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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・前
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とあるウェイの神の・ミドルオブ後編

お久しぶりですあけましておめでとうございます!!


大変長らくお待たせ致しました。そしてすでに前編中編後編の概念が大爆破されておりますが、今回は後編の中編です。後編の中編とは。また書きたい所が入りきらなかったょ……

 さてこの戦いに、広間がこれまでに無いほど盛り上がったことは言うまでもない。

 その渦中、戦いを見物していたとある神が興奮冷めやらぬままに勝負を挑んだのを皮切りにして、我も我もと、剣に心得のある多くの者たちが次々と名乗りを上げ始めた。

 こうして、今度は剣をもつ神々による闘技大会が始まったのである。


 剣を持った祟り神は強かった。そりゃあもう強かった。誰もが一目置くような動きにて、向かいくる数多のヒトビトを翻弄する様子には圧巻の一言である。

 力において名のある茄子みづらの神を軽々と伸したのだから、その力の程はすでに周知となっていたことではあった。しかし、挑んだ誰もが数秒と持たずになぎ倒されて行くのを目の前にしては、舌を巻くよりほかに無し。これでまだ成って幾ばくも無いとは、全く恐れ入る。


  ウェイの神も一応それなりに力があったものだから、仲間に乗せられサシの勝負を本気で挑んだのだが、瞬く間に転がされてしまった。




 ――何が、自分の腕には自信をもっている、だ。


 視界一杯に広がった雲一つ無い青空を眺め、ウェイの神はぼんやりと思った。


 いつの間にやら世界が反転していたのだ。何が起こったかさえも分からぬうちに。

 暫し呆然としていたものの、ぽっかりと澄み渡った青空を眺めているうちに、どうしようもない念がせり上がり来て、思わずああっと息を吐いた。


 体を動かすのが億劫で、首だけを傾け彼の神の方を見やれば、相も変わらず面白いように挑みかかる神々があちらこちらへと撥ね飛ばされては、己と同じように地と逢瀬を遂げている。

 暫し粘る者はあれど、誰一人として一寸も持つ者は無い。


 ウェイの神は武神ではない。茄子みづらの神にも勝てぬ。

 それだというのに己の力を過信し、初めに祟り神を試そうとした己の無謀さに、今更ながら震える心地がした。


 ――もしも、この神が常に聞く理性無き化け物にあらば。


 不意に過った考えに、ウェイの神は臓物が捻り切られるような心地がした。

 そして、今目の前に在る神が”この神”であったことに、心の底から安堵した。






 わいのわいのとあちらこちらから陽気な声が上がり、腕組み肩組み、神々は気ままに宴の時を過ごしている。どこからか陽気な歌が聞こえたかと思えば瞬く間に大合唱へと移り変わり、辺りはたちまちに喧噪に包まれた。


 一帯に酒の芳香の漂う中、おもむろにウェイの神は大きく息を吸い、むわりと濃い酒気の帯びた息を吐き散らした。その丸められた背の周りに、常に共にある仲間の姿はない。


 闘技の会からまたいくばかりか時が経ち、誰が言いだしたか知れぬ提案に乗って、唐突に宴が始まったのである。この天上界、基本的には様々の催しはその場のノリで行われるのである。

 しかし宴もたけなわ、周囲が盛り上がる中にて、この神だけはどうも気分が乗らないでいた。




 ウェイの神が祟り神に転がされてから幾ばくか時が経ったころ、周りにて見物していた神々の使いや神術のやり取りから、この闘技の噂を聞きつけ名のある神が現れた。


 大空より巨大な雉に乗って舞い降りたこの神は、天上界でもその名を知らぬ者はない、破魔の力を司る神である。曰く桃より生まれ出でた武神にて、その昔、下界のとある地に蔓延っていた凶悪な鬼共を成敗したのだとか。


 そうして始まった戦いは今までのものにあらず。これまでの、戦いとも呼べぬような代物とは比べるのもおこがましいほどに。

 両者の動きは、ただただ美しいばかり。まるで舞い踊るかのように繰り出される剣技は、見る者の視線を吸い寄せる何かを秘め、その有様は筆舌に尽くし難い。


 この神々住まう天上世界においてなお”神業”と称させるほどの腕前に、自然とため息が漏れた。実に見事、あっぱれである。

 しかし、永遠に続くかに思われた戦いも、ついにぞ終わりを告げる。


 その頃には激しき戦いは地上に留まらず空中にまで及び、二つの影が何度もぶつかり合っては鋭い剣戟の音が空気をうち震わしていた。そんな折、上空より繰り出された桃の神の華麗なる蹴りが、黒き神にもろに当たったかと思えば、次の瞬間には濛々と立ち上る土煙に視界が覆われ、ウェイの神には何も見えなくなってしまった。


