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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・中
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肉の匂いで飯は食える

 少し前までナニカにものすごく悩んでいたような気がするのに、それが何だったのかスーッと忘れてしまった。あれか。考えすぎて頭がショートでもしたんだろうか。

 まあいいか。いや、よくないけど。歴史の修正力があるのが、ほぼ確定ってことが判明しちゃったんだから。


 この件について、犯人として最も怪しいのは自称神だろうが、「臭いものには蓋」方式でこの世界に俺を飛ばして、元の世界での何らかのミスの隠蔽をしてくださりやがりましたアイツのことであるから、わざわざ修正までしてこの世界の歴史を正そうなんてマネはしないと思う。

 万が一、奴がこの修正力をつけてるんだってんなら、もうボッコボコのボコだかんな。既に用意してある八つ裂きフルコース計画に加えて、今なら無料でフルボッコだドン! ワアァ、お得だね!!


 じゃあ誰が修正してるのかって話になるけれど、これはもう誰とかではなく、原作というものが存在する以上、物語自体が動いてるってことじゃないかな。知らんけど。もういいや一先ずこれで。結局のところ理由なんてどうでもいいんだ。作者様の思惑通りってことでおしまいおしまい。


 俺のやらなきゃなんないことは、1にも10にもラスボスルートの回避コレ一択。清く正しくモラル装備で、俺はバドエン回避、世界も平和でwinのwinだ。なんだ、簡単なことじゃないの。


 ……そういえば原作終了後、この世界はどうなるんだろう。ある日いきなり世界が瓦解とかし始めたらどうしようもな……ぁあーあーあー!! もう余分なことは考えないって決めた決めた、ハイこの話はオシマイ!!


 体の傍に垂れている触手を抓って、痛みで思考を切り替える。


 これだから、考え込んでもロクなことはないのだ。一度脳みそを回し始めれば、変なところにきりもみ回転して飛んで行ってしまうのはどうにかしたい所である。

 じっとしているのは得意じゃない。やっぱりこの集会が終わったなら、直ぐにでも神域(マイホーム)から下界にテレポートしようそうしよう。


 そう、決意を新たにした時である。ふと思い至ったのだ。


 ……アレ、そういえば俺の神域ってどうなったんだろう。まさか、この災禍で吹っ飛んでたりはしないだろうな。いやいやいや、地形が吹っ飛んでいたとしても、座標はきっと残ってるよなそうだよな……? 神域って概念みたいなもんだし、座標さえ消去されていなければ、復旧は出来るはずだ……たぶん。


 えっえっちょっとまって、ウワァもー、気になって来たよコレ。もう集会はいいから早く解散したいかな!




 この集会が始まってから大分経ったような気がするが、殿上では相も変わらず御殿勤めの神々が、現時点での状況の情報開示と、俺たちへ向けた注意喚起をしていた。


 けれど、俺はもう彼らの調べている新たな世界の有り様を、それよりももっとクリアなものとして解ってしまっていた。御殿の神々の話を聞いているうち、俺の知識にある、原作のとあるシステムが完全にリンクしていることが察せられたのだ。


 ――その名も、現世(うつしよ)幽世(かくりよ)システムである。いや、俺が勝手にそう呼んでるだけだけれども。

 原作開始時点では、すでにこちらのシステムで世界は回っていたのだ。今まで俺が過ごしてきた期間の方が、原作からしたら特殊なシステムだったのである。


 その概念が、こうして現実として現れてくると、いよいよ物語が進んできたという感じがする。それを不気味に思うのと同時に、かつて作品の一ファンであった者として、ワクワクと胸が弾んだりもするのだ。


 この集会での議題の知識は十分、そしてたとえ上位の神々に注意喚起はされたところで、下界には絶対に行くと決めている。

 これはもう、ここで得られる情報は完全に取得してしまったと言えるだろう。直ぐに次のフェーズへと移行したいものだ。きっかりと変わってしまったであろう世界を、この目で確かめるために。





 ゲームであれば、このシーンをサクっとスキップしてしまえるのになぁ。なんて、ぼさーっと目の焦点を世界から外して妄想をしていた時、それは訪れた。


(……ん?)


 陽光に雲がかかるように、急にあたりが暗くなる。と、同時にほのかに香るは、鼻に染み入る黒煙。……黒煙?

 鼻腔をくすぐるソレに、ぐるると臓物の底が蠢く。


 上空を見上げてみれば、脳裏に描いたような、太陽に陰りを加えるような白い綿は見つからなかった。ただ、かすかに漂う薄く黒い霧が、いつの間にかこの場に忍び寄り、辺りを覆いつくしていたのである。


 ざわ、と周囲の気配が動く。皆々も気が付いたのだ、この異常事態に。

 殿上の神々も今までノンストップで再生していたアナウンスを止めたかと思えば、ぴりりと緊張の糸を放ち、警戒一色に染まった。


 場に集まる者は皆、その豊かな布で織られた袖を鼻に当てていた。眉根を寄せ、中には脂汗を額に浮かばせているものもある。えづく音が至るところから聞こえる。まるで、不快な汚れたガスを吸い込んでしまったかのような反応だ。


 ここまでこれば、この黒霧の正体は察する。――瘴気である。

 鼻腔をくすぐる霧は、俺にとっては甘美で香ばしいものとなる。ぐるぐると腹が鳴り、じゅわりと口の中に汁が湧く。――けれど。




 ……なんで、こんなところに瘴気がある?

