ビッグネーム登場!
突然の大爆音、隕石が落ちたかがごとく広がるクレーター。襲い来る振動、衝撃波、砂煙。
もうもうと煙る視界の中、突如今までに感じたことのない凄まじい殺気を感じ、意識する間もなく反射的に振り向きざま剣を抜き放つ。刹那、とてつもない衝撃に体が吹っ飛ばされた。その勢いが殺されることなく体は家々を次々に貫通してゆき、最後には黒く腐った山肌に激突してようやくその動きを止めた。
ちかちかと星の散る思考回路の奥に、ようやく止まったかと霞みがかる視界を臨む。
もやの向こう、人影が一つ。大きな殺気をまとい、こちらへ向かって大股で歩いてくる。その威圧感たるや、息が詰まり呼吸の仕方を忘れるほど。恐怖に麻痺して動かなくなる体を叱咤し、無理やり立ち上がった。
『ほぉう、我が剣を防ぐとは。貴様、なかなかやりおる』
びりびりと体の内に響く低い男の”声”に、己自身が掻き乱されるかのようだ。
一体何なんだこいつは。持ち出せる最大級の警戒に、構えた剣が限りなく赤に近い朱に染まっていた。冷や汗が頸筋を伝う。息が詰まる。視線を逸らさぬよう三つの目を極限まで見開き、動向の一つ一つを見やる。
『貴様こそ何のつもりだ。誰ぞ知らぬが、何用でここへ参った』
痺れて回らぬ舌の代わりに”声”を張って精一杯の虚勢を張り、状況打破の術を求めようと、足りない頭をフル回転させる。
その記憶に至った時、脳裏で記憶が弾けた。蘇るはかつての娯楽、その物語の一端。
ああ、そうか。このヒトは―――
『自らは、日の神アマテラスの御弟、スサノオなり。大きなる悪しき気配出でしこと怪しみて、黄泉の国より打ち取らんと来たり!』
剣を掲げて高らかに口上を述べると、その身から迸る強大な力に巻き起こった暴風が、辺り一帯に吹き渡り塵を一掃する。
風が収まったころには視界を阻害していた砂煙もすべて吹き飛ばされて、対峙するその姿をはっきりと捉えられるようになっていた。
荒々しく下ろされた嵩のある髪は、びょうびょうと風になびいている。髭の蓄えられた強面の形相より放たれる鋭い眼光は、こちらをひたりと見据えて動かない。たっぷりと布の使われた白い装いは、王族のそれと全くよく似ていた。
相手はあのスサノオ。暦とした神話の神の一柱だ。八百万の神あれども、そこらの神とは格が違う。
こちらも名乗り返すのが礼儀だろうと口を開けば、”声”に乗せて勝手に言葉が滑り出た。
『自らは、己が運命を呪い、仇成す者を祟る神、名をばヤトノカミと申す』
滑り落ちる名はこれまでのものにあらず。それは祟り神へと至りし時、蛇より受け継がれ己に刻み込まれたもう一つの名。
”声”に乗せて彼の神に告げる名は、力をもって口上と共に今、この世界に宣誓されたのである。
もうびっくりするほどするっと出たよね。びっくりしたわ。フツーに今世の名前を言おうとしたのに、ラスボスネームの方が飛び出してきちゃったんだから。しかも勝手に。俺の意思関係なく、”声”がするっと飛び出ちゃったんだよ!!
かつて本誌で見たラスボス君のセリフなんてもう覚えてないけど、シチュエーションはまんまだし、きっと合致してるんでしょうよこの展開!!
あーもう、吃驚しすぎて口から臓物出るかと思ったは。意識飛びそうになったは。何勝手にラスボスムーブし始めてるんですかね。やめてくだしあ!! しかもめちゃめちゃ右手が疼きそうな口上だったよ!! 恥ずかしいわ!!
ドキがムネムネしすぎて、一周回っていつもの思考が戻ってきた。
いやもう、外面装備で表面上はガッチガチに取り繕って威勢を取り持ってるけれど、内心正直死にそう。殺られる前に魂抜けそう。
視界の端に映る触手さんはどういうわけか、口上を述べてから紫に色が固定されたまま動かない。
よぉし、何故かは知らんが、内心の動揺が表に出ないんだったら言うこと無いっスよ。どんな危機的状況時でも、堂々と振舞うのが正解だってパッパ言ってた! 堂々してることが、一番ナメられずに隙無くいられるんだってさ!
確かに今隙を見せたら、確実に殺られるってな自信があるぜ!
ホントマジでどうしよう。向こうさんは完全に殺る気宣言してますし。さっきの不意の一撃も首狙ってきてましたし。おそらく攻撃されたところで死なないとはいえ、怖いもんは怖いのよ!
