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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第一章 成り代わり編
15/116

災禍の凶兆

ブクマ・評価ありがとうございます!! とってもうれしいです!


……感想など下さると、もっと喜びますよー|•ω•`)チラッ

ここニホンゴおかしいなーと思ったりしたことや、誤字報告なども喜んで承ります。頑張って書いて参りますので、今後ともよろしくお願いいたします。


と、いうことで今回から本編に戻ります。

 その異変にに初めに気が付いたのは、老巫女の(ばば)であった。


 つい先まで祭壇に向かって祈祷をしていたその身をびくりと震わせると、鬼気迫った顔ですっかり日の落ちた外の闇へと飛び出した。




 先刻日の沈みし西の地より、強大な魔の気配が近づいてくる。


 老巫女は山の連なるその方角を、眦を釣り上げて見やった。

 ビリビリと肌を焼く、凄まじい怨嗟の念を感じる。その悍ましい圧は、よく見かける小物の類が持てるものでは決してなかった。もっと高次元のモノである。アレは―――


 老巫女はすぐさま自身の渾身の力を使って霊力を練り上げ、柵で囲われたこの地のすべてに巨大な結界を張った。それは中央の氏神の社を術の基点として展開する、氏神の神力をも練り込んだ、老巫女の最高の呪術であった。






 異変に感づいた村の民が、松明片手に次々に外へ飛び出してくる。その頃には、ズルズルと何か重いものを引きずるような地鳴りが、遠くの方から振動となって伝わってきていた。


 皆一様に西の山を見やる。

 その山には、この村の者が心から慕う人により仕掛けられた罠が、一帯に張り巡らされていたのだ。山に仕掛けられた罠は、妖しの類、獣、人問わず絡めとり、いつもこの村を守ってきた。


 どこか、何が起きても大丈夫だろうという思いがあった。実績のある要塞である。何をもからも、守ってくれる存在であったから。この山も、あの人も。


 しかし、そんな淡い期待も絶望へと塗り替わる。




 ――ソレは巨大であった。


 山際から、赤い光がぽつぽつと現れた。

 数多無数の光は明滅しながら長く伸び、連なり散る赤光がソレ自身を照らして、くねる体を見る間に現わして行く。


 中央の大きな三つの丸い光は、眼であった。

 その瞳にじろりと睨めつけられた多くの民は腰を抜かして、逃げることも出来ずにその場にへたり込む。中には失禁するものもあった。

 自らの光に照らされ、その姿が闇の中に浮かび上がった。


 ソレは巨大な蛇であった。


 もたげられた鎌首のてっぺんには、真っ赤な光を放つ大きな二本の角が聳え立つ。はためく赤く長い帯の髭が、風もないのにゆらりゆらりとはためいていた。背に生える赤い棘の列が、その尋常でない規模の全長を見る者共に伝える。




 凄まじいまでの圧。超常の存在。怒り荒ぶる荒魂(あらみたま)

 しかし、ソレに立ち向かうべき現王は、今ここにはいない。


 恐ろしいことに、ソレが通ったそばから山は死んでいった。死にゆく山の断末魔の悲鳴が、みしみしきいきいと、夜の闇に不気味に響く。


 人々は願う。また常の様に、山が――あの人が、こが村を守ってくれることを。




 民が、自らの怠りを悟ったのは、そのすぐ後のことであった。

 願いむなしく、ソレは絶対の守りであったはずの山の斜面をまるで何の障壁もないかのように横切ってゆく。此方を守り、恵みを与えてくれ給うたその山を無慈悲に殺しながら。


 怠慢であった。

 今はここにいない人を想い、彼の人のもたらす安寧をただ享受するだけで、迫る危機を前にのほほんと眺むるだけで何もしようとはしなかった。


 何故もっと早くに逃げなかったのだろう。異変は少し前には既に感じていたこと。今更動こうとて、化け物に認知された今、時すでに遅し。

 死にゆく森と共に、こが村も闇に飲み込まれ、腐れ落ちる道を歩むのだろう。






 終わりだと、誰かが言った。

 しかし、村を包み込む絶望の中をただ一人、男が歩いて行く。


 先王である。


 名君と名高きその御人は、老いた体を奮い立たせ、戦装束を身にまとい民の前に立ちはだかった。化け物の赤い瞳をしっかりと見据え、剣をすらりと腰から抜き放つとその切っ先を突き付ける。

 民を背に守り立ちはだかるその雄姿に、誰かが涙を流した。


 よく見ればその切っ先は小刻みに震えていたが、それもすぐにぴたりと止まった。


 先王の脇に女が立ったのだ。

 その御方は、先王が誰よりも愛する人であった。長い髪を腰まで垂らし、大柄な先王の隣に立つ体格は華奢そのもの。しかしながら、目をそらさずにじっと化け物を見据えるその風格はどこまでも凛と研ぎ澄まされており、この場の誰よりも勇ましく美しかった。


