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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・中
59/116

ハッタリはバレなきゃホントになる

「何奴であるか、貴様!」


 矛の男の怒鳴り声で現実に引き戻された。こちらに向けられた鋭い矛の先端は、角蛇達の血に濡れて、ぬらぬらと光っている。

 三つの瞳の焦点をひたりと男に合わせ、じっと見据えた。


『他方に名を尋ねようものなら、まず己の名を告げるのが礼節であろう』


「我が名を聞いて、何とする」


 異形の睨みをものともせず、奴は堂々と言い返す。……やはりこの男、他の人間達とは違う。

 内心で感心しているのを表層に出すことなく、努めて”声”の調子を一定に取り持った。


『如何にもせず。大方、名を用いた祟りを恐れているのであろうが、そのようなものなど無くとも、我が祟りは汝に容易に届くであろう。

 今し方結ばれた汝との縁を通じ、そのまた汝から伝う縁を通じ、其が一族郎党祟り殺すことなど造作もなし。――我が眷属に手を出したのだ、覚悟はよろしいか』


 言葉を終えると同時に、出会った瞬間にオートでか細く結ばれていた縁を通じて、この場にいる人間側の皆様に向かってちょっぴり濃いめの瘴気を流し込んでやれば、相手様方らは揃ってサッと顔を青ざめさせた。効果はせいぜいが船酔いするくらいなもんだから、生命には問題ない。名付けるならば、体調不良の呪い辺りが妥当かな。


 ちなみに一族郎党皆殺し云々はハッタリである。それは流石にこのリーダーのおっさんの名前を媒介としなくてはできない。……まあ、あくまでこの縁を使った呪で殺るならば、なんだけど。


 縁を使う呪は、その縁の先の存在を覆っている”力”に向けて効力を発揮することとなるのだが、魂と直接結びついた名前を掌握すれば、その名前の持ち主の存在の全権を握れる――つまり、プチっと簡単に生命を潰してしまうことも出来てしまうのである。いや、やらないけれども。




 「オメーらの命は俺の手の中だぜわっしょい」アピールに、リーダーのおっさんは俯き黙り込んでしまった。名を晒すかどうか迷っているのだろう。眉間にしわが寄っている。


 しっかし、角蛇達を殺したってんなら、そっちも殺される覚悟あってのことだろうな。覚悟ない殺しは、ただの殺戮と変わりないんだぞ。


 ちなみに俺は覚悟なんて全くみじんもちょっともクソほどねぇからその手段はとりません。脅すだけです。王子時代にウン十人ほど殺っちゃったのは不可抗力ですしおすし。

 気に入らないから殺すだなんて野蛮な真似、俺は絶対に致しませんの。なんせ? 俺は? モラルの祟り神ですので??


 と、リーダーのおっさんがついに観念したか、こちらに顔を向けた。

 名を晒そうが晒さなかろうが、命を握られていることに変わりないことを悟ったのだろう。それホントはハッタリなんだけど。


「……我が名はヤハズノマタチ。これより東の地にある村の首長である」


『ヤハズノマタチ。しかとその名、受け取った。ならば私も名乗ろう。

 ――自らは、己が運命を呪い、仇成す者を祟る神。名をば、ヤトノカミなり』


「ヤ、ヤトノカミ、だと!?」


 名乗られたら名乗り返すのが礼儀と言うものである。だがしかし、勝手に滑り出た相変わらずの厨二香る口上に、表情では平静を装えど、内心羞恥に苦しみ悶えた。


 これを言う度、何度だって思う。

 今すぐ穴掘って埋まりたい、土もかけて5年は引きこもりたい、と。


 口上変更は俺の意思ではどうにもならないことは確認済みだ。神力経由で”声”を使っている時に名乗り上げようとすると、勝手に音声再生されるのである。オートで滑り出してくるものだからしょうがない。だから俺が好きで言っているのでは無いったら無いのだ。


 もうこれに関しては、神様稼業中は芝居でもしてると思ってどんと構えておいた方がダメージが少ないことを悟った。胸張って堂々としてれば、大抵何とかなるもんなのである。むしろおどおどしてる方が恥ずかしさ倍増で即死するね。

 ……まあ、後になって、結局羞恥にもんどりうって身もだえることにはなるのだけれど。




 と、注視し続けていたリーダーのおっさんことマタチの様子が、見る間におかしくなって行った。

 今までの警戒を面に出しながらも物怖じせずに振舞っていた姿とは打って変わり、見てわかるほどに視線は彷徨い、きょどきょどとして、踏ん張る足元も生まれたての小鹿のように震えており、矛の光も、すっかりと消え失せてしまったのである。


 え、何その反応。俺の名前知ってんのか? あー、でもここって結構故郷の村から近いんだったな。なら名前が伝わっていてもおかしいことはない、か?