……いやまてよ、嫌なことに気が付いてしまったかもしれない。
俺の転生特典って、自称神ぱぅわーの上に成り立ってるわけじゃないの。だから”人間”に傷つけられた時には、しっかり治癒して健康に取り持ってくれていたわけですよ。
しかし相手が”神様”だった時。しかも超ド級にクソヤベー、明らかに自称神よりも格上の神様相手に命を狙われた時、果たして転生特典は通用するのだろうか。
アイデアロールクリティカル成功、SAN値チェック大失敗、転生特典につき発狂回避、精神健康が保たれました。
ヒイィイイイイェヤアアアァァア!! まだ死にとうない! 死にとうないでござるうううぅぅうう!!
ねぇまって。ホントにマジで無理。どうすんだコレ、マジのガチでぶっ殺されかねんぞ。あぁもう! 俺ってホント馬鹿!! アンポンタン!! なんでこんな過去最大の危機を忘れちゃってたかな!
そうだよ、原作でラスボス君は辺り一帯を祟って呪の地へと変えた後に、天からマークされて殺されかけるんだったよ。そんでもって、スサノオ(壮年期)来るんだったよ!
原作の方では、近未来の時代背景に影響された弱体化の姿で慣れ親しんでたもんだから、この壮年期強襲イベントがあるなんてこと、完全に忘れてたね!
こんなの相手にラスボス君、どうやって生き残ったんだよ! あの有名なヤマタノオロチでさえも、全盛期のスサノオ相手だったかつ眠らされたとはいえブッコロリに処されたってのに、ラスボス君はマジでどうやって生き残ったし。死んだふりか? そんなちんけな演技で誤魔化せる相手か?
うわあああ大脳皮質! 働けよお前ぇ!! 前頭葉貴様ァ、打開策ひねり出せよ!!
こちらが足りない頭に鞭打って、必死にあれこれ考えを巡らせているというのに、向こうはそんなのは関係ないとばかりに突っ込んできた。
『いざ行かん!!』
来ないでエェェエ!?!?
スサノオが地面を蹴って飛び出せば、一瞬前まで足のあったその場所に爆発が起こり、気が付けば世にも恐ろしい強面がすぐ目と鼻の先にあった。
顔こっっっっわ!! ちびるぞゴルァ! 夜夢に出てくるって! 悪夢だよ! てかなんで地面蹴っただけでクレーター出来るの!?!? うゎまって速い、鋭い、重い、ヤバイ! 死ぬわこんなもん、殺意高過ぎマジ無理だってヤメテェ~~~!!
てかこっちにも準備位させろよな、不公平! 向こうが準備万端で突撃してきたってのに、俺は不意打ちで何が起きてるのか未だに状況把握中なんだぞ! ひどい! 理不尽!!
内心大嵐だけれど、実際には何一つとして口にできぬままに、相手の攻撃に何とか応酬している……というかしゃべる暇もない。何なら打開策を思考してる暇もない。剣筋を見切るのに精いっぱいで、活性化した脳みそは変な方向にテンションがブチ切れている。
ア、ソイヤ! ア、ソイヤ! ア、ソリャソリャソリャソリャ! ア、ヨイショ! ア、ヨイショ! ハァ―――イ↑ ドッコイドッコイドッコイショオオォォオ!!
ドコドコ妙ちきりんな拍子をつけて、ギリッギリのところを何とか回避してゆく。これくらいのテンションでもなければ、今にもちびってしまいそうなんだからしょうがない。
てか俺すごくね? 防戦一方とはいえ、あのスサノオと渡り合ってるんですけど? どうにか生き乗ってるんですけど?? 天才だ、俺てんさいすぎるワァ!! ゴメナサ渡り合ってるとか烏滸がましかったですねスミマセッ―――
……ッツェエーイ!! あぶねっ! 今首吹っ飛ぶかと思ったね! マジでもう勘弁してよぉ!
先ほどは渡り合っている等と言ったが、それは俺の腕とか足とかを吹っ飛ばされつつ、それを囮に回避していることを加えての話だ。
転生特典云々の前に、ハイスペック祟り神ぼでぇのおかげか、飛んでった四肢が一瞬で再生するのだ。
スッゲー!! 人外ここに極まれりだな!
ゾンビ戦法を使って首だけは死守しつつ、後は死ぬ気で全力回避している次第である。どこも捥げずに回避なんて無理な話だった。
何で首を死守しているかと問われれば、原作の方に「不死身系の敵さんは、首を破壊されると思考能力が減って弱体化する」って設定があったからだよ。
今そんなことになったら、存在ごと抹消されるわ。完全に死ぬわ。
もうどうすりゃいいんだよぉ! 誰か助ちけて、ヘルプミー!!




