まさかまっさかさま
ぞろりぞろりと色が集まる。赤、青、黄色、桃に紫。緑、橙、金に銀。
様々な色の衣が、あちらこちらではためいている。そのどれもが唯一であり、どれ一つとして同じ色彩は無い。色たちは皆、よりどころを求めて、同一の地を目指していた。
狐、狼、空行く魚。神に従する御使い共。鳳凰、麒麟に龍、天馬。天に住まう獣たちもまた、ただ一方向へぞ向かいて進んでいた。
思うことは、皆同じ。タカマガハラの中心、太陽の御神のすまう御殿のあるべき場所へと、ひた進むのだ。
崩れ去り、入り乱れて混沌とした世界に語り掛ける神々の力は、混沌から秩序を引きちぎりては形に結んでいた。神気を帯びた秩序の欠片は、互いにぶつかり合いては混じり合い、また新たなる混沌を生み出し行く。
舞い散るは蛍光色の花、捻じ曲がる剣山、龍のごとく天をうねる川に、宙を切り裂く虚空の谷。そして、その全てが渦を巻き、互いに引き込まれ、引き込みて、反する力に火花を散らすのだ。
その様、正に異界。さながら地獄、天地の反転。秩序無き混沌の前には、かつての黄泉すら法となる。
形在ろうと蠢くその光景。どこまでもちぐはぐとした、”歪”そのものであった。
つい先ほどまでここにいたってのに、ずいぶん遠くまで飛ばされちゃったもんだよな。
空にぽっかりと浮かぶ、逆さにひっくり返った御殿を眺めながら、しみじみとそう思った。
光球を目指してぞろぞろ進むこと暫く、その太陽と思しき眩い光の塊の上部に、黒い塊を目視できるようになった。見れば、それはどうやら大きな建物のようであり、下部の基礎に黄金に輝く雲をくっつけて、更にはくるくるゆっくりと自転しているようなのである。遠くから見たシルエットとも相まって、まるでコマのようにも見える。ただ、上下逆さまにひっくり返ったそのままでは、逆立ちゴマになってしまうが。
あのコマみたいなのがタカマガハラの太陽の御殿だったとしてだ。御殿があるってことは、今立っているこの場所は、もう既にタカマガハラに入ってるってことになる。
付近を見渡してみれば、これまで辿ってきた崩れた世界と同じく、まーっさらに何もなくなった、白いだけの景色が見える。まあ、直に背後から押し寄せるカオスによって、ネオンカラーに塗り替えられるんだろうけども。
大集団で移動しようとも、先頭付近からは先の光景をよく見通すことが出来た。道中で、先頭集団の方へ混ざっていたのだ。
だって、後ろの方に居たら、360度きらびやか蛍光色大カオスで、どっかの大佐のごとく目がやられっぱなしだったのだもの。いつもなら、目を瞑ってでも、周りから発する気を読み取って行動することは出来るのだけれど、これだけ大勢がいるところでは、気配探知もぐっちゃぐちゃに入り乱れて、何が何だかさっぱりピーマンだ。
眺めるタカマガハラには、本当に何もなくなってしまっている。ほんの少し前には、この場には多くの神の家々や店が展開していたのだ。オリヒメさん達の工房だってここにあった。何なら、俺だってその場にいたんだから。
けれど、皆きれいになくなってしまった。黄金の雲の地に広がる、精彩に富んだ美しい天上の光景は、きれいさっぱりと失われてしまったのだ。
今はただ、いつもよりもどこか無機質に輝く太陽と、その更に上空に、ひっくり返った御殿がぽつねんと虚空に浮かぶのみ。
何となく、言葉を失っていれば、後ろの方から若い男神の"声"が聞こえた。
『今回の事件、三貴子が一柱、スサノオ様に依るものなのではないだろうか』
今までわいわいと議論を繰り広げていた神々の内のひとりが、ふと思いついたように言ったのだ。
道中、大集団の中では「この災禍が一体何が原因で起きたのか」という話題でもちきりだった。そして、この男神の所属するグループでは、陰謀論がしきりに繰り広げられていたのだ。――何でそんなこと知ってるかってそりゃ、ずっと立ち聞きしてたからに決まってる。
確かに、騒ぐ男神の言うことも一理ある。このすべてがまっさらになった光景には、随分前にくらった、スサノオのトンデモビームを思い出す。俺がまだラスボス君の肉体を手に入れたばっかりだったころ、あのヒトの突然の襲撃から必死で守った村以外、一帯を消し飛ばしてしまった大規模環境破壊クレイジービームのことだ。まあ、アレでも世界を真っ白に崩壊させるなんてことは無かったのだが。
