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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・前
52/116

とあるウェイの神の・中中中編

見事にフラグ回収するの巻


そしてお知らせです。想像以上に私生活が忙しくなってまいりまして、今回より投稿頻度を週一回にさせていただきます。およそ二月まではこのままの状態が続くかと思いますが、そこからはまた投稿頻度を上げていけるように努めてまいりますのでよろしくお願いします。

次回は来週の月曜日の夜~深夜帯ごろを予定しています。

『うふ、うふふ……ッ、ぅひひフッ、も、無理ッ……!』


 木の葉の御髪の女神は、初めは淑やかに甘美なる声を響かせていたのだが、ある時を境に唐突に喉を引きつらせて笑いはじめた。

 おかしくてならないというように引き笑うその様は、どこか見ているこちら側が不安に駆られるようですらあり、ウェイの神は思わず深刻気な顔に固唾を飲んで見守っていた。


『ぃひ、ひーっ! ひーひーひーッ! ~~~ッ、ぁへっ、いひ、ヒィーッ! ~~~ッ!! ひひゃ、カヒュッ、ぐうぇっほゴホヴォェッ!!』


 何がそんなに壺に嵌ったのか、暫く太い苔むした幹の上にて転げ回っていた女神であったが、その見る者怖気立たせるほどに端正な造形の顔を見事なまでに崩壊させた挙げ句、盛大にむせて雅のかけらも無く咳き込み始めた。




 ――場は、先程とは別の意味で静まり返っていた。


 この場にある神の内の殆どがこの太古よりある女神の真に打ち笑う様を知らなかったがために、その少々独特な笑い方に面食らい、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして固まっていた。

 その姿は”冷ややかにも美しく、物静かな有様は大樹そのままである”といったような、今までにあった高貴なる女神の印象とは、あまりにもかけはなれていたのである。


 知古と思われる数名の女神が頭に手をやっているのをウェイの神の瞳は確認したが、硬直した思考にまでその情報が伝達することは無かった。




 しばらく苦し気に咳込んでいた女神であったが、どうにかして荒い呼吸を整え体裁を取り繕うと、何事もなかったかのように再び一定の調子で”声”を発し始めた。


『……よいぞ、良いではないか。()はこの力比べに最初から賛成であったぞよ。

 さあさ、如何する皆の衆。何か案を持つ者はあるか? 折角これだけの数が会して居るのだから、こんなところで話し合いておらずに疾く始めるがよかろう』


 そう言った女神が虚空に向かって手招きをすれば、大樹に絡まっていた蔦がひとりでにその元へと伸びてゆく。彼女が幾重にも絡ませたそこに腰を落ち着ければ、客を乗せた蔦は地に向けてそろそろと腕を伸ばした。




 女神が地上に降り立つのと同時に、居たたまれない空気に耐え兼ねられなくなったウェイの神が、慌てて名乗りを上げた。


『やや、この我に提案がある! まずは競走などしてみては如何だろうか。大勢が一度に参加出来る上、この立ち並ぶ木々の多き森ならば、常の平たき道を走るより一層面白き戦いを見得ると思うのだ!』


『おお、それはよき!』

『ウェーイ』

『まっこと卍』


 ウェイの神に続き、その仲間が賛成の意を示す。すると彼らのやり取りに、ようやく思考の硬直から脱した神々が次々と同意の意を表しては、ぞよぞよとさざめき始めた。


『これ、祟り神よ。其方もそれで良いか?』


『私は皆様のなさりたいことで結構です故……』


 周囲にあった内のひとりが祟り神にも話を振れば、特に異を唱えることも無く肯いた。

 その敵意の全くない、おしなべての神と何ら変わらぬ反応に、先のやり取りから興味をひかれていた者々がわらわらと彼の周りに集まり来る。


 その穏やかにも打ち解けてきたかのような雰囲気に、なんとなく嬉しくなったウェイの神は、ヒトだかりをかき分け祟り神の肩に腕を回すと、それとは反対の腕にてその角の生えた頭をくしゃくしゃと掻き撫でた。

 不服気に眉間にしわを寄せた祟り神であったが、それでも手を跳ね除けようとはしない。その反応にますます嬉しくなったウェイの神は、ウェイの文言を唱えながら更に強く掻き回し、実に楽し気に歯を見せて笑った。




 そうして競走を始めようとヒトだかりが過ぎ去りし後には、ぽつねんと茄子みづらの神々が取り残された。


 彼らの内、睨み合いの現場の近くにありし幾らかは、祟り神の気に当てられ白目を向いて気絶していた。他のなんとか気をやらなかった幾らかも、腰を抜かして動けないものや、放心のままに虚空を見つめるものなど死屍累々の有り様である。