 その煙が晴れて見れば、一つの影が、地に伏せるもう一つに己が得物を突き付けていた。

 ぎらりと日輪を映して眩く光る剣の先、黒い鱗の生えそろった首筋が露になっていた。柔らかな喉元に切っ先を添えられ、地に背をつけて転がされてていたのは――あの祟り神の方であった。


 これに会場は大盛況。猛る気持ちをこらえきれずに、誰ぞが隣に立つ者に体当たりをかました。それに相手がやり返した後は、両者手が出る足が出る。降って湧いて出た喧嘩騒ぎに、次第に周りは巻き込まれ行き、最後には会場中で殴る蹴るの大騒動。

 いつのまにやら、取り出された武器は剣だけにあらず。弓に術に大岩に、様々なものが宙を飛び交い、地は割れ火柱が上がり大水に沼を作り、異形の姿になった者共が取っ組み合って場は混沌の極みを迎えた。


 慌てたのは、一帯を管轄する自然司る神々である。木の葉の御髪の女神などは腹を抱えて笑っているばかりであったが、会場を囲う森から飛び出て来た古老の神々は結託して大樹の根を操り、争う者どもを全員縛りあげて強制的に乱闘を止めたかと思えば、鬼の形相をして荒ぶり始めた。かの太陽の御神から己に任された地が荒らされていくのである、その怒りも当然と言えよう。


 しかし、とんでもない怒りの剣幕に、ご老体からは神気の大放出。その溢れ出した神気に促され、開けた土地が見る間に草木に覆われたかと思えば、それらはにょきにょきと成長し、見事な大樹が幾重にも乱立しても勢いは留まることを知らず、おまけにどっさりと実をつけたのである。

 ここまで来れば、古老の神々もいくばかりか落ち着きを取り戻しており、そのまま成り行きで宴が始まることと相成った。常の習わしである。


 ウェイの神も初めは宴を素直に楽しもうとしていたものの、話そうとした祟り神はヒトビトの分厚い壁の中に取り込まれ姿も見えず。脇で同じくあぶれた仲間と一通り飲み交わしたものの、常と変わらぬやりとりに皆飽いて、さっさとどこか別の輪の中へ行ってしまった。


 あとに残されたのは、ウェイの神ただひとり。




『なんじゃあ、汝。そんなにしみったれて。あれ、いつもの煩いきゃつらはどこへ行った?』


 そんな折、しわがれた声がその背に降り注いだ。振り返れば、声に負けず劣らず顔面をしわくちゃにした(じじい)の面があった。それに隠そうともせず思いっきり顔を顰めるも、翁の神は全く意に介さずといった様子でどっかとその隣へ座り込む。


 ウェイの神は、昔から幾度となく説教をかましてこられたこの翁の神を苦手としていた。先ほども大樹に縛り上げられた後ぶん回されて、散々な目に遭っている。今度は何をガミガミと絞られるのかと思えば、己のツキの無さに涙も零るるような心持であった。


『皆、面白げなる所へ行ってしまったよ』


 胡坐をかいた上に頬杖を突き、ウェイの神は不愛想に答えた。


 ――何が悲しくて、この我ばかりが、こが爺と共に呑み交わさなければならぬのだ。どうせならば、そこかしこに居られる女神らと共にありたい。張りある艶やかな唇より溢るる女神の小言ならば、ひねもすいくらでも聞けよう。むしろお聞かせ願いたい。


 しかし現実は無情にて、隣に在るのは干物のごとく枯れ果てた爺である。

 ウェイの神はすんと目から光をなくし、その瞳に死んだ魚のごとく虚無を写した。


 爺の神が隣で何か説教を垂れ流し始めたのを、首の座らない赤子の様に頭をがくがくと振りながら聞き流していたウェイの神であったが、ふと遠く虚空を見つめたその先に黒き神の姿が映り込んだ。

 彼の神は、色変わりの頭飾りを黄色く染め、多くの神々に囲まれて実に楽し気に笑っていた。――なんとなく、胸の奥がしくりと痛んだ。


 その痛みに首を傾げ、ウェイの神は視線を手元の盃の元へと移す。近くに湧き出していた泉から汲んできたこの酒は、一切の濁りも無く何処までも澄んでいた。

 柔らかな酒気立ち上るそれに顔を近づけ、くん(・・)と鼻をひくつかせてみれば、つんと鼻腔をくすぐって己の内に取り込まれた香りは、頭の中身を絡めて融ろかしてしまいそうなほど。


 どこか霞みがかる思考のままに、それをちびりと舐めれば、舌の奥にほろ苦いものが纏わりついた。

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