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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・中
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織りなす糸

 ウェイパイセンとの再会を経て数刻、現在俺はヒトガタに姿を変えていた。多方面から大量の神々が集まってきたことで、スペースを確保する必要があったのだ。それに、既に灯台としての役目は全うした。


 そのごちゃごちゃとしたヒトだかりの中、工房の天女さん達の現在位置を確かめるため気配を探ろうにも、多すぎる神々の気配に酔いそうになる。そこで、縁GPS機能を再び作動させれば、いつのまにやら彼女らは一か所に集まっているようだった。――って何だか、ここから位置近くないか?

 そう思った時、春のような温かい神気が肌を撫でた。


『あっ! ヤトさん、ようやく会えましたね』


 鈴の音の”声”がしゃなりと響き、桃色の衣を纏った美しい天女がふわり蝶が舞うように降り立った。同じ目線に尊いお顔が降臨する。揺れ動く空気の乱れに、そよと甘い香りが風に乗って飛んで来た。はわ、いい匂い……。


『あぁ、オリヒメ様。貴女も無事で居られたのですね』


 しかし、相手はウェイ先輩ではなくオリヒメ様なのである。崩れそうになる表情をぐっと引き締めた――瞬間、顔面にべちょりとナニカが勢いよく張り付いた。その凄まじい衝撃に、思わずぐいと仰け反ってしまう。


『ギュリェェッ!!』


 ひんやりと吸着するナニカをべりっと顔面から引きはがせば、ぱっちりとした真っ赤な単眼と目があった。アニウエである。

 首元の皮を掴んでいるせいで宙ぶらりんになっている彼は、短い小さな4本の手足を、ぱたぱたとこちらに延ばしてはもがいている。しきりに潰れたような鳴き声をあげ、何とかこちらに戻ってこようとしていた。


 おー、アニウエってこんな風に自分から動くこともあるんだな……って、凄い力だな!! ラスボスパワーを持った俺がそう感じるってことは、一体どんだけなんだ。

 そうこうしている間につるりとした皮膚が俺の手指から抜け、アニウエは俺の胸元にどすりと飛び込んできた。そして金属の塊を擦り合わせたかのような耳障りな声で鳴きながら、角の生えた頭をぐしぐしとこちらに押し付けてくる。


 痛い痛い痛い! 角が俺のほっぺたに刺さってるよ!

 引き剥がそうとしても、吸盤状の指の生えた四肢で、俺のスケイルメイルにぴっとりと張り付いていて全く取れない。俺の鎧の表面がツルツルしてるから、くっつきやすい素材なんだろうな。でも剥がれてほしいかな、出来れば。……いて、いででっ!!




 ころころとした上品な笑い声が聞こえ、ふと我に返る。見れば、側でやり取りを見ていたオリヒメさんが、たっぷりとした袖で口元を覆っていた。その背後にはいつもの工房の天女さん達が勢ぞろいし、揃ってどこか生暖かい視線をこちらに寄こしていた。

 それに気恥ずかしく思いながらふいと目をそらせば、オリヒメさんは、微笑ましげにこれまでの経緯を教えてくれた。


 なんでも、俺が工房で咄嗟に張った全員を覆ったはずの結界は、乱れる世界の気に何か化学反応を起こしたらしく、工房にいたヒトたちに個別の守りとして掛ったらしい。そのシャボン玉のように分裂した結界の球の内の一つに、オリヒメさんとその胸に抱えられていたアニウエは包みこまれ、そのままミキサーのような空間をぐるんぐるん回りながら遠くまで飛ばされてしまったようなのだ。


 オリヒメさん達工房の天女さん達は織物を司ることもあって、糸を扱うことにも長けている。その関係で、縁の糸にも敏感な彼女らは、自分に繋がる仲間の糸を辿って移動を始めたらしい。そしてある程度進んだ時、見覚えのある巨大な蛇が突然出現したものだから、それを目印に各々進んだその道中、各自再会を果たして今に至るんだとか。バラバラに飛ばされていようが、縁の糸さえあればお互い再会できるってのは、大分心の支えになったことだろう。


