ホントのきもち
「しょうがないなぁ。ここの外から来た人がいる時は、王族としての振る舞いをするようにって、御父上から言われてるんだけど……でも、今日は特別だ」
そうしっかりと自分の声で言って笑いかけてやれば、少年は再びきゅうと抱き着いてきた。
おーよしよし、甘えたさんはそのままなんだね。でもホントは俺を触るのもあんまりよくないと思うんだよなぁ。こうなってしまっては、瘴気とかの関係で何か悪い影響を与えちゃうかもしれないし。
「いいかい、よぉくお聞きよ。俺は悪くてこわーいオバケになっちゃったんだ。そしたら俺がここにいるだけで何かよくないことが起きて、皆に迷惑をかけちゃうかもしれないだろ。だからね、俺はここを出ていかなくちゃならない」
「じゃあ何であそこのオジサンとこにはいくの?」
お、オジサンて……あ、こら! 指差しするんじゃありません!
空気を読んでくれたのか、少年と向き合い始めたあたりでスサノオがちょっと遠くに離れてくれていたことは知っていたけれど、聞かれてたらヤバいんだぞ! 恐ろしい子!
というか、今までのスサノオとの会話は”声”に乗せて話していたせいで、全部村の皆に聞かれてることになるんだよなあ。なんか恥ずかしいな。
あれは物理的に耳に届くものじゃなくて、力の波動に乗せて相手に直接叩き込むものらしいから(ソースはドッキング蛇太郎)、騒音なんかで邪魔されることなくお届けできるんだってさ。
「あのオジサンはね、俺をタカマガハラってところに連れて行ってくれるんだってさ。そこなら、もしかしたら俺がいっても大丈夫かもしれないんだ。だから俺は行くんだよ」
この表現の方が分かりやすいと思っただけなんだから怒るなよ、オ・ジ・サ・ン! 子供の前なんだからな!
べ、べつに意趣返しとかじゃないんだからね! いきなり首狙われたことに対する仕返しなんかじゃないんだからね!
だけれど、納得のできなかったこの少年は、火のついたように泣き出した。
「うわあぁッ! やだぁーッ!!」
うぇへへへ、どぉしようかなぁもう! この子はホントにもう!
思わず口角が上がってしまうのを抑えきれない。泣いてるこの子には悪いけど、やっぱり嬉しいんだもん。だって、こんなに泣きじゃくってまで引き留めてくれるんだぜ? 俺のこと大好きかよ! 愛い奴め~~!
しかし、その小さな頭をかき混ぜてやろうとして、ぎょっとすることになる。いつの間にか目の前の頭の数が増えていたのだ。
群がるおちび達が、大きな瞳を潤ませてじぃとこっちを見上げていた。
これにはさすがに驚いて一歩足を後ろに引こうとしたものの、腰をガッチリとホールドされていたせいで全く動けない。挙句の果てには、バランスを崩してしりもちをついてしまった。
すると、おちびらは弱った獲物につけ込む狼のように、一斉にこちらに飛び掛かって来た。
「にぃちゃん、いなくなっちゃうの?」
「もう帰ってこないの?」
「やだぁー!!」
「ミコにぃ、もっと遊んでよぉ」
「「「うわあああああぁああん」」」
わわわわ、大合唱会が始まっちゃったよ。
おちび達に体を何重にもホールドされて、腕も掴まれ、果ては触手まで鷲掴みにされて完全に動きを封じられてしまった。
んもぉ、どぉっしよぉかなこいつらめぇ~~~! 愛い奴ばっかしじゃん。かぁいいなぁ、もう!
と、群がるお小さい方々の間から、子供とは思えないほど低い声が漏れる。
「にぃちゃはわたさない……」
「はなしてやるものか」
「ミコにぃはずっとぼくたちのものだからね?」
ん~~~? ちょぉっと怖いかなそれは。
君たち、とりあえず目からハイライト消すのは止めようか? 皆でやられるととっても怖いぞ? そんな深淵の闇を映す節穴みたいなお目目で見つめないでっ!
ある意味のピンチに慌てていれば、新たに声がかかった。
「童達、離れてやりなさい」
「あ、御后様……」
子供たちが渋々ながらに離れていく先に、影が二つ。
た、たすかった……あら、マッマじゃないの。パッパと一緒にどしたの?
居住まいを正して、正座で見上げて伺った。
「息子よ、私たちのことは気にせずに、お行きなさい」
「うん、そうさせてもらいます御母上」
そうだよね、普通はそうなるよね。祟り神を村に置いておくってのはやっぱアカンて。そう、それ正解。
納得してにこやかに肯けば、マッマは俺の言を遮るようにこちらに手を翳した。まだ何かあるんだろうか。
「いいですか、私たちはそれがお前の幸せだと思って送り出すのです。
……覚えておきなさい。貴方が帰ってきたくなったら、何時でも戻って来るのですよ。この国の者は皆、お前の帰りを待ち望んでいるのですから」
えっ……えぇ~、そゆこといっちゃいます?? そんな菩薩の笑みで?
