おニューの服でウッキウキ
自分の姿をじっくりと観察したところで天女さん達に声を掛けられた。天女さんが手に持つ衣装は、文字そのままに天上の美を醸し出しており、それはそれは綺麗な衣なのであった。
真っ赤な赤の衣に黒光りするスケイルメイルの恰好から、勾玉の首飾りはそのままに、出来立ての素敵な衣装に身を包み込もうとしたところで、脱ぎたてほやほやの、今まで着ていた装いをどうしようかと思っていれば、天女さんが笑って教えてくれた。曰く、デフォルトの衣服は神気の塊であるから、念じれば出し入れも自由なんだとか。どうやら衣と一緒に、剣も任意で出したり消したりできるらしい。新しい衣装には剣は似合わないので消してしまう。魔剣みたいでちょっとカッコイイと思ったことは内緒だ。
タカマガハラの今期のトレンドは、布をたっぷりと贅沢に使った縫製の、袖や裾に分厚くフリルをあしらった大陸風のものらしい。
素晴らしい手際で、見る間に仕上がっていった俺の衣もその型で、黒を基調として赤のフリルと鱗模様のとにかくすごい刺繡のあしらわれた、激カッコイイ一品となって完成した。
天女のおねぃさん曰く、この工房仕立ての服は、自分の神気によくなじませることで自分の一部となり、ヒトガタ形態になった時に、デフォルト衣装である鎧装束から任意で変更可能になるのだという。なんて便利!
カッコイイデザインにも始終興奮しっぱなしである。なんか神様~って感じの格好で、お高い屏風とかに描かれてそう。
みやび! これぞ雅だよ! 着心地もふわっとしていて凄く快適だ。肌触りも柔らかくて気持ちいい。最高だ!
なんだか嬉しくって、薄ピンクになった触手をはためかせながら、鏡の前でくるくると回って全身を確認していたら、おねぃさん達に小さい子を見るような視線を向けられた。なんかデジャウ。
だだだって、俺だけにカスタマイズされた、一点モノのハンドメイドなんだよ?? そんなのをキレーなおねぃさん達に作ってもらったんだってんなら、嬉しいに決まってんじゃん!
でもなんだか気恥ずかしくて、温泉みたいにほっかほかになってしまった空気を誤魔化そうと、別の話を切り出すことにした。
こんな素晴らしいものをただでもらってしまうのは気が引けるものだから、何かお返しができないかと聞いてみたところ、俺の触手を好きにこねくり回す権利を認めることと、たまにここに遊びに来てスサノオのグチ大会を聞くこと、それとこれからも新しい衣を得るならば、この工房をお得意先とすることを対価に提案された。ここでも見事に、触手のさわり心地はおねぃさん達のハートキャッチをしたらしい。
何でも、商売の概念のない天上界では各々好きなことをして暮らしているらしく、この機織り工房にいる天女さんたちも皆好きでやっていること、つまり趣味の一環でしかないらしく、自分たちの作った衣を着てもらうことが嬉しくてたまらないんだとか。だから俺が出来上がった衣に舞い上がって喜んだことこそが最大の対価なのだと、女神の微笑みを見せた。
もうすっごく優しい。俺感動した。神か? あ、神でしたわ。
次に来るときには、お土産をたくさん持ってこようと決意した。
それからしばらくは、おニューの服に浮かれながら天上界をふらふらと練り歩いていたのだが、その時に瘴気や呪いでお困りの神々からの相談に乗ってみたりもした。こちらはあの唐突な宴会の時に披露した、瘴気回収能力を見込んでやってきた神々からの依頼で、お住まいや体に溜まった瘴気や、どこかからもらってきた呪いやらを回収してほしいとのことだった。
天上界にも瘴気は自然に湧くらしく、空気中に溜まれは臭いし気分は悪くなるし、体調が悪くなれば疲労物質のようにたまるしで、あまりいい印象を持たれてはいない。
勝手に湧いたものは自分で浄化したりなどして片づけているらしいのだが、定期的に掃除をしないといけないらしく、それがまあまあめんどくさいのだとか。
自分の作った瘴気以外のものを回収出来るかどうかはわからなかったけれども、とりあえずやってみたところ、わざと俺の瘴気を流し込んでから回収することで、お住まいに溜まったしつこい瘴気も、絡めとって根こそぎキレイに根本除菌が出来るということが分かったのだ。
瘴気や呪いの類は俺にとってもちょうどいいおやつになるものだから、お困りのお宅にスナック感覚で回収して回ったらたいへん喜ばれた。俺にとっても、依頼主にとってもいい思いのできる、まさにwin-win関係のお仕事であった。
掃除屋ヤトノカミ、どうかご贔屓にってね!