アレに匹敵する攻撃は、黄泉で度々付き合わされた戦闘でもお目にかかることは無かった。それでも一回も勝てたことがないってんだから、ホントにあのヒトの戦闘力はバグっている。
……おい、コレ本当に今回やらかしたの、あのオッサンじゃなかろうな。何もかもが吹き飛ばされたこの感じ、彼の攻撃にそっくりだ。
疑惑のままにスサノオの気配を探るも、神力の残存は見当たらない。
もしも、これだけの大規模破壊の出来る技を繰り出したってんなら、あのヒトの神力が残っていないわけがない。でも、見つからないってことは、やっぱりあのヒトは犯人じゃないってことか。
ちょっとほっとした気分になっていると、背後でもスサノオ黒幕説を語っていた男神が、怖そうな超超高齢老神に、その事実でもってブチ切れ反論されていた。
……でも、ここで神々に真っ先に疑われるってところがさすがはスサノオって感じがするよね。一度天上界で結構なことをやらかして、追放されてるってのもあるんだろうな。なんでも、機織りクラブにいた天女さん達の友達の知り合いが、その時に間接的に殺されたらしいのだ。それもあって、天女さんたちはスサノオのことが大っキライなのである。確かに、その案件で、あのオッサンが姉君の御殿で糞をしたという伝説にはさすがにドン引きせざるを得ない。そりゃあタカマガハラからも追い出されますわ。
そういえば最初に天女さん達と仲良くなったのも、スサノオの愚痴大会に巻き込まれたってのが始まりだったしなぁ。神々の間でも、とびきり信用がないのは事実なんだろうな。
そうしてタカマガハラと思わしき土地を歩きながら、後続からの会話を盗み聞きするのに熱中していると、各地から集まってきたであろう神々の大集団の姿が、前方からも側方からも集まりだした。
本当にとんでもない数である。付近には、天上界中から集まった神々がみっちりと歩いていたり、飛んでいたり、神使と思わしき獣に騎乗していたりと様々だ。
ここまで多くの神々が集まるとなると、いっそ壮観ですらある。――天井界に座わす、八百万の神々の大集結である。
各方面から押し寄せる神気の波動に、まっさらで色を失っていたタカマガハラにて、一気に色彩が爆発した。
こういう時こそ、某大佐のセリフを放つときだろうと目に手をやろうとした時のことである。突然、とんでもないエネルギー反応を感じたと思えば、上空の光球がまばゆい光を放ち始めた。
目が、目がぁあぁあ!!
本当に目がやられて、目をしっかりと抑えて仰け反った。滅びの呪文でも唱えられたのか? この災禍の原因は、滅びの呪文だったのか???
と、混乱に頭の中までまっ白に染め上げられた時のことである。今度は急に足元がぐらついたと思えば、ぱっと足場が消えた。何を考える暇も無く、あっという間に襲われるは浮遊感。そのまましばらく下へ下へと引っ張られ続け、ついには何かもこもこしたクッションのようなものに、落下のエネルギーのままに尻を包まれた。
いぃっっっ……ったくない……?
来ると思った痛みは来ず、代わりに極ソフティーに尻が保護された気配を感じた。うっすらと目を開けてみれば、視界には金色の雲の地が映る。
続いて上を眺めれば、澄み渡った快晴。青い青い空が広がり、春のうららかな日のような、柔らかな光を称えた暖かい太陽が見えた。
呆然と周りを見渡せば、ぽかんとした顔の神々が雲の地に座り込み、口をぽっかりと開けて固まっている。上空からは、何柱かの古き天津神の方々が、ゆっくりと降りてきていた。
ふわふわと、色彩。極彩色ながらも、目に優しく上品で美しい。
前には御殿が広がっていた。神木で作られた、荘厳な社の御殿。日足の連なる、金の太陽の紋章の描かれた紋が真正面にある。これは太陽の御殿、その真ん前で、今まで上空で逆さゴマみたいになってたのに、何で、俺は、―――あぁ。
逆さにひっくり返ってたのは、御殿じゃなくって、この世界の方だったのか。
色と秩序を取り戻した天上界、その中心にて。
思わず、乾いた笑いが漏れた。