 オリヒメ様曰く、そうやって仲間を探して訪ね歩くうち、アニウエはずっと落ち着かなさげに蠢いていたらしい。アニウエの天女さん達からの人気はすさまじく、それなりにもちられてきたからこそ、その変化はオリヒメ様も驚いたそうだ。普段どんなに摘まもうが揉みしだこうが微動だにしなかったアニウエが、そこまで自発的に行動するのは今までにないことなのである。主たる俺でさえ、こんなにも衝撃を受けているくらいなのだ。




 アニウエの生体反応が消滅してないことや、オリヒメ様と近しい位置にいることは分かってたけどさ。それこそ、オリヒメさん達よりもぶっとい、しめ縄みてぇな魂タイプの縁でつながってんだから、コイツの個人情報なんて丸裸みたいなもんだ。好んで心の内を覗くようなことも無かったけれど。


 ……けどまあ、正直ここまでの反応をされるとは思っていなかった。アニウエの中に、元の一の兄上の記憶が無いのは分かってたけれど、ここまで純粋に喜んでるような反応されちゃあ、ちょっと申し訳ない気持ちになって来る。

 実のところ、最初は今回の天変地異でアニウエは正直消滅していてもおかしくないと思っていたし、それならそれでいいと思っていたのだ。まあ消滅はしてなかったんだけども。


 アニウエ。俺が祟り神に至る契機となった、今世での血のつながった実の兄弟。幼いころは優しくしてくれて、大人になってからは嫌な奴になった。それでいつの間にか、カエルみたいで、カエルには似ても似つかないグロテスクな見た目の低級妖怪に変異してしまった。

 今回の騒動で本当に存在が消えていたとしても、愛着は湧いていたから少し寂しくは思っただろうが、その程度の反応だっただろう。それほどに、俺の兄上(アニウエ)に対する比重は軽く、そして抱く感情は複雑なものだった。けれど、ああ、縁の糸を通じて伝わってくる。この兄上は――”アニウエ”と名付けた俺の一番の眷属は、俺のことを、心の底から本気で慕っていてくれていたのである。




『……ごめんな、アニウエ』


 なんとなく胸元に視線を下げ、素のままの自分でアニウエだけに向け思念波を送る。すると、体ごと少し首を傾げた彼は、次の瞬間には鋭い牙のびっちりと生えた口元を吊り上げ、大きな単眼をきゅっと細めて、一つ元気に返事をしたのだった。






『こちらで盛り上がってしまって申し訳ない。皆々様のご無事、心の底より安心しております』


 傍目からはアニウエと無言で見つめ合って感動の風景を繰り広げていたんだ。まあ天女さん達のぬっるい視線も分からないことは無い。が――


『いえいえ、お気になさらないで。眷属との再会ですもの。それに、貴方の結界のお陰で、私たちは皆何事も無く再会できたのですから』


『咄嗟でしたが、ちゃんと掛ったようで良かったです』


 胸の前に手を当て、ぺこりと一礼する。なんとなく気恥ずかしくて、触手を指でつまんで弄ってしまう。ちか、と桃の光が走った。


『それに、貴方が本性を現して目印となったお陰で、こうして神々が直ぐに集まることが出来ましたのよ。皆のよりどころと成って下さったこと、礼をいたします』


『いえ、私も皆様の力になりたかったのです。役立てたのならば嬉しき限り』


 実は本性を現すことは、人外の者にとってはすっぴんを見せるのと大体同じ感覚であるらしく、恥ずかしいこととされているのである。けれど、別に裸を見せるほどの恥でもあるまいし、俺はノンネイティブゴッドであるので、あまりこの辺りの感覚もないから、本当に何でもないことなのだ。


『おかげで織女(おりめ)達も皆、無事ですよ。まぁ、貴方ならば我らの居場所も把握していたでしょうけれど』


『いえ……それが災禍を機に位置感知の調子が狂い、どうにもままならず……。こうして実際に貴女とお目見えできるまでは、気が気では無かったのですよ。無論、他の方々の息災も』


