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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・中
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角蛇にょろにょろ

 頭領たるジャジャマルが倒れ伏したその瞬間、人間側がざわりと騒めいた。しかし、奴らが勝利の雄たけびを上げる前に、濃度の薄い瘴気を解き放って場に広げて、彼らのムードに水を差す。突然現れた嫌な気配のする黒い霧に、狙い通り、彼らの喜色めいた空気が見る間にそぎ落とされて行った。


 この黒い霧は、相手をちょっとゾクっとさせる程度には特に効果を持たない、雰囲気づくり用の術である。術名は”お化け屋敷メーカー”。一定以上力を持つ相手にはレジストされて何の効果も持たないので、気軽に放てるのがミソだ。

 元の濃さのままの瘴気をまき散らしたい気分も山々ではあるが、それをやると同時に、ジャジャマル以外の角蛇達にも影響が出てしまうからここはぐっと我慢である。




 というわけでハイ、これより神様営業始めまーす!


 幽霊モードを解除して、変化の術を使ってこの場に躍り出る。肉を得て場に登場したその瞬間、発現した鋭い嗅覚が、淀んだ血の臭気を捉えた。その異臭には人間のものも含まれてはいたが、それが霞むほどに強く感じ取ったのは、蛇達の体から溢れたであろうもの。鼻腔を襲う噎せ返る臭いの束に、思わず眉をひそめた。


 妖力を練って創り上げた姿のデザインはいつもの人間姿ではなく、今回はこの場に集まる角蛇たちの姿を模してみた。この角蛇姿を妖怪モードとでもしようか。

 何故この姿になったかと言えば、対峙する向こうの人間達に、角蛇(こっち)の味方ですよアピールをするためである。ヒトガタ姿の方が実力は出せるが、あちらだと少々火力が高すぎるのである。調整をミスって、勢い余って地形ごとをふっ飛ばさないための配慮だ。ここはスサノオの許可さえあれば、どんだけ暴れてもいい黄泉の国とは違うのだ。


 因みに、妖怪モードの角蛇デザインには、俺のアイデンティティたる触手だけは残してある。だって完全な蛇の姿だと腕無くて不便なんだもの。この触手、腕の代わりに結構便利なのである。手指ほどの器用さはないけれど、代わりに関節がないから可動域が広い。ヒトガタモードの時でも、第3,4の腕として重宝してるんだよね。


 ……さて、と。うだうだ考えてないで、そろそろ本腰いれますか。




『汝、我が愛らしき眷属をいたぶりて、一体如何(いか)なるつもりであるか』


 触手を赤く光らせて、俺、華麗に登場! と同時に、怒りの感情を全面に押し出した影響で発射されてしまった濃度の高い瘴気を回収しつつ、威力を調整し直したお化け屋敷メーカーよりもちょっと濃いそれを、威嚇程度にばらまいて周囲を黒く腐らせる演出を行う。……っとと、これ以上範囲を広げると角蛇達にも影響を与えてしまう。セーブセーブっと。


 どうかな。結構雰囲気出てんじゃないの、コレ。


『ッ何奴!?』


 向こうのリーダーらしき、最前列で角蛇の皆さんと対峙していた男が、突然の俺の登場に警戒し、その場から飛び退った。

 しかし、見た目こそ動揺しているように見えるものの、その手に構える矛の姿勢は崩さず、警戒心MAXといった様子でこちらを隙なく伺っていた。その矛の刃も、当然のように光輝いている。


 この謎の”(やいば)ライ○セーバー化現象”だけど、力の強い人がすごい武器に、いい感じに力を込めた時に起こる現象らしい。発光状態になることで、普通の武器を扱うよりも、切れ味も威力も何倍もデカくなるんだ。

 俺の鱗には、ラスボススペックの鉄壁防御で普通の武器の刃は通らないけれど、このライトセ○バー化現象の起きた武器なら普通に通る。そう、かつて下手人君の刃が俺のスケイルメイルを貫通したのは、このライト○ーバー化現象が起こっていたからに他ならないのだ。

 

