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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・後
89/116

ふるさとにかえる

すっかり夏になりましたねぇ。

 妖の本能のままに霊力をむさぼるアニウエを眺めながら、仮説が正しかったことを認めて一人ほくそ笑む。霊力の塊をブチ込んだ傍から、彼の様子は見てわかるほどに元気になったのだ。


 本能に支配されるアニウエは、力ばかりか手の肉までもっていってしまっているが、俺の血肉に含まれる3種の力は、神使契約を結んでいるコイツにとっては栄養にしかならないから、これが彼自身にとって力を得るための最大効率ってわけだ。一心不乱に肉を齧る様には、最近ちらつく理性の欠片も見えない。それに何となくほっとするような心地がした。


 とにもかくにも成功したみたいで良かったよ。

 新システム上では、この地――仮名”現世”に存在するためには、霊力が必須、っと。メモメモ。これで上に提出する情報のストックが一つ出来たぞ。あとで”幽世”も探さなきゃな。




『あ、よろしければスサノオ様もいります? 霊力』


 謎を一つ解き明かしたかのようなわくわく気分のままにふと後ろの大物を振り返れば、その先には見知らぬ子供が立っていた。きりりと整った目鼻立ちにどこか尊大な気色を浮かばせる少年は、小学校高学年ほどの年頃に見える。


『いらん。貴様の血肉は、我には普通に毒だ』


『何も腕をもいで差し上げるってわけじゃないですよ。貴方なら、霊力だけを受け取られることも出来るでしょう』


『ふん。そんなものに頼らずとも、このスサノオは、こうして己で”在る”ことは造作でもないのだ。……ところでヤトノカミよ。何か思うところは無いのか?』


『思うところ?』


 オウム返しに問い返せば、少年はとたんに萎えたような様子で太い眉を寄せ、意志の強そうな猫目も細めた。


『……はぁ、貴様それが真か? かくあることに何も無いのか? 我が、いきなり、こうあるのに? ……あーあーつまらぬ奴め。全くもって驚かせ甲斐の無い奴だな貴様は』


『なっ……こ、こっちも突然すぎて反応に困ってたんですよ! あんまりつついちゃいけない系の奴かと思ったんです! 忖度ですよ忖度!!』


 心底期待外れだとでも言うようなその反応には、思わず遺憾の意を示さざるを得ない。


 そう、この少年はスサノオだった。

 つい先ほどまでは、髭も髪もボーボーの筋骨隆々ゴツゴツマッチョで正に”漢ッッ!!”ってな姿だったってのに、気づけば十を過ぎた年頃の凛々しくも愛らしい美少年になってたってのは、はっきし言ってギャップの深さがマリアナ海溝。


 だけど、その溢れ出す力を隠そうともしていない、”彼の三貴子が御一柱様”の力を特定することなんぞ、アニウエの中身を気配だけで当てた経歴のある俺にとっちゃ朝飯前のことである。

 なんなら、どんな妖怪が変化の術で姿を偽ってこようが、その正体を見破れる自信はあるね。まあ? 力の探知は得意中の得意ですから?


 だけど正体を知ったところで、目の前で唐突に起きたショッキング事件を頭が処理できるかってのは別問題なんだよな!! だって、ただギャップが深海級ってだけじゃない。この少年の姿は、俺が知ってる”スサノオ”の姿――”原作”のキャラデザそのものなんだから!