『あら、ヤトさんでも本調子とはいかないのですね。私も糸を司る者として、縁の糸を扱うのも得意としていたのですが……たどった先が奇妙に揺れ動き、あちこち動き回ったりと、どうにも定まらず……私もまだまだですね』


『そんなにお気になられることはありませんよ、オリヒメ様。私もかくのごとき有り様です。この不調が己だけではないと知り、ほっとする心地です』


 自分の状況も伝えれば、オリヒメさんは眉根を下げて、ほうと一息ついた。

 そして、そうやって和やかに再会を喜んでいた時のことであった。


『――ねぇ君』


 突然背後から氷のように冷たい”声”が響いた。見れば、小柄な男がこちらをじっと見つめていた。どちらかと言えば華奢な体つきをしたその男は、しかしてその目を野獣のようにぎらつかせて、こちらに鋭い視線の矢を投げかけて来る。いや、矢というよりかは、もはや振りかぶった槍である。殺傷力が高いったらありゃしない。


『君、誰? 何僕のオリヒメ様と親しくしちゃってるの? 名前まで呼ばれちゃってさ。それにオリヒメ様の名を呼んでいい男は僕だけなんだよ? 君、何? 男のくせに、気安く僕の(・・)オリヒメ様の耽美な名を口にしないでくれる?』


 詰め寄る謎の男に内心ドン引いていると、オリヒメ様が常にない形相で言葉を発した。


『コラッ! 止まりなさい”ウシヒコ”!!』


『――ッ!! ……オリヒメ様、』


 ”名”を呼ばれたガンギマリ男は、不自然に体の動きを停止させた。まるで、視えない鎖によって繋がれた狂犬のようである。しかしその目から放たれる熱い視線だけはとどまることをしらず、相変わらず俺を貫いて離さない。……いや、初対面だよね俺たち!? お前こそ誰だよ!! ウシヒコなんて知り合い、俺にはいませんけども!?




 一つ、コホンと咳ばらいをし、背筋を正した。そう、彼は初対面の相手。こちらも佇いを今までオリヒメさん達に向けていたものから切り替え、外面モードに切り替える。


『私は本地祟り神。其方の慕う彼女には、まだ私が右も左も分かっていなかった頃より世話になっている。今は衣の工房の一客、”それ以上でも以下でもない”。――して、其方は?』


 本地祟り神とは、本来荒魂でしかない祟り神の、和魂を持って安定した状態のことを指す天界での名称だ。ウェイパイセンが教えてくれてからは、そのまま自分の普通の名乗りに使っている。ちなみに、口上を伴うガチの名乗り合いは、儀式の場など改まった場合でしか使わないものなのだ。日常で本名を口にすることは、人外の世界ではあまりないようである。


 どうやらオリヒメガチ勢っぽい雰囲気であったので、やましい関係でないことを強調してみた。すると男は、今まで修羅が張り付いていたようであった表情を、きょとりと落として虚無となった。場がしんと静まり返る。


 は? 何? こっわ。情緒大丈夫かなこのヒト。とりあえずこっち見ないでいただけますこと? その虚無の目で見つめられると、俺、ゾクゾクしちゃう!! ……いや、ホントに恐怖だから止めて欲しい。


 と、再稼働したらしい男は、急に今までの毒気が嘘のようににへらと人好きのする笑みを浮かべた。


『……なんだぁ、そうならそうと早く言って下さいよぉ。僕ですか? 僕はオリヒメ様と夫婦の契りを結ぶ関係にして、その第一の眷属です。えぇーっと、先ほどまでの非礼を、深く陳謝いたします。僕、少々早とちりする面がありまして、てっきり愛する妻に集る虫かと思い込んでしまって……本当に申し訳ございませんでした……はは』


 ぽりぽりと頬を掻く様子に、先ほどまでの野獣の気配はミリも感じられない。そればかりか、ふわふわと天上界に非常によく合う穏やかな声色をしている。なんてこったい。

 急な切り替えに頭がバグを起こしそうになるが、何とか外面モードの元に内面を押しとどめる。




 いやお前、ヒコボシ(仮)だろ。やっぱりロクでもねぇ野郎だったな!!

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