 「名前ゲットで楽勝完全勝利ヨーロレーヒーホー、どうこねくり回してやろうかこのおっさん共」などと思っていた心が、困惑に染まって行く。


 と、急にマタチが弾かれたように口を切った。


「いえ、我ら人の領域にも数が増えてまいりまして、人々に十分な米を行き渡らせるには、葦原を田へと作り変える必要があったのです。田が増えれば人も増える。人が増えれば、田が入用となる。豊かな田と人がいれば、我が集落が栄えることが出来るのです。周辺集落との諍いに揉まれぬよう、一刻も早く力をつける必要があったのです。それに、その、其方の眷属達が、我が村に呪を持ち込み攻撃した故、我らも仕方なく、応戦した次第にて……」


 彼は聞いてもいないのに、早口に葦原に田んぼを切り開いた理由を言い連ねていった。挙動不審気味に視線をさまよわせて、口だけを達者に動かしている。




 あー、なんかこういう奴、前世の学校のクラスメイトにいたなー。先生に叱られそうになった時、めちゃめちゃ早口で言い訳する奴。素直に謝っとけばすぐ済んだだろうに、保身の言い訳が逆に油バッシャーからの、先生の怒髪天ボンバーが天元突破しちゃったりして、最終的な被害が甚大になるんだよな。


 何が言いたいかって、俺たち悪くないアピールは止めろ。今すぐ止めろ。お前らが先に角蛇達に攻撃したんじゃないのか。それに、こいつらの命を奪ってる時点でアウトなんだよ。

 一面に瘴気を垂れ流してやりたい衝動に駆られるも、舌を噛んでぐっと耐えた。


 ……だけど、やっぱり権力抗争が原因だったんだな。

 米関係のことって、かなりの頻度で争いの火種になるんだよね。ごはん問題は至急を要する事情である上に、このお金のない時代、米自体に大きな価値があるから。


 これでも古墳時代の人間として生きた歴史もありますんで、マタチたちの心境もよーくわかる。

 田んぼを増やすってことが、権力的にも食料的にもどれだけ大切なことなのか。そして、そこで穫れるお米関係で、どれだけ多くの抗争が勃発するのかってのもね。


 まぁそうだったとしても、俺の配下たちをフルボッコにしてくれた時点で一言二言三言言いたいことはあるがな。




『汝らが新たな田を要することは私も心得よう。しかし、ここは蛇の領域。安寧の地を守るために、彼らが動くのは、全く怪しきことではあるまい。それを語らうこともせず、汝らは我が愛しき眷属を残虐にも切り捨ておったと』


「お、お許しくださいませ! せめて村の女子供だけでも、こが恐ろしき呪を解いてやってくだされ……! 彼らは関係ないのです! 命を取るのならば、我らだけでお許しを……なにとぞ、なにとぞッ!!」


 んぁ? どういうことだ? もしかして、今ナウの現在進行形で、村に残っている人たちに命を奪う呪と見せかけた体調不良の呪がかかってると思っているんだろうか。確かにこの場にいる人たちには、嫌がらせでちょっぴり呪ってやったけども、流石に関係ない村人たちまでは巻き込んでないぞ。

 ……でもこの勘違いを利用させていただくのもいいかもしれない。


『ほぉ、それを汝が言うか。ならば、汝らが行いを今一度振り返えるがよい。己が、一体何をしでかしたのかを』


「申し訳ございません、どうか、どうか、御慈悲を!!」


 マタチはついに矛を取り落し、地に頭を擦りつけた。それに倣って敵の集団も全員が降伏する。


 おっし、ビビらせることには成功したみたいだな。これでもう角蛇達に被害はいかないだろう。

 ……とはいえ、それで人々が飢えちゃったらそれはそれで後味悪いんだよなぁ。やり方は酷かったけど、この人たちも死活問題なんだろうし。


 オイてめえら、俺が本当のラスボス君じゃなくて本当によかったな。コレがラスボス君なら、きっと即アウトだったぞ。名前ゲットした時点で、いや、それより前に瘴気垂れ流しの刑に処されてこの世とバイバイだったよきっと。俺が古墳人の感覚持っててよかったな! 感謝しろ! 俺に!!


 んー、でもまてよ。なんかこのシチュエーションに覚えがあるんだよなぁ。もしかして原作イベントだったりすんのかな。

 ……まぁいいや。それは後で考えるとして、ここは角蛇達にちょっと譲ってもらわなきゃいけない案件かもしれない。どうにか彼らをブチギレさせないように人間側と折り合いをつけさせなければ、後々嫌なことが起きる気配がするんだよなあ。


 うーん、何か変なことが起きてくれなければいいのだけど。

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