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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・中
78/116

存在の抹消

やっと更新できました~。けっこうロングです。

『ともかく、私も大方回復致しましたので、あちらの武神様方の助太刀に参ります』


 ゴホン、と咳ばらいをして居住まいを正す。解けていた髪を、神力を込めた手でざっと一撫ですると、いつもの半端みづらツインテヘアーに戻る。グッと気を引き締めれば、ちかちかと変色せわしなかった触手カラーも、しっかり紫色に固定された。


『……ヤトよ、大丈夫なのであるか? 奴と対面してより、其方はちょいと変になったのだぞ』


 ウェイパイセンが心配気に聞いて来るが、まぁきっと大丈夫だろう。瘴気を喰ったらおかしくなったんだったら、喰わなければいいだけの話である。


『ご安心ください。常ならばともかく、今奴を喰って祓うのは危険と判断しました。故、剣をもってのみ、此度の手と致します』


『うむ、それは良い心がけだが……』


『つかれましては、此が眷属は戦いに向かぬ故、貴方に預かっていてもらいたいのです』


 言いながら、地面に落ちていたアニウエのツノを引っ掴んでパイセンに渡せば、彼は受動的に両手で受け取ってくれた。


『お、おう。それは構わぬ……して、ヤトよ。何時もは我に対してそこまで改まることなどないであろう。何故そんなに畏まる。我は其方の兄ぞ。――ああ、もしや先の振る舞いのことを気にしているのか。さりとすれば、もう世にも其方の内側のことは知れたことであろうし、もう存分に真の其方を出しても良いのではないか』


 あーッ!! もうパイセン! さっきから黒歴史をえぐりかえすんじゃねぇですよ。マジの善意で言っている感じが余計につらい。本当にこのヒトは地雷原タップダンスが得意なんだから。


 そう、ぶり返す恥に、心をメッタメタに切り裂かれていたときである。ピンとひらめいたのだ。

 そうだ、この歴史をなかったことにしようと。


『……内? 内とは一体如何なることを指しておられるのでしょう』


 そこで真顔で小首をかしげて尋ねれば、鏡に反射するように首を傾げられた。当たり前だが困惑されている。

 名付けて、すっとぼけ作戦である。なんだかもう、色々遅い気しかしないが、こうなったらもうヤケだ。そうさ、都合の悪い歴史なんて抹消してやんよ!!


『む? 先まで漏れ出ていた其方の内であるぞ。おお、そういえばあの不調も止まったようであるな。やはりウェイの文言が効いたのであろうな!』


 パイセンは文言の話になると、ニコニコと嬉しげに笑って言う。

 しかしそんな彼に対し、やけっぱちの俺は、さもパイセンが妙なことを言っているというような様相をして、いぶかしげな顔を作って続けた。


『ウェイの方、私に”内”などございませぬ(・・・・・・)。今、この時私の口より出でているものこそ、我がまこと心の声。そうでありましょうホタチ様。ねぇ?』


『お? おお。おー、そう、であったような気がすンなァ……?』


 唐突に振り向いて脇に話題を振れば、彼の業火の男神は赤髪の毛先をくるくると弄りながら、どこぞに視線を向けて応えた。ナイスエアーリーディングである。

 そんな折に、このパイセンはKYドロップキックをブチかますのだ。


『はぁ? 西の神よ、どうしてしまったのだ其方。つい先まで其方もこ奴の内なる”声”を耳にしていたであろうに。……ウェーイ、さては其方、災厄に痴呆をもたらされたか?』


『オイ貴様ァ。近頃、少ーしばかり、馴れ馴れしくなって来たンじゃないのか?』


 ホタチさんは最初出会った時よりは大分丸くなったが、それでも元ヤンのごとき神である。メラメラと燃え上がる炎の神気が、スサノオリスペクトの下ろし髪に灯れば、逆立って揺らめくその迫力たるや。小動物のように震え散らかしたパイセンは、慌てて弁解をしようと早口に話し始めた。


『ヒェッ!! ち、違うぞ! 我は厄災が其方にも何かを仕出かしたのではないかと心配しているのだ! 何せ、この弟ですら妙なことになっているのだからな。先も、こ奴の内側に隠された、摩訶不思議なその本性が――』


