倫理観ある祟り神
今回はちょっと長めになってしまいました
体がやたらでっかくなったおかげで、馬の脚で丸一日かかる道を最短距離真っ直線で一時間もかからず通り抜けられるんだから、流石はラスボスぼでぇといったところか。
山だろうが崖だろうがこの体にとってはただの段差に過ぎない。蛇腹に掛かれば、余裕で乗り越えられる。
調子こいて体を前傾姿勢に全力速度を出したら、摩擦で山火事が発生したものだから必死でもみ消したことは無かったことにしよう。
ゆっくりと歩くような感覚で這い、前世には楽しむことのできなかった美しい星空を見上げて楽しむ。
全力速度で通ったら十数分で着けちゃうんだろうけども、こうしてゆっくりと散歩するのだって悪くはないさ。
……せっかく無差別呪いの制御が出来るようになって瘴気を巻き散らかさなくなったというのに、別口で環境破壊してたら意味ないし。
にょろにょろ進んで、やっとこさ俺の村まで戻ってまいりましたよ、ってことで村の広場に頭をつけて、そこを軸にダイナミックただいまを果たした。
シュタッと華麗に広場に降り立ち、遅れて空から落っこちてきた毛皮の塊を、両腕にてキャッチ致す。
いや、無事帰ってこれたことにテンション上がって、兄上お持ち帰り袋の存在を忘れたままヒトガタになって、慌ててキャッチしたとかそんなんじゃありませんですよ? ないったらないんだからね!
「守り神様ー、兄上ちゃんと生きてましたよ! ホラ!」
ドヤ顔で毛皮に包まれたブツを転がせば、中から汁まみれで気絶した兄上と下手人君の成れの果ての肉塊が転がり出てきた。
漂うアンモニア臭。その場にいた人たちが全員そろって顔を引きつらせた。
ねぇまって、そんなドン引きしないでよ! 二人とも生きてんじゃん! 何でそんな顔するわけ!?
『お主……一体こ奴らに何をしたのだ……!?』
「えー、何ってモノノ森の村にいたから、蛇型のまま回収してさっさと帰ろうとしたら、口とか目とか刺されて地味に痛くて、ひと手間踏んでヒトガタになって交渉しようとしたのに、まーた下手人君に背後から心臓刺されちゃったもんだから間違えてちょっと祟っちゃったみたい☆ そしたらいつの間にか兄上も気絶してたから、そのまま二人とも回収してきたというわけです」
どうです? ちゃんと生きてる兄上持ち帰りましたよ! 俺、兄上殺ってなかったです!
胸を張って宣言すれば、守り神様が盛大にため息を吐いた。
えー、なによなによその反応! アンタが俺が兄上を殺っちゃったとか濡れ衣着せてこようとしたから、潔白を証明するためにこうして回収してきたっていうのに!
「……あら? でも何で守り神様と兄上の縁が切れちゃったんだろ。俺との縁は繋がってたのにな。俺、兄上見つけるのにそれ辿って行ったんだもんなぁ、今回。
あ、守り神様。縁って、いろんな人に繋がってる糸みたいな奴であってますよね?」
そう、この冤罪事件に至ったわけは、守り神様が兄上との縁が切れたことを盛大に勘違いしてくれたことがきっかけなのである。
気になる問いもついでに聞いてみれば、守り神様も眉を顰めて唸り始めた。
『縁はおそらくお主が感じ取ったもので正しいが、切れた故の方は……うーむ。
大方、お主の呪いが関係している……のではないかと思う。何らかの原因で、お主につながる縁以外の全ての縁が断ち切られておるのだ。今、妾も繋ぎ直そうとはしているものの、何か妙な力に阻まれて修復も出来ぬ。
……今、仮にお主につながっている縁も切れようものならば、こ奴は死さえも超えた魂の消滅を迎えるであろうよ』
たますぃの消滅とはまた、不穏なワードが飛び出してきましたな……
どう反応したものかと、眉をひそめてアゴを触っていれば、守り神様が妙に緊張した面持ちになった。
「して、ここにお主を殺そうとした実の兄がおるわけだが……これをお主はどうするつもりなのだ?」
空気がピンと張り詰め、ひりついた。
守り神様は先ほどまでの柔和な微笑みを消して、真顔でこちらを見つめてる。
これは最初からではあったけれど、場にあるすべての視線が俺に集まった。
「どうするって……どうもしないよ? まあ一発ぐらい殴らせてもらうかもしんないけど」
何故こんな真剣な空気になっているのか、全く分からない。
怪訝に思って返せば、守り神様の方もいぶかし気に問いかけてくる。
「これはお主を殺そうとしたやつなのだぞ? 憎いとは思わんのか?」
「うん、そりゃまあ憎いけどさ」
だから殴るって言ってんじゃん?
