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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第一章 成り代わり編
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ぴんくの触手

遅れてすみませぇぇん! 最新話の方を書いててちょtっと猛ってしまってて気づかなかったたんです!!

 蛇が人の形をとった時、王は目の前の光景を声もなく見つめていた。


 守り神様が顕現なさり、超常のモノに向かって息子の名を呼びかけなさったものの、その景色をどこか現実味がないものとして、到底信じられないでいた。

 当たり前だ、つい数月前にここへ戻ってきた息子の姿は、変わらず人間のものであったのだから。目の前の蛇が息子であるなどと、誰が思うか。




 蛇がその身を融かした黒く禍々しい液体が、ひとつに集まった直中(ただなか)に現れたその者は、赤の装束を身に纏いて地に屈んでおり、表情をうかがうことは難しかった。


 静かに立ち上がったその者の頭の上には、橙に光る鋭く長い角が生え、耳は魚の鰭の形をしている。その耳の後ろから流れる、角と同じ色に輝く髭の帯と相成って、豪勢に飾りのあしらわれた冠をこうぶっているようにも見えた。


 (それ)は、先の蛇の(かしら)にあったものと全く同一。


 その時、暗がりになっていた(おもて)がぱっと上げられた。

 松明の炎に照らされ現れたのは、真紅の三つの眼差しである。それは、この者が人外であることをきっぱりと証明していた。


 しかしその顔立ちに、王はどうしようもなく胸が痛んだ。

 見たことのある顔立ち、否、見慣れた顔立ちだった。


 直後とられた茶化したような態度。

 黒い鱗に隈取られた人外の顔に浮かべられた、鋭い牙を剥き出しにしての満面の笑み。


 その仕草に、魂が叫ぶ。

 間違えようもない。この者は――




 気がつけば、力の限り抱き締めていた。

 腕の中にあるものは、その身に触れたものを全て腐れ落としてきた祟り神である。目の前で見たのだ。最早疑いようのない事実。


 だけれども、そんなことはとうに念頭から抜け落ちていた。


 息子は驚いたようにその体を震わせ、おずおずとその手を戸惑いがちにこちらの背に回した。

 目の前の位置にある帯の髭が、その色を根本より見る間に橙から翡翠の色へと変えてゆく。その柔らかな色の変化に、綺麗だとしばし見とれる。


 しかし翡翠はそのままには留まらず、直ぐに深い青へと変貌して行った。




「こめんなさい」


 小さく、か細く。

 ぽつりとこぼされたその言葉に、胸が張り裂けそうな思いがした。

 いつでも天真爛漫元気溌剌の我が子が、ここまで弱っているのを見るのはあの初陣の日以来だった。


 思わず頭を撫でてやれば、息子は堰を切ったように身を震わせながら泣き出した。

 堪えきれぬ嗚咽、顔の押し付けられた片口を濡らすもの。帯の髭の色が、今度は薄桃色に染まって行く。


 下民の前で泣くなど、王族あるまじきことではあったものの、こ奴の場合は今さらであった。

 そう王はいつものように思い、そして我が子の性質を愛おしく思った。






『落ち着いたのならば、何があったか早う説明して欲しいものだの』


 突然隣下から聞こえてきた声に、思わず体がビクーッと大げさに反応した。

 そして状況を把握した今、ヒトガタになっても何故か視界の端をちらついていた触手が再びショッキングピンクに染まって行く。


 ミ゛ェッはずかち……

 前世足したら、俺って余裕でオッサンだ。オッサンの公衆の面前での泣き顔って、ナニソレ見苦ちい……。

 まあでも今世じゃまだ思春期真っ盛りの17歳だし、顔面はラスボス君のイケメン顔ですから? セーフだセーフ。セーフとだと言え!!




 ……でも、嬉しかった。


 前世引き続きでやってきてるわけだから、どこかこの世界で俺は部外者なのだという思いが、前から少なからずあったんだ。我ながら奇行だと思うことを常々やらかしてたのは、第二の人生だと思ってはっちゃけてたわけだし。

 それが今回、まさかの漫画の世界であったと知って、その疎外感がより強まってた。しかも、人外になっちゃったわけだし。それも最凶の祟り神。皆に嫌われて、当然の存在。


 だから、今回みんなが言ってくれたことが、すごく、すごく嬉しかった。


 触手のドぎついピンクの光が緩やかに落ち着いて行き、きれいな桃の色へと変わる。

 はは、ぴんくの触手ってワード、なんかエロいな。




 ……特にパッパの言ってくれたこと。息子でいていいんだなって思えた。


 俺は前世のことで、父親に対しての良いイメージがほとんどなかった。でも思い返せば、生まれてこの方、パッパはずーっと俺と向き合ってくれてたんだ。こんなことになってもまだそう思ってくれてるなんて知ったらさ、そりゃあ嬉しいってなもんだよ。


 前世の漫画の中、つまり原作の中では、パッパもマッマも村の人々も親友君も過去編でちょびっと登場しただけの、言わばモブキャラだ。


 でも、この世界では違う。違うのだ。

 皆、みんな、”人間”だった。


 原作には登場すらしていない村の人々に、豆摘まみゲームで知り合った村の外の人々も含め、彼らはわき役なんかじゃない。道端の草のように扱われる、モブキャラなんて彩を添えるだけの道具なんかじゃない。