 腰の剣に、そっと手を添えた。


 ここは八百万の神々が集る処である。超高密度の神気渦巻く、聖域なのである。

 並みの瘴気など、湧いたそばから掻き消されることだろう。風に乗って流れる前には、すでに消え失せているに違いない。

 それが、目に見えるほどに濃く現れた。それすなわち、この瘴気の発生源は、ここから直ぐ傍ということになる。


 付近に怪しい箇所はないかと、一帯に目を走らせた刹那のことである。

 視界の端で、空間が割れた。




 その地点(ソコ)、直系1メートルほどの範囲に円形に空間が歪んだかと思えば、中心からばきりと宙が割れた。ひびの入ったその円を、黒くどす黒いものが満たしてゆく。染め上がった円の亀裂より、どろりとしたインクのような黒が垂れ落ちた。


 びちゃりと水が撒き散らされたように噴き出た黒は、金色の雲の地に垂れるや否や、濃ゆい瘴気を生み出した。熱く焼けた鉄板に少量の水を垂らしたがごとく、一瞬で蒸発したソレは気化して何倍にも膨れ上がったかと思えば、場を一気に呑み込んでしまった。


 吹き荒れる瘴気。ぎゃあと悲鳴。じゅわじゅわと、鉄板の上で焼けるような油の跳ねる音、芳しい肉の匂い。ぐぎゅりと臓物が騒ぎたてる。


 口から溢れそうになる汁を片手で拭い去る。その腕を前に突き出し、己の中に在る瘴気を噴き出した。ちらり、と赤の帯がはためく。


 視界を覆いつくす、肉の湯気立ち込める瘴気の中に、少量の己の瘴気を混ぜ込んでゆく。それが絡み合い、一つに混ざりあったところで一気に引けば、ズルズルと重い気体が宙を引きずられた。


 神力を絶えず放出しながら、同時に回転の力を生み出してゆく。すると、掌の上に小さな黒い毬が出来上がった。毬は、外気を吸い込みながら回る。回る、回る。

 次第にそれは引力を持つ。外気を引き付け、どんどんと大きくなってゆく。回る、回る。


 引き込まれる瘴気は大きな気流を作り、一帯を撫で吹きすさぶ。方面に広がった黒霧を捉え、どんどんと中心に向けて集約してゆく。回る、回る回る。台風のごとき、黒い嵐が吹きすさぶ。


 ――そして、小さくなる。回って回って、小さくなる。


 スイカ程の大きさにまとまったソレを、更に圧力をかけて縮めていく。両手を使い、神力で圧をかけて潰してゆく。

 最後には、それはピンポン玉のサイズまでに小さくなった。




 出来上がったのは、炭より黒い大玉飴。ばくりと口を大きくあけ、牙の間に転がした。

 二股の舌で味わうは、甘い、甘い瘴気の味。バタースカッチみたく、濃厚な味。それでいて、汁のしたたる炙り肉を頬張ったかのような多幸感。とろりとろける油のうまみ。臓物が、歓喜のままに(ひだ)を広げる。その誘いのままに、ごくりと玉を呑み込んだ。つるりと玉は、喉を滑り降りる。蛇の食道を押し広げて通る、まあるい卵のごとく。


 ――嗚呼、美味い。






 開けた視界、すすけた金の雲の地は、所々融解したようにグズグズになっている。周り、つい先ほどまで近くに集っていた神々は、今やこの場を中心として、十数メートルも距離を取っていた。幾らかの装束は、火にあぶられたかのごとく焼け焦げている。が、それは彼らの力のある限り、次第に修復されつつあった。


 中央、すぐ目の前。そこにはドロドロのタールを無理やり人型に固めたかのような姿をした、崩れ果てた化け物が、全身から瘴気を噴き出しながら立っていた。


 化け物が”首”を動かせば、その先にある”顔”の中で、溶けた目玉がつうと滑り落ちた。うすぼんやりと開いた口からは、歯列の崩壊した鋭い牙の群れが見える。ぼたぼたと体表から黒が垂れ、零れ落ちたインクは、雲の地をまたじゅわりと焦がした。


 ――いい、匂いがする。

 みぞおちの舌で、臓物がぐうぐうとその存在を主張する。足りない、あれだけでは足りない。もっと、もっとと。

 先の飴玉は、胃の中で既に溶かされていた。押し寄せる空腹感。


 ……なんだ、これは。

 今までに味わったことの無いこれは、もはや飢餓感とすら称せるほどだった。理性のタガを外さんとばかりに迫り来る。




 ソレとにらみ合いながら、ゆっくりと刃を鞘から押し出す。視界の果てにちらつく触手は、腹の虫の歓喜の雄たけびと共に濃い桃に染まり行く。――目の前の”獲物”にかぶり着くその時を想って。

 ギリリと、瞳の中で瞳孔が縮まる。口から溢れ出る汁を飲み下す。吊り上がる口角をそのままに。


 ――お前、オイシイな。もっと喰わせロよ。


 雲の地を蹴りとばして、ソレに向かって飛び掛かった。

*飴玉を呑み込むのは危険です。マジで死にかけますので(実話)、舐めるか噛み砕くかして食べてください。

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