 そんな中、頭領たる襟足の茄子みづらの神はただ一人棒立ちて、手の内の祟り神の血に濡れた五寸釘をじいと見つめていた。

 暫く何やら考え込むようにじっと黙していたが、ふと他の神々が去った後を眺めやる。


 ――静かに遠くを臨むその瞳に、炎の気配は既に無い。






 ようやく始まった力比べは、蓋を開けてみれ実に円滑に執り行われ、多くの神々が満足するような楽しき催しとなったのである。


 たまにぎこちない動作を見せていた祟り神も、競技を重ねるにつれどんどんと動きの切れが増してゆき、最終的にはウェイの神の感じていたような違和感もすっかりと無くなり、生まれた余裕からか次第に笑顔をも見せ始めた。

 そうして笑い始めてからは、この古代樹の広場に来てからまた被ってしまっていた殻の内の素が再び垣間見えるようになり、雰囲気も茄子みづらの神と対峙していた時と比べて随分と柔らかくなっていった。


 そしてこの神が柔和な空気をまとっているとき、その美麗な頭飾りは実に様々な色へと転じるのである。極彩色に輝くそれは、この色彩溢れる天上界にあっても実に良く映える。ウェイの神は、そのくるくると色を変えるひらひらを一等気に入っていた。


 そして眺むる内に気づいたのだ。

 その色変りが指し示す意味――この神の心情を。




 気づいてからは、ウェイの神はこのひらひらの色を如何にして転じさせるか、という遊びを己の内にてひとり密かに催した。


 ヒトを寄せ付けぬ風格と共に紫の剥がれ落ちた頭飾りは、常には翡翠の色をしているらしい。それが彼の神の感情に伴って、様々な色へと転じるようなのだ。


 鬼事の中で万里を駆け回る中で、他の神の囃子立てる様に釣られて笑顔を見せていた時、その色は黄に染まっていた。――黄は、”愉快”であろうか。


 その背後から気配を消して忍び寄り、不意に大声を上げてみれば、『ヴァア』等と、えも知れぬ叫び声を上げてびくりと体を震わせた。――”驚愕”には瞬きで応えるか。


 驚かせた詫びとして、先の逃げの立ち回りは見事であったと祟り神を思いっきり褒めてやれば、恥ずかしそうに視線を逸らせるが、その口角が緩まっているのを見逃すウェイの神ではない。――”喜び”は、薄紅か。


 そのまま褒めちぎりながら頭を掻きまわし続ければ、仲間たちも便乗してそれぞれ賛辞の言葉を口々に送り始める。すると祟り神は口を引き結び、次第にその頬の紅の色を濃くしてゆく。最後にはすっかり真っ赤になった顔を黒い掌で覆い隠して見えないようにしてしまった。指の隙間から『お止めください』と、か細い声が上がる。――”羞恥”は、牡丹色と。


 わあわあと騒ぎ立てるうち鬼役に見つかり、祟り神ひとりを贄に残し仲間と共に雲の子を散らすように退散したウェイの神は、その後も競技を楽しみながらも祟り神を観ずるのにひとり興じていた。


 だから、彼の神の頭飾りの翡翠の色が陰って枯草色になっていた時もすぐに気づき、声をかければ、慣れない神力の扱いに疲弊している様子であることを知った。

 それならばと仲間と連れ立ち、近くの特別大きなる古代樹の根のもとに腰を下ろして森の木立のさざめきを聞いていれば、祟り神は目を閉じて静かになった。風に吹かれるままにそよそよと舞わせる飾りは濃い緑に染まっており、そのすっかり弛んだ雰囲気には、出会った当初の頃の緊迫した空気は微塵もない。


 自惚れでなければ、この色は心底気を許した者の前でしか見せることは無いのだろう。そう思えば、少なからず情が湧くのも仕方無き事。

 ウェイの神の中で、この神は既に弟のような(・・・・・)ではなく、真に弟としての立ち位置にあった。年の離れた末の弟を可愛がるのは、兄の性分を持った者の運命(さだめ)なのである。


 それにウェイの神は知っている。いつのころからか、ウェイの神とその仲間が話しかけるとき、その飾りにいつも一瞬薄紅が差すようになったことを。






 誰もが笑顔を見せるこの力比べの場からは、恐怖も嫌悪の気もとうの昔に散り消え失せ、ただ皆この新しき”仲間”が増えたことを純粋に喜んでいた。




 その折、和気藹々と各々が談笑する競技の合間、その和やかな気を切り裂き、不躾にもその者共は現れた。


 前髪を茄子の腹の様に結わぎ、肩に血濡れの五寸釘の数多刺さる丸太を担いでやって来たのは、茄子みづらの神率いる荒くれ者の神の群れであった。

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