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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・後
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カエルがないたら

 突然のスパーク。何もわからなくなる。

 押し寄せる情報量。処理落ち。何が起こった。


 その勢い、”俺”という存在が揺らぐほど。

 しかしてヒトガタも崩れ、黒いタールの塊となって蠢けば、脳みそを模した器官がなくなったことで、情報のアクセスが全身に分散し、ようやく状況が呑み込めるようになった。


 それは”願い”だった。

 下界で縁を結んだ、数多の存在から発せられた願いの矢。

 下界から発せられた、いくつもの猛烈なエマージェンシーコールが、まるで稲妻のような威力をもって、脳裏に突き刺さるかのごとく襲い掛かって来たのだ。


 みちみちと再構成される”自分”をかき集め、タールのぬめりの中からおもむろに立ち上がれば、新しく再生された己の首に向けられる、鋭い剣の輝きに気づいた。

 ゆっくりと刃に視線を辿わせると、その剣の柄から上に繋がる腕を通り、次いで広い肩口を、太い首をなぞった先で、嵐を切り裂く雷のような眼とかち合った。


『貴様は誰だ。名を名乗れ』


『自らは、(おの)運命(さだめ)を呪い、仇成す者を祟る神、名をばヤトノカミと申す』


『貴様は我が知る貴様か』


『そうですよ。だからその物騒なものを外してください。先にも、今日はお相手をしないと申し上げたはずです』


『ほう、それは残念だ』


 にやりと、その大粒の白い歯をむき出しにして笑ったスサノオは、腰に帯びる鞘に自らが神器を収めた。




 痺れるような圧から解放され、思わず安堵に息を吐く。ギイギイと足元から聞こえる声はアニウエのもの。再会してからずっと手足の吸盤を鎧に引っ付けて離れなくなっていた彼だったが、先の液状化のショックで振り落とされてしまったのだろう。勝手に足をよじ登って、首元にひしとしがみついてきた。


 今回も辛うじてつながったままの首をさすってみれば、先ほどからこちらに突き刺さったままになっている雷の眼光が、何かを促すように細められた。


『道が通じたんですよ、下界の社と。それで受け取ったんです。俺の力を――いや、民の”想い”を』


 一度は隔たれた、世界と世界のパスが一瞬通ったことで、次元の狭間で留まるしかなかった”願い”が一気に流れ込んできたのだろう。縁によって辛うじて縫いとめられた、瞬く間に再び消失してしまった、か細く頼りない細道を通じて。


 再び流れ始めた、温かな想いの力を全身に巡らせてみれば、翡翠の触手が瞬く間に虹の色に立ち代わる。それは今まで留守にしていた力が、またしっくりと身体に馴染んだ証明でもあった。




 ――俺、こんなに空っぽだったんだ。


 激流を注がれて、初めて気づいたその空洞は、ぽっかり開いた底無しの空虚だった。

 ”俺”自身が心臓ならば、この力は骨格だ。ぶよぶよの脆い肉だけで成り立っていたこれまでが、どれだけ不安定な状態であったか。確かな安定感でもって支え直された今、やっと分かったのだ。


『そうして、真に"本地祟り神"として、よみがえったと言う訳か』


『ええ、そんな感じです』


『ふむ。……使い方はこれで正しいようであるな』


『使い方?』


 きれいに染まった触手を手に乗せ、しみじみと見つめていれば、スサノオの言葉にとっかかりを覚えて、思わず問い返した。


『ふふん。我は流行に敏感なのだ。"本地祟り神"なる言い回しが、天上で流っていることは知っている。我が心、未だ年若き神に劣らんぞ』


『……流行る?』


『うむ。聞こえ始めたのは、最近……ここ百年くらいか』


 百年を”最近”のくくりに入れてしまうところは、さすがは古の神であるというかなんというか。

 ……ふぅん、"本地祟り神"って、(天上界基準で)新しい言葉だったんだ。驚いたな。まさに俺のような立場の祟り神を表すのに、ピッタリの言葉だと思ったから、元からある言葉なんだと思ってた。