 だけれど、色んな感情がいっぱい詰まってたんだとしても、そんなこっちを察するスサノオではない。きょとりと大人姿よりは丸くなった眼差しを丸く見開いていうのだ。


『何を遠慮することがある。聞きたいことがあるなら言え』


『あーもうハイ分かりましたよ……その姿はどうしたんですか? 若作り(イメチェン)か何かなんですか?』


『ふふん、よくぞ聞いた。どうも貴様は下界二種力(霊力・妖力)があるからか、こちらの影響を受けていないようだがな、今、我がこの下界で姿を保つのに、前よりも神力をごっそり喰われてしまうようなっている。故、この姿を編み出したというわけだ。

 まぁ、この我にかかれば本来の雄々しき姿で在ることは雑作もない……が、何も無駄に力を消費することもあるまい。こうして小さくなって漏れ出る神力を少なくしているのだ』


『わぁ、すばらしい技術ですね!』


『そうであろう。わっはっは』


 少々無理のある工程を経てこっちにフリを仕掛けるよう仕向けておきながら、このドヤ顔である。色々とツッコミたい部分はあるが、まあオッサンが楽しいならそれでいいんだ。今は子供の姿だけど。触らぬ神に祟りなしってことで。




『ここが、貴様の故郷(ふるさと)か』


 腰に手を当て空を仰ぎ見て笑っていたスサノオは、元の姿勢に直るにつけてそう零した。


『……はい』


『前に一度、訪れたことはあったな。しかし……うむ。天晴なり』


 ほぅっと息を漏らして言う。

 彼の周囲に向けられる、強くも優しい眼差しの先を見れば、そこには昔よりも更に規模を増した村の姿があった。


 つんくつんくと空へと連なる竪穴式住居の群れ。柵や濠で囲われる土地は、かつて俺が暮らしていた頃よりも幾重にも広げられて、青々とした畑や水田の群れがどこまでも続いていた。

 発展してゆく村の形。今を生きる人間の数。


 従属することとなった、西の勢力の影響もあるだろう。

 けれど、これは確かに村が辿って来た軌跡なのだった。この村の。――俺の、村の。


 見たところ、倒壊した家屋は、王の居館とそれに連なる建物数棟、また俺たちの社くらいだ。いずれも、村人たちの家とは造りの違う、柱の多く使われた”建物”の形をした建造物がやられているようで、村の被害は思ったよりもよっぽど少なかった。

 半地下構造がいいのか、三角の形をしているからなのか。竪穴式住居(村人の家)の被害はほとんど見られなかった。


『天上界よりは酷いことになっていないようで良かったですよ。……よろしければ、今度、村が元気になったらスサノオ様もいらして下さいよ。そりゃあ西の都に比べたら何にもないですけど、それでも案内しますよ。俺の大好きなところを、たっくさん』


『そうか。それは楽しみだ』


 永きを知る幼い眼差しにありったけの慈しみを乗せて、彼はふうわり目を細めた。






 そうこうしているうちにアニウエの状態も整い、この蛙モドキはしっかりとこの世に”存在”出来るようになった。

 すると、彼が安定したのを見届けてか、スサノオは黄泉の国へと向かって村を発って行った。彼はとんでもない大物の神ではあるが、この”現世”にとどまり続けるのはやはり負担になるのだろう。この地の調査を俺に任せて、彼は自身の社に戻ることにしたようだった。


『必ずネノクニにも戻るのだぞ!!』


 そう一言残して、彼は社間テレポートの術でネノクニへと帰って行った。


 ……ネノクニに”戻る”だなんて。

 居候から昇格して、俺もあの嵐の御殿の一員として認めてもらえてたのかな、だなんて不遜なことを考えてしまう。そりゃあ、ネノクニに滞在するときは、御殿にあいさつに伺ったついでに一室に泊まらせてもらってたけど。


 何となく気恥ずかしくて、「ほら行くよ」なんて急かしながら、先ほどから呆けたままのアニウエの頬をぺちぺちと叩いてみる。すると、はっと意識を取り戻した様子の彼は、正しく蛙のような跳躍力で俺の肩に飛びついてきた。その吸盤がぴたりとスケイルメイルに吸い付き安定したのを確認してから、足を隣の建物に向けて進めた。


 建物といっても、今は壊れてしまっているんだけれど。




 すぐ脇の守り神様の社の方まで走る。こちらも木造建築なだけあって、俺のものと違わず、見事に倒壊してしまっていた。――そのがれきの山の中に、弱弱しいヒサメの神力を感じた。


 ちょ、これってアカン奴なのでは。


 よく考えて見れば、あのスサノオでさえ相当なデバフをくらってそうだったのに、他の純度100%系の神々――下界の管理を任されていた神様達って、今相当まずい状況になってるんじゃ……?