『ウェイの方』


『何ぞヤトよ。今、取り込んでおろうが、後にして――』


『ウェイの方』


 にっこりと。

 最大限の微笑でもって尋ねる。


『私に、内など、無い。――そうですね?』


 鈍感なパイセンでも察してもらえるよう、一区ずつ区切って、強い思念波でもって語り掛ける。


 ”声”とは、心と心で楽々おしゃべりツール的な術なのだ。強い思いを持って念ずれば、表層意識を代理した言葉の裏に、奥底の意識がぐっとにじみ出てくるもの。


 すると、ようやく通じてくれたらしいウェイのパイセンは、視線をどこぞにさ迷わせながら、カクカクと大袈裟に首を振って同意して見せた。


『おー、おぉうぇーい? そーぅだったやも、知れぬ、な?』


『そうです。きっと貴方は、未だ厄災の間の疲れが残っておられるのでしょう。ゆるりと休まれるのがよいと思います』


『ウェーイ!! さりさり、我もそう思っていたところだったのよ。ア、ホレ、眩暈などしてきた。目の前がぐーるぐるとな!』


 肯定の赤べこヘッドバンディングをしながら、パイセンはイツメンの皆様と肩を組んでサムズアップする。そして、『冷静に行け、励めよオシェーイ!!』などとエールを送って、白い歯を光らせた。

 応援は励みになるので普通に嬉しかったりもする。




 さて、パイセンとホタチさんの同意が得られたところで、お次は周りで一部始終をご覧になっていた神々の皆様の番である。

 この間、ずっと周囲からの注目を一身にあつめちゃったりなんだったりして、視線の(やじり)の痛いのなんの。穴があったら今すぐに飛び込んじゃうね。何なら自分で掘ろうかな。下界通り越して黄泉の国まで直通できるような、それはそれはふっか――いやつを。


 なんて、バカなことを考えてたって、現実からは逃げられない。

 覚悟を決める。心を落ち着け、思念波を整えるのだ。


 親友直伝、アロマフレグランスなロイヤルストレートスマイルを繰り出し、この場に告げる。


『この場の皆々様におかれましても、先は瘴気に酔いて見苦しいところをお見せした。しかし、このヤトノカミ、必ずや彼の荒ぶる神を鎮めてみせよう。――然りければ、先のことは|よろしくお願い申し上げる《・・・・・・・・・・・・》。――御免』


 笑みを貼り付けたままその場で一礼し、振り向き様に剣を引き抜いて、瘴気舞う戦いの場へとダッシュで向かった。

 ――つまりは、笑顔で茶を濁そう作戦である。


 もう大分手遅れ感が強いとかそんなのは気にしない。気にしないったら気にしない。

 今この場にいる観客の記憶を無かったことにすれば、その事実は無かったことになるのである。歴史とは、証拠が現存しなければ存在しないも同義なのだ。


 だから、俺は、黒歴史など、作っていないのである。






『ヤトノカミ、助太刀致す!』


 いたたまれない背後から逃れるようにして戦いの場に飛び出せば、そこは周囲の神々の合同の結界が張られていた。きっと瘴気対策だろう。


 どことなく生暖かい視線を降り注いでくる結界の主たちに断り、その内へと入らせてもらう。

 そうしてぶり返す、恥に荒ぶる気持ちを振り切るようにして、武神達に襲い掛かっていた祟り神の首を切り飛ばした。悍ましい悲鳴が上がり、タールの体が一度大きく波打って、その動きがぎこちなくなる。


 これが普通の神族だったならば、首が堕ちれば普通に絶命するだろう。しかし、この道理に反した化け物が死に至ることは無い。

 けれども、首がなくなれば流石の祟り神と言えども、暫くの間、大幅なデバフ効果を付けることが出来るのだ。


 いやぁ、気持ちはよく分かる。俺も昔スサノオとの手合わせの中で何回か首を落とされたことがあるが、あの状態では意思はあるのに体がうまく動かせなくなるのだ。あれはもどかしかったな、ウン。




 さて、相手が弱っているうちに、今まで引き留めて下さっていた武神達に話を付けて、戦いを交代してもらうことにした。彼らは神格も高い強い神々なのではあるが、いかんせん相手が相手。祟り神と言う存在は、自己を削りながら強大な力を得るモノである。それは、高位の神々でも封印する以外に対処を持たない者が多いといった有様で、瘴気はそれほど厄介なシロモノなのである。