 あの人たちが”生きている”ということを、俺は交流を通じて知っている。


 この世界は、実物(ホンモノ)の世界だ。


 そう思い直すのに、時間はかからなかった。そりゃあそうさ、十七年間はなんにも考えずに、ただの古墳時代として生きて来たんだから。

 ……”ただの古墳時代”ってなんだ。この時点で既にパワーワードだな。


 まぁそんなわけだから今更、「物語の中でした、デ・デ・ドーン!!」」なんて言われたところでどうってことは無い。この世界の人々が、セリフの決められたNPCなんかじゃなくて、みんな意思を持って生きていることをもう分ってしまってるんだから。俺の村の皆に対する認識を、変える必要も無いんだ。


 生きてればそれは全てだ。

 この人たちにとって、この世界は創作物なんかじゃない、自分たちの生きる”本物の世界”なのだから。




 再確認もできたことだし、とりあえず座ろうとパッパに言われて座ったら、自然と俺を中心として車座が出来上がった。この場の全員の視線が刺さる刺さる。


 ミエェはずかちぃよぉ……。

 でも、これ以上だんまり決め込んでたら守り神様が怖いし、何だったら、だんだん視線がキビシくなってきている。ヒェ、幼女コワイ。

 話します、話しますからそんな絶対零度の視線で見ないでぇ……!


 頬をパシッと叩いて覚悟を決めたら、ピンクの触手がオレンジ色に早変わり。

 というか、さっきから何なんだろこの触手。蛇型のラスボス君のデザインにくっついてたことは知っていたけど、ヒトガタになったはずなのに、何でまだ残ってるんだろうこのピラピラ。


 たくさんの視線にさらされて緊張もあったし、なんだか落ち着かなくてとりあえず触手を握ってみた。すると、視界に入った手に違和感を感じてまじまじと見つめた。


 お? なんか手ェ黒くね? ってか鱗びっしりじゃん! 

 アッ気づいちゃったよ、これ多分俺の見た目完全な人間じゃないんだろうな、ウワァー……後で銅鏡みよ……。

 それにしても、この触手触り地最高だな。超高級シルクって感じだろうか。蛇状態で目に当てた時もすべすべだと思ってたけど、改めて触ってみると余計にスベスベでやらけぇなコレ……。




 うん、ちょっと落ち着いた。

 さあ、一から話そうこの経緯を。全て包み隠さず話さなくては。


 それが今俺に出来る、唯一の誠意の証明なのだから。






 搔い摘まんで、三日前の戦直後に伝令が来たところから話し始めた。


 親友と二人ぶっ通しで走り通して、モノノ森に日暮れギリギリにたどり着いたこと。村で一の兄上とあったこと。祝い酒と称して毒を飲まされたこと。親友に水を飲ませてから、兄に問い詰めようと詰め寄ったこと。そして後ろから心の臓を一突きにされたこと。


 そこまで話したときに急に親友が気になり、看病されているそちらの方を見て硬直した。


 視線が合ったのだ。


 ババ様の横で地面に寝かされているものの、その目はしっかりと開き、こちらを見つめていた。

 起きていたのだ。あんなにぐったりとして辛そうだったのに。血を吐いて、今にも死にそうだったのに。


 ほっと、安堵に包まれる。その瞬間、触手が煌めきながらその色を黄緑色に変えた。


 すっげえ落ち着いた。今まで気にしないようにしてたけど、滅茶苦茶気になってたんだ。

 よかった、生きてる。ホントに良かった。




「それで……現王への恨みの末に祟り神へと至ったと……?」


 胸をなでおろしていると、顔色を赤くしたり青くしたりと忙しくしていたパッパが尋ねて来た。

 ウーン、正確に言えばちょっと違うんだよなあ。


「よく分んない。確かにあいつのことは憎んでるけどさ。

 えーっと、ぶっ倒れた直ぐ後に頭に角の生えた黒い蛇がでてきて、そいつが『一つになろう』とか言いながら俺のこと飲み込んだらさ、なんと驚き、大変身!」


 それでこうなっちゃったんだ、と手を広げておどけて見せる。

 すると今度は守り神様が話しかけてきた。


『その蛇が出てきた辺りで、お主は何を思った?』


「あー……その、そいつが毒飲んで死にそうになってた、ので。

 ……助けたいのに動けなくて悔しく思ってたら、蛇が来た……ような」


 親友の方にちらっと視線をやる。

 ウヮ、ガン見してるよアイツ。え、なんか気恥ずかしいやんけ……。


 視線をさまよわせていたら、守り神様は納得のいかないようにブツブツと何事かをつぶやいていた。


 というか、ナチュラルに守り神様と話してるってこの状況凄いよね! なんか俺、ドキドキしてきちゃったよ。今更感はあるけど!


 ちらりと守り神様の方を見やれば、考えがまとまったのか、彼女もこちらを見やった。


 瞬間、びりりと。

 その視線は、まるで鋭い刃物のようであった。不可視の光線に己を貫かれたかのような錯覚に襲われ、体がこれっぽっちも動かなくなる。その真っすぐな眼差しに、体を縫い留められたかのごとく。


 守り神様は、白い肌の中に浮かぶ、鋭い牙の覗く真っ赤な口を開いた。

 二股に裂けた舌が、ちろりとその隙間から覗く。


『お主が至ったのはただの大妖怪ではなく、祟り神。激しい怨嗟の念を抱かなければ、とてもたどり着ける境地ではない。




 ……お主、何を隠して居る?』


 金瞳の内の瞳孔が、きゅるりと縦に細く裂けた。

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