『おーい、おーい! ヒサメ様ー!! 生きてますー!?」


 肉声と”声”が入り乱れるまま叫びながら、守り神様の神気の感じられるスポットまで瓦礫をかき分けて進む。


 くそ、全然進まない。さっき下界リスポーン地点から脱出した時は気のせいかと思っていたけれど、ヒトガタ形態での怪力が以前に比べて明らかにパワーダウンしている。いつもならコレくらい直ぐに蹴散らせたのに、今は柱の一本ずつしか運べなくなっているのだ。


 天上界であれやこれやと酷い目にあった時は従来通りのパワーが使えたし、こうなったのはここに来てからだ。災禍の前は特に下界で力がセーブされることも無かったし、このイベントで俺にも下界での何かしらの制限が掛かってしまったのかもしれない。後で検証してみなければ。




 ひたすら神力を辿って瓦礫を除け続ければ、ついに木くずの隙間から大きめの銅鏡を掘り当てた。背面に美しい幾何学的な装飾を施したバスケットボールほどの大きさがあるそれは、よく磨かれた赤金(あかがね)色の面に俺の顔をくっきりと移している。

 ――そして、先ほどから感じていた守り神様の神力の源は、どうやらこれから漂って来るようなのであった。


 どういうことだ? 守り神様はどうなっちゃったってんだ。まさかあのヒトがこの鏡に化けているということもあるまいし。

 変化の術は妖力を使用する術なのだ。神力100%系女神の守り神様には使えない術のはず、だったのだけれど……




「えーと、ヒサメ様だったり……します?」


 自分でも何を考えているのやらとは思ったけれど、鏡に向かって話しかけてみた。……案の定、返事はない。寒い風が吹いたような気がした。ダンブルウィードもブチ転がる物寂しさよ。

 なんだか恥ずかしくなって、そっと瓦礫の中に埋め戻そうとしたときのことであった。


「ギリエッ!」


 肩に乗るアニウエの鋭い鳴き声を耳にした瞬間、鏡に触れた手の接着面から、何か力がぐんぐんと抜かれ始めた。――これは、霊力か?


 慌てて投げ捨てようとしたものの、気づいた時には鏡から蛇のようにはい出た、光る白いヒモ状の力が俺の手首に絡みついていたものだから、鏡を放すことが出来なくなってしまった。

 何だ何だと呆けているうちにも、ピンポイントで霊力だけが狙い撃ちされ、ぐんぐん恐ろしいスピードで吸引されていく。アニウエは慌てた様子で俺の頭の上、角の間に避難した。

 謎のヒモを引きはがそうと暴れた時にはもう遅い。気づいた時にはあらぬ姿で全身を縛り上げられていた。


「きゃ、キャーッ!! しょ、触手プレイだなんてハレンチな! 俺に乱暴する気でしょ、エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」


 海老反りで固められたまま条件反射のように叫び散らかしている内に、鏡の方が満足したか、ぱったりとその吸引を終えた。瞬間、ぺいっとゴミを放るようにして地面にうち捨てられる。


「んべっ」


 光の縄も宙に融けて、カランと音を立てて地に落ちた銅鏡。目の前に転がったそれが急にまばゆい光を放ったかと思えば、ぼふりと音を立てて煙を溢れさせた。


 吹き付ける霊力でできた煙の粒子をもろに顔面に浴びて咳込んでいると、ふと上から”声”が降る。




『――その通り。妾がヒサメ様じゃ』


 晴れ行く霞の中に白い二本の足(・・・・)でふわり降り立ち、少女は金の目を細めて笑った。

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