 刃を光らせるに至るには、かなりの技量がいるはず。角蛇のリーダー君の言う通り、この人なかなか強そうじゃないですか。


 見たところ、刃を光らせているのはこの男だけ。

 他は俺の瘴気の演出を見て腰が引けている様子。全体に気配りはしつつも、この男にだけは特に注視しておくこととする。




『あ、あれは!』

『ヤトさま』

『うわぁい、ヤトさまだ!』


 角蛇達と人間集団の間に割っていった瞬間、ジャジャマル配下の角蛇の集団がそろって黄色い声援をくれた。

 あ、どーもどーも、俺でーす。触手を振ってのファンサも忘れないぞっと。


 因みに、俺と直接契約を交わした眷属であるのはジャジャマル一匹だけで、その他の角蛇は今まで幽霊状態の俺の姿は見えていなかったのだ。

 この場に集まる角蛇達は、ジャジャマルを主とする妖力で繋がる眷族で、俺の直接の支配は受けていない。けれど、あの子らにしたら俺は上司の上司という関係。社交辞令は完璧である。


 部下の部下可愛さに、ついでに彼らの回復も行っておく。俺がジャジャマルに神使契約の縁を伝って力を渡し、その力をジャジャマル経由で眷族たちに分け与えることで、何か回復するらしい。原理としてはよく分らないが、力を高めることで自然治癒力が爆上がりするとかなんとか。眷属オプションの一環であり、身内だけに使える特別な回復術である。


 彼が気絶しているため、これも俺が代行サービスで行っておく。眷属を操って動かすのは、ラスボス君の得意技だったからあんまり好んでしたくはないが、今は緊急事態だからノーカンである。


 傷だらけの蛇達があら不思議、すっかりキレイでピカピカの鱗に大変身☆ ざまぁ見やがれおっさん共。驚いた表情に愉悦を感じざるをえない。

 ……俺、こんな調子でも結構本気で怒ってんだ。おっさんたちもそうだが、もうちょっと早く駆けつけてやれなかった自分自身にも。


 傷が治ったのは今生きている子たちのみ。死んだ子は無残にもズタズタにされたまま、生き返りはしないんだから。






 角蛇達(こいつら)と初めて出会ったのは、結構昔の話だ。


 前にここらを旅していた時ってのは、故郷の村から出発して割とすぐのことだった。彼らの住処たる場所は、距離的には故郷の村から山数個分しか離れていないんだ。


 ボーボー葦の湿原を幽霊モードで漂っていた時に、長い草丈の合間に角が生えた大蛇を見つけた。確実にアナコンダ越えであろうその大きさに、同族の匂いを察知して話しかけてみたところ、強くなりたがっていたこの蛇は俺の眷属になりたいと言って、契約を申し出てきた。話せばなかなか面白い奴で、気に入ったものだから面接クリアってことで、神力を渡して、神使として正式雇用したんだ。


 その時の蛇がジャジャマルで、元々ここ一帯の主であった彼の眷族一同、俺の配下にもれなく付いてきた。その時はただ、お得な契約だったなぁとだけ思っていたものだ。


 しかしそれからのこと。彼らとは普通に気が合ったものだから、契約後も何回か遊びに来ては話をする仲になって、はや数十年。この一族とは、たまに増える新入り以外、ほとんどと顔見知りになっていた。


 今、俺が化けている角蛇姿の妖怪モードも、そうやって会いに来る内に生まれたものだ。同じ姿ってことで、こいつらも喜んでくれたりしてなあ。ジャジャマル以外は低級の子らも結構いたから、知能があまり高くなく、その拙い喋り方が可愛らしくて、よく捕ったネズミを食べさせてやったりしたっけ。


 目を閉じれば、様々な思い出がよみがえる。彼らは通常の蛇とは違って、群れでいるのが常のことであり、その生活は生き物としての違いこそあれ、俺が故郷の村にいたあの生活と、本質的には何ら変わりないように思えた。苦楽を共にし、笑いあうその生活の何が違うことだろう。――だってのに。


 ああ、一体誰が殺されてしまったんだろうか。

 つくづく、やってくれたなという思いが沸き上がるのだ。

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