 だからそれを聞いたのは、ほんの好奇心からだった。


『では、今までは正気を保った祟り神のことはなんと呼ばれていたのですか?』


『ただ、"祟り神"と』


 返った答えは酷くシンプルだった。しかしてそれは、天上界に渡ったばかりのころの、何とも言えない居心地の悪さを思い出させる。”祟り神”という呼び名に対する、本能に滲む絶対的な嫌悪感――それを瞳に宿した、神々の数多の目の数々を。


 俺がこの言葉を教えてもらったのはウェイの兄様からである。

 初めて聞いたころは、まだ”はしり”のころだったのかもしれないが、さも使い慣らされた名称であるかのように告げられたのをよく覚えている。


 あの人、流行の最先端走ってるタイプのヒトだからな……もしかしたら、誰が言い出したのか、知ってるのかも知れない。

 今度機会があれば聞いてみようか。この言葉を創り出してもらった、お礼がいいたいから。


 そんな決意を静かに固めていれば、そよ風が吹くがごとく自然に、どこかから優しい”声”が降って来た。


『知っているか。最近、天上に住まう祟り神に対する皆々の心遣いが、見違えるほどに柔らかくなったことを。――貴様がこの地に来てからだ、ヤトノカミ。本地たる名も、貴様がこの地にやってきてから聞くようになったのだ』


 初めて聞くような柔らかな”声”の色は、直ぐ傍の、荒々しい見てくれの神から告げられていたのだった。見たことが無いようで、よく向けられたことのある、慈しみのこもった眼差もおまけにつけられて。


『えっと、それはうれしいこと、です……?』


『きっと我が母上も、喜ばれていることだろう』


『母……?』


『さて。こんな話をしている場合ではないのだろう、ヤトノカミよ。貴様を待つ子らの元へと、いざ参ろうぞ』


 促されるようにつづけられた言葉に、はっと思い出す。

 "本地祟り神”として完全復活して早々に、首に危険物と最強クラスの神力を当てられたことで、すっかりと押しやられてしまっていた人々の”願い”にこめられた、切実な”エマージェンシーコール”の数々を。


 そうだ、全然悠長なことをしてられるような状況じゃなかったんだった。

 こんなにも切羽詰まったようなコールがいくつも来てるなんて、ただ事じゃあない。下界にも、何かしらの被害――災禍の影響が及んだに違いなかった。


『スサノオ様、行きますよ……!』


『うむ。いざ行かん!』


 縁でつなぐ点と点。

 遙か高みに昇った天上と、不思議な揺らぎの中に在るかのような下界のなかにあるその社。

 角で感じ取る地点同士を、時空を切り裂き捻じ曲げ、無理やり繋いで行く。そうして通った瞬きの細道に、いつものように精神を任せて同化させた。




 転。






 暗い。あと、狭い。


 何かに挟まれてみ動くが取れなくなっていることも含めて、気づけば陥っていたどこか覚えのある状況に、大変なデジャブを覚えていた。




 初め、ここがどこであるかが、全く分からなかった。

 何故って、降り立ったその場所はがれきの山。暗がりのそこから、幽霊モードになってすり抜けられることも忘れ、ヒトガタのままに光刺す方へと倒壊した木くずを押し分け掻き分け外に這い出せば、真昼の日差しの中、尋常あらざる村の光景を目にすることになった。


 村の重要施設である木の(やぐら)はことごとく崩れて、庶民の竪穴式住居だけが被害も無さげに、ぽつりぽつりと散っている。

 あれか。半地下である上に、三角屋根だから、意外とこういう時の耐久性が強いのかもしれない。


 この荒れようはどう見ても、下界にもやっぱり何かしらの災害となって、災禍の影響が押し寄せてきたのだろう。だが、見たところ、天上界ほどの被害ではなかったようである。


 それにほっとするのと、それでも決して少なくない被害にあっただろう村を心配するのとで、複雑な気持ちで呆然と人々の右往左往する村を見つめていれば、耳元から唸り声が聞こえて来る。あまり耳になじみのないその声は、肩に乗ったアニウエのものだった。


 何に威嚇しているのだろうかと、その丸いからだを手に抱き上げ顔を覗いてみれば、ぐったりと元気がない。

 どうしたのだろうと怪訝に思って、丸い体を空にかざしたその時。異様な変化に気が付いたのだ。




 ――覗き込んだアニウエのその体。光を吸い込む真っ黒の向こうには、半透明の青空が写り込んでいた。

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