……うはー、優しいねぇ。
嬉しいやら村のことを想っては複雑やらで、助けを求めてパッパの方を見やれば、そちらも神妙な顔で肯いていた。え~、パッパも受け入れ態勢ばっちしなん? 照れるわぁ。
……でもさ、でもだよ。純粋に疑問に思ったんだ。
「みんなどうしちゃったのさ。俺、祟り神に成っちゃったんだよ? 皆も見たでしょ、俺が瘴気まき散らしていろんなモノをどろどろに溶かしちゃったところ。でーっかい蛇になって森を腐らせたところもさぁ。
……おかしいよ、みんな。自分たちもああなるとは思わないの? 何でそんなに優しくするの? もう俺、人間じゃないんだよ?
―――こんなバケモノ、近くにいて欲しくないでしょう?」
そう言ったら、この場の全員にため息をつかれた。おちびたちも含めての全員に。
な、なにさそのあきれ顔?? こっちは本気で疑問に思ってるから聞いてんのにさ。
「お前を国を挙げて奉ると誓おう。立派な社を立ててやるから、楽しみにしていなさい」
うわ。パッパったら、いい笑顔でもっとすごいこと言い出しちゃったよ! 頭ポンポン叩きながら超いい笑顔。うわぁ、朝日に煌めく歯がまぶしいね! そして質問には誰も答えてくれないというね。華麗にスルーされていったね。あと何気に叩かれ続けてる頭が痛いよ!
てか、社って……俺に神社立ててくれるってこと? なんだか壮大なことになってきたぞ。
あれ、そしたら守り神様の祠はどうするつもりなんだろ。
「いいよ、そんなことしなくても……大変でしょう? 周辺更地になっちゃったし……それに守り神様にも悪いですしおすし。自分の敷地内にこんな妙ちきりんなのを入れるってのは……」
『そのようなことは気にせんでも良いわ。お主が祟り神である以上、奉られることはお主にとって、めでたきことであろうよ。素直に受け取るがよいじゃろうて』
遠慮申し上げた俺に、”声”が叩き込まれた。
うわわ、守り神様。あ、それとオババ……と親友君!? あれ、お前、もう動いても大丈夫なのか!?
動けるほどに回復した親友の姿に目を細めていれば、守り神様は静かに告げた。
『それに、人の子を守り通したのはお主である。
……わしは守り神失格じゃぁ。むしろ、出ていくべきはこのわら「そんなわけあるか!」……!?』
ねぇまってまってまって、急にネガティブタイムやめて。そして違うって言ってんのに、そんなすべてを諦めましたみたいな顔すんのやめてよ。
守り神様って、外見が幼女なものだからそんな顔されると心にグッサグサくるのよ。
その場で片膝をつき、前の足をドンと踏み出し抗議する。
「俺が瘴気を暴発させたときに諫めてくれたのは貴方だ! スサノオと戦っている時に、結界でこの地を守ってくれていたのも貴女でしょう!
それにこれまでもずっとオババ様と一緒にこの村を守ってくれてたじゃないか! 俺が小さい時、妖怪共の夜這いに悩まされてたあの時に、守り神様の結界にどれだけ救われたと思ってるんです!?
感謝こそすれ、追い出すことなどありえない。そんな恩を仇で返すようなこと……ッ! 失格だなんて、そんなこと言わないでください!!」
守り神様のまあるい金の瞳を、真正面に見据えて叫んだ。
俺がどれだけあのはた迷惑な妖怪共の深夜のドッキリに苦しんでいたと思ってるんだ。そしてそれが止まったことにどれだけ感謝してるとも。
お礼の気持ちを込めて、いつだったか、丹精込めて茶化しは一切入れずに本気で神楽も舞ったじゃないの!
そうさ、あの妖怪共、来る日も来る日も現れやがって……こちとらそれで毎日毎日睡眠不足で超絶体調悪かったんだからな。あの体調の悪さでも風邪は拗らせなかったんだから、そこは転生特典がしっかり働いてたんだけどさ。多分今の俺って、どれだけ働いても過労死しないハイパーブラック社畜になれる。不眠不休でロボットプレイだ! もう一回遊べるドン!
……とにかく、今世で死ぬほど体調が悪くなったのはあの期間だけなんだ。ハッハッハ、思い出すだけで奴らを締め上げたくなってきたけど、さっき山ごと吹っ飛ばされちゃったんだったな、スサノオに。
ちょっとざまぁとか思ってたりはしなくもない。
感謝の気持ち、守り神様に届いただろうか。
『……、そうか。それならばわしも、もう少しこの地を守護していくこととしようかの』
嬉しそうに頬を緩ませ笑った。
『ああ、それとお主には妾の名を教えておいてやろうかの。
―――自らは、雨呼ぶ水神、ヒサメと申す。
……お主の帰還、楽しみに待っておるぞ』




