……』
絶望顔に遠い目をする守り神様に良心が痛むものの、ここから先に俺の眷属たちがいるのではないかと思えば猪突猛進にもなる。行かせてくれェ! ここから先にあいつらが待ってるんだァ!
びたんびたんと陸に上がった魚のようにのた打ち回れば、守り神様は、さらに蛇縄の締め付け具合を引き上げて応戦してくる。おぶえぇ!
しかしてゲート(仮)の前で互いに必死の攻防戦を繰り広げていた折のこと。ふとゲート(仮)から溢れ出る妖気が濃く激しくなったかと思えば、きょとりと見上げる虚空の中に、突如として目視できるほど大きくなった”傷”が現れたのであった。
「えっなになになに、何なの?」
「ギャッ!」
『これは……!?』
三者三様に驚き目を瞬かせるその前で、ぐにゃりと水が渦巻くように空間が歪んだ。
刹那、パキパキと乾いた音を立てて現れた亀裂が宙を走り、花火の弾けるがごとく広がって行く。
みちみちと。何かが満ちて来る。
”傷”の縁に溜まったナニカが満ち満ちて来る。
それは巨大な影である。うぞうぞと滑り落ちてくる。
ぶわり薫り放たれる草木の腐臭。べちゃりべちゃりと零れる。流動体の体が地に打ち付けられては水音を立てる。ぶわりと土のニオイ。
『誰ダ、オデに石をブつけタ不届き者ハ……』
いくつものヒトの声を重ね合わせたかのような”声”が響く。ヘドロのような流動体。ゆっくりと這いずるソレが、ゆったりと一対の真っ赤に光る角のはえた”頭”をもたげた。
目だった。
体の中央にまで至るほど縦に長く伸びた、巨大な目があった。
ぶるりぶるりと不穏に身体を震わせたソレが、一つしかない眼でこちらを”視た”。
『アァあ゛あぁァアア゛ああ!!!』
”目々”が開いた。
百の目が開いた。
巨体にびっちり開いた。
地獄の釜を覗き込んだかのような有様だった。
老若男女の声帯を纏めたがごとき束の声。見開き極まる目、目、目。
絶叫と共に生えそろうは、百の人間の目玉が群れ。
注視。
瞳の全てがこちらを見ている。引き絞られる瞳孔。血走った白目。
目玉、目玉、目玉。見合わさる零れ落ちんばかりに見開かれた目玉の大群……!
――迸る妖気を身に纏ったソレは、正しく妖怪。百目の鬼。
一刹那。
その体がぐっと伸縮したかと思えば、目玉の妖怪が弾丸のような速度で飛び掛かって来た。守り神様の術によって四肢を封じられていた俺は、何の抵抗をすることも出来ずに、あっけなく押し寄せる肉の波の中に取り込まれてしまう。壁のように大きなスライムの体が俺を巻き込んで押しつぶす。ぬめる粘液の中に全身を浸され、覆う肉壁に生える視界一杯の目玉の全てが、ぎょろりとこちらを見ていた。
かくして、もみくちゃに揉みこまれる最中に、有耶無耶になっていた縁が今一度結び直されるのが分かったのだ。
『あ、ア、あ、主ィ~~~!』
ごりごりとその頭に聳え立つ巨大な角を擦りつけて来るそいつは、俺の眷属が一匹。神力によって契約の結ばれた、神使の一体だった。