そんなこんなで割と結構充実した生活を送っているうちに、スサノオの折檻も無事に終了したのである。
門からやつれたオジサンが出てきた時は、誰だか全く分からなかった。それがよくよく見れば、意気消沈したスサノオの成れの果てであったことに気づいた時の衝撃たるや。一体、御殿の中で何があったというのか。気にはなったが、絶対に聞かないことにした。
スサノオは昔いろいろやらかしてタカマガハラを出禁になっているらしく、即刻退去命令が下ったらしい。何かあった時に報告に来るくらいは許されているらしく、今回はその特例だったようなのだが、報告を終え折檻も終わった今、もうここに残ることはできないのだとか。
そうしていざ帰らんという時のこと。スサノオは俺に、彼の治める黄泉の国の中にある、ネノクニというところへ共に来ないかと誘ってきた。
曰く、黄泉の国ならば元から不浄の地であるために、呪いの一つや二つばかり増えたところでどうということはなく、もしもプスッと瘴気をまき散らしてしまったところで全くの無問題であり、俺が暮らすのにこれ以上ないほど良い環境らしい。しかも、もしネノクニに来るというのならば、住むところを用意してくれる上に、スサノオ直々に神様パワーの使い方やら何やらを手取り足取り教えてもらえるというのだ。
どうやら、俺は思ったよりもスサノオに気に入られていたようであった。ちょっとびっくりした。
実は、神々の悩みの種であった瘴気回収をして回ったことによる功績で、天上界に何気に土地をもらっていたのだが、ここに来てこんなにいい条件が舞い込んできたのだ。もちろん二つ返事で了承した。
その場で衣装を鎧装束にドレスチェンジして旅支度を一瞬で終わらせたなら、タカマガハラからぴょいっと纏めて追い出されて、俵担ぎの絶叫マシンに強制乗車させられた。恐怖の時間を経て下界に到達、今に至るいうわけなのだ。
「ウワァ、美味しそうな瘴気溢れる洞窟ですねぇ」
洞窟に入るや否や口から飛び出た感想に、スサノオは思いっきり顔を顰めた。
なによ、その顔ぉ。だってケーキ屋さんに入った時みたいな素敵な香りがするんだぞ、テンションも上がろうぞ。
食欲の誘われる、あまーい香り溢れる洞窟をスサノオに続いて進んでゆけば、ねっとりフローラル黒霞こと瘴気は、瞬く間に蹴散らされて清浄な空気へと変わってゆく。
つくづくこのヒトの浄化能力は凄まじい。
でも先ほど味見に齧ってみたここの瘴気は、天上界のものとはまた違ってこってりとしたお味で大変美味だった。かなり気に入ったものだから、雲散させられる前に回収してボール状に纏め、歩く空気清浄機に消されないよう自分で作った瘴気で持続的にコーティングしつつ、道中握り飯のように齧りながら進んだ。
オギョーギが悪いって? 一緒にいるのがスサノオの時点で行儀もクソもないね。
天上界での掃除屋業も経て、スサノオが解放されるまでには、俺もすっかり瘴気を食うことに対して抵抗感はなくなっていた。むしろ、甘味が皆無と言ってもいいこの時代に現れた、空飛ぶ高級菓子だよ? 食わざるを得ないよね。俺は甘党なんだ。
「ほんに、貴様の味覚はどうなっておるのだ」
スサノオは吐きそうに歪んだ顔でこちらを見やって来た。
ウン、それは俺も気になってる。でも、天上界で食べた食材は普通に美味しいと感じたことから、一応通常の味覚も持ち合わせてはいるらしい。ただゲテモノを美味しく食べれるようになったというだけのことである。
ホラ、きっとあれだよ。初めてパクチー食った時には「ナニコレカメムシじゃん」と神妙な顔付きで口をひん曲げていたのに、次に会った時に山盛りの緑をモサモサ食ってはウマイウマイと叫び続ける女の子の気持ちと同じ。そしてスサノオは、その変化を目の当たりにして一体この子に何があったのだろうかと宇宙を背負ってしまった友人の心境ときっと同じ。
延々と続く下り坂の道をきょろきょろと辺りを見渡しながら歩けば、RPGゲームで雑魚の敵キャラとして登場するような、気持ちの悪いクリーチャー系妖怪どもがちらほらと見受けられた。皆、岩の隙間に隠れたり、小さな横穴からこちらを怯えたように伺っている。視線が合えば、グギャっと喉のつぶれたような声を上げて隠れてしまった。
まあそうなるでしょうね。神話のビックネームと祟り神が並んで歩いていたらそうなりますよね。でも今までが、目と目があったら即刻バトル状態だったからちょっと新鮮。常時虫よけスプレー状態になっている。
それからどれくらいの時が経ったのだろう。道々瘴気ボールに舌鼓を打ちつつ進めば、永遠に続くかに見えた道のりも遂に終わりを迎え、俺たちはだだっ広い空間に出た。地下空間だというのにどこまでも広く、天井も上が分からないほどに高い。
そこは正に地底世界。
だけれど、ただの洞窟なんかじゃあない。地底に広がるこの地もまた天上界や地上と同じ、”世界”の一つなのである。
『さぁ、着いたぞ。ここが我が治める地、ネノクニである』
こちらを振り返ったスサノオは、誇らしげにその白い歯をむき出しにして笑った。