 また、この場は太陽の御殿にほど近い位置ではあるが、その主たる最高神は今、天上界の秩序を作るという凄まじい仕事の最中であるし、殿上の高位の神々もそのサポートや警護で手いっぱいの状況だ。

 さらに、この祟り神を一瞬で屠れるような、フリーで強大な神々は確かに存在するはずなのだが、どうもこの場にはいないようである。


 いくら八百万の神がこの場に集結しているとはいえ、そのヒトだかりの密度たるや、凄まじいものである。ここから遠い位置にそういった神々がいるのならば、こちらに駆けつけるのも難しいことだろう。また、単純に気分が乗らないから来ないという可能性もある。神族は実にきまぐれな種族なのである。


 そんなわけで、やはり、ここは同じ祟り神の分類である俺が相手をするのが適任なのであった。

 それに、俺には対祟り神用必殺技(リーサルウェポン)がある。これを使うと瘴気(おやつ)が浄化されてしまうために滅多に使うことは無いのだが、今日は瘴気を食うと何故か調子が悪くなるようなので大胆に使ってしまおうと思う。




 さて場に俺一人が立つだけになった頃、相手もいよいよ回復して、元の形に戻ってしまっていた。

 暫く海藻のようにゆらゆらと揺れていたソレが、突如として狂気の言葉を紡ぎながら襲い掛かって来る。


 そこで、俺に向けて腐り果てた糸引く手を伸ばすその懐へと、こちらから飛び込んだ。

 剣に込めるは、もう一つの神力。俺を慕って祈りを捧げてくれた、大事な人々の力だ。

 化け物の首に刃を押し当て、力いっぱい振り抜いた。




 決まった――。

 確かな手ごたえと共に、剣の露を払って鞘に納める。


 その刃はきっと虹色に輝き――アレ、光ってないな。何でだろう、いつもこの力を使う時には、刃が七色に光るはずだったのに。


 すると、背後で神経を逆なでするような音色の咆哮がした。

 振り返れば、しっかりと再生した化け物が元気百倍に表面を沸騰させている。


 え、効いてない!? ナンデ!? いつもならコレで消滅するはずじゃん?? 祟り神99%除霊じゃん? 残りの1%の確率だったの??

 ――というか、そもそも技が発動して無くね、コレ? 刃光ってないし、全く変化ないもんネ??




 そう、困惑の渦に飲み込まれた時である。不意に周囲が暗くなった。


 見上げれば、空の半分が闇に包まれている。太陽が煌々と照らす青空の隣に、闇の中にぽっかりと浮かぶ満月があった。


 とんと、わけのわからない光景である。朝と夜が同時に訪れることなど、常には有り様も無いのだから。

 災禍で破壊された均衡が、太陽の神によってもたらされた仮の秩序が、またもや崩れ去ってしまったのだろうか。周囲の神々も、突如訪れた異常に、眉をひそめてがやがやと騒ぎ始めた。


 しかし、そんな異常事態の中でも、狂いきった世界にただひとつ己しかない祟り神は、金切り声を上げて変わらずこちらに襲い来ようとした――その姿が、一瞬にして爆ぜた。




 爆ぜた。

 否、蒸発したようにも見えた。

 一瞬の間に、そのタールの体が、焼石に落とされた一滴の水のごとく、掻き消えたのだった。


 何が起きた、と困惑の訪れる前に、ずくりと背後に殺気を感じた。

 直後、思考の挟まらぬコンマの時間、反射で剣を引き抜いた。


 衝撃。


 重い、重い衝撃がびりりと腕を伝う。あまりの重さに足元――天上の雲の地の、かりそめの大地がばきりばきりと砕け、徐々に大きなクレーターと化して沈み込んでゆく。


 目前に現るは、深淵の瞳。ぞっとするほど温度の無き様。夜の闇。


 二つの刃が、首のすぐそばで交差されていた。ぎちりぎちりと、金属の擦れる嫌な音を立てる。

 ひやりと首筋に寒いものが走る。




 ――ぱりんと、結界の割れる音がした。

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