肯定でもって返せば、さらに問いたててきた。
「ならば何故だ。こいつはお主を祟り神へと成り果てさせた原因なのだそ? 殺してやりたいとは思わぬのか?」
「いや思うことには思うけども……それは程度というか表現といいますか……
えっまって、俺がそんなことするとでも思ってるんです? なにそれ心外! 気に入らない奴は殺して排除とか人として終わってるよ? 今俺人じゃなくなっちゃってるけどさ! そんなことしたらこの生ごみ野郎と同じ部類になっちゃうってことじゃん! 俺、こんな奴みたいになんかなりたかないよ。同類とはちょっっっと思ってほしくないですね」
心外! 心外だわー! 俺はそんな暴君じゃないもんね! マッディーかつ血みどろ思考回路してないもん。アンタさっきから俺のこと偏見で見過ぎだよ! 俺、小市民! モラルちゃんと履いてますから!
……下手人君はマジで殺っちゃたかなとはヒヤっとしたけど、結果的には死んでないもんね。セーフです!
心を込めて抗議したというのに、守り神様はより訳が分からないという顔をした。
なんでや! やめて! さも俺がブッコロリするのが当然とかいうような顔をして!
「……お主、祟り神じゃろう? 身の内に、自身を焦がすほどの怨嗟を飼い、抑えきれなかった怨念が呪がとなって周囲をも焦がす……如何なる時でも常に憎しみを抱き、解放されることのない渦巻く念に魂は削られ理性はなく、その身に仇成す者は皆一様に、漏るることなく祟り殺すモノ―――それが祟り神の有り様であるはずだ!
そも、奉られてすらいないお主が理性を保てていることすらおかしいのだ……
お主は一体何なのだ!?』
「いや、何モンだと言われましても、俺は俺ですとしか……」
何故かご乱心の様子の守り神様を、首をかしげて窺う。
うーん、守り神様が言いたいことを原作知識と擦り合わせて考えてみると、つまりですよ。
祟り神の定義は、”成った瞬間SAN値直送されて狂気に憑りつかれたまま暴れまわってる困ったちゃん”かつ、”人々に祀られることで若干正気度が回復して、永久狂気状態ながらも理性自体は戻るはず”だけど、「まだ祀られていないお前が、なぜ精神に異常がない状態存在していられるのか」ってことでFA?
あー、そりゃきっと転生特典のおかげっすね。
精神の健康が保たれている状態で、魂にダメージ無く健康的に恨み続けることが可能になった、とかそういうことだと思う。健康的に理性をもって、あの自称神をフルボッコにする未来を信じることによって、その恨みを燃料に俺は祟り神をやってられるってことか。
いや、健康的に恨むってなんだよ。
……でも実際、自称神の何が具体的にムカツクとかじゃなくて、”漠然と存在が憎々しい”ってな感じでどうにも収まんないんだ。これも祟り神化した影響なんだろうかね。成った瞬間の感情が固定化されちゃったってことなんだろうか。祟り神が恨みの心を忘れたら、それすなわち存在の崩壊、つまり成仏しちゃうってことだから。恨みを固定化して、祟り神として存在するためのエンジンとしたってことなら十分あり得る話だ。
もういいや、そういうもんだということにしとこ。アノヤローのことなんざ、考えるのも面倒くさい。
あれ、でも俺って、メタモルフォーゼした時、実は死んでないんだよな。蛇に食われたのは寿命を迎えたわけじゃなかったから、腹の中でも生きていられるはずなのだ。
……今安らかになったら、俺は一体どうなるんだろうか。
ウーン、分からんな!
だけど、祟り神の典型例と比較したら、俺が異色の存在に見えるのは致し方ないだろうなあ。
まぁ、俺が変異種のレアな個体ということでひと先ずは納得していただいて、「倫理感ある祟り神である」ことをこれから売り込んでいけばいいか!
たまにプスッと瘴気だしちゃうかもしんないけど! 多分死にやしないから、これから出会うであろう全国の皆さん許してよね☆
ビミョーな雰囲気が流れる中、パッパが勇敢にも口を開いた。
「……して、我が息子よ。これから如何様にするつもりなのだ?」
「どうするって……ウーン、どうしよう……」
何にも考えてなかったね。当然生活は今までのようにはいかなくなるわけだし……当分はこの体の具合を確かめてみたいかな。
あ、それと。
「安心してよ。ある程度状況が整ったら、すぐにでも出ていくつもりだからさ! こんな化け物が近くに居たら、みんな安心して眠れないだろう?」
そーそ。だからこそ、これからどうするのかってな話なのよね。
大丈夫、俺が村から出ていくのは決定事項だから。だって少しもイライラせずに、常に穏やかな気持ちで過ごせる気はしないもんね。生きてたら誰だって怒ることもあるでしょうよ。仏だって、顔の残機は三つしかないんだから。
定期的に瘴気がプスプス発射されちゃったら、害悪どころの騒ぎじゃない。確か、瘴気が呼び起こす呪いの効果は、体の不調、疫病の蔓延、作物の不作……とにかく幅広い害を引き起こすこととなる。
皆と離れるのは寂しいけど、俺がいるせいで他の人が死ぬような事態になる方が嫌だもん。俺はあくまで俺の精神負荷の軽い方を選んでるだけなんだい! あと一応故郷ですし、いつまでも繁栄していて欲しいしさ。
笑顔で伝えれば、パッパは何か言いたげに口を開いたが、それが音となってこちらに伝わることはなかった。
突然にして、隣の方向より耳をつんざく大爆音が轟いたからである。