 最愛の人に励まされ覚悟を定めた先王は、腹の底から声を張り上げた。


「何処より来たる神かは存ぜぬが、これより先は我らの領域。これ以上進まれることは御控え願う!」


 蛇は答えない。ただ、しゅうしゅうと空気の漏れるような音が聞こえてくるのみ。蛇は先王の掛け声にも止まることなく、地を這い進んで来た道をを腐らせ、それに付随するように音も大きくなる。


「何用でこが国へ参られた。用がないなら迂回せよ! これ以上進まれるのならば、攻撃の意思ととらえ反撃し申し上げる! 我らが領域を侵すものは何奴でも、この私が許さぬ!」


 蛇は止まらない。どんどん村との距離を詰め、ついに山を乗り越えその長い体をぐるりと山に纏わせてその姿の全貌を現わした。




 大きい。

 山一つ呑み込みしとぐろ、その高みより放たれる鎌首の先の赤き視線が王に突き刺さる。


 見据えられた王。魂も引き抜かれるかのごとく悍ましい旋律が背筋を駆け抜けたが、舌を噛み、その痛みによって意識を取り持つと、血を吐かんばかりの声量にて叫んだ。


「止まれェ!!」


 頭が下ろされ、この地を囲う柵の前まで到達した時、ソレはぴたりとその動きを止めた。

 

 そのことに驚愕し、一瞬固まった王であるが、すぐに我を取り持った。半ば諦めかけていた今、一矢報いて死のうと覚悟さえしていたこの時、向こうがその動きを止めた。それはこの超常の者が、対話の意思を持っているということに他ならなかった。


「荒ぶる神よ、願いがあるならば聞こう。叶えられるものならば、叶えることを誓おう。引き換えに、どうかこれより先に進み、こが国を通ることをお引き取り願う!」


 言い切り、ソレの様子を仰ぎ見る。


 しかしソレは突然動き出した。

 体は動かさず、頭だけを柵の内側に入れた。その瞬間、パリンと器が割れるかのごとき音がする。


 可視化した結界がうすぼんやりと現れるも、それを突き破って蛇の頭が侵入していた。老巫女の渾身の力により施された、氏神の結界がいとも容易く打ち破られたのである。


 儚い光と共に、打ち破られた結界がその姿を消してゆく。




「待たれよ! 動きなさるな!」


 蛇に切りかからんと飛び出そうとした王を止めたのは、老巫女であった。言い返そうとした王を、今度は最愛の人が諫める。


「ババ様の言われることです。信じましょう」


 それに渋々ながら王はとどまるが、鋭い視線は蛇に向けられたままであった。


 蛇の首がどんどん近づいてくる。まっすぐに王を見定め、その元へと近づいて行く。

 そして、ソレはついに王のすぐ目の前までに達した。


 赤い蛇の目の瞳孔は、夜の暗がりに丸く開かれている。その先に広がるは、どこまでも深い闇。その闇の中に取り込まれてしまいそうにも思えて、王は力の抜けそうになる足に、しっかりと力を込めて大地を踏みしめた。


 と、蛇の口が裂かれ、大きく開かれた。

 王は立ち並ぶ牙が、ギラリと松明の光に照らされ光るのを見た。そして何を思う暇も無く、咄嗟に最愛の人を抱きしめた。その姿を巨大な影が覆ってゆく。


 誰かが「あっ」と声を漏らした。

 それから、それから――



 何も、起きない。


 王は愛する人をしっかりと胸の内に抱え、固く目を閉ざして訪れるその時(・・・)を待っていた。しかし、待てど暮らせど何かが起きることはない。


 ふと、うめき声が聞こえたような気がして、王は恐る恐る目を開けた。

 瞬間、視界に飛び込んできたものは、粘液に濡れて転がる男の姿であった。その姿にどこか見覚えがあるような気がしてじっと眺めていれば、僅かに身じろぎをする。


 初めに動いたのは、隣に立っていた最愛の人であった。

 彼女は反射的に倒れる人影飛びつき、粘つく体を衣が汚れるのも気にせず抱き起した。


「マタヒコ、マタヒコですね! カガチは……カガチノミコトはどうしたのです!」


「あ……御后様……」


 何かを言いかけた瞬間、男はごふりと咳き込み血を吐き出した。

 仰向けに転がるその男は、今も遠くで戦に出ているはずの息子の側付きたるマタヒコであったのだ。


 と、驚き固まる王の耳に、しわがれた言葉の羅列が届いた。


「酒……それから毒、じゃの。それも強力……鳥兜か……?」


 マタヒコの側に転がっていた赤瓢箪の中身を嗅ぎ、老巫女はブツブツと独り言ちる。

 呆けたままに王は蛇を見やった。蛇は何をするでもなく、ただじいとこちらを見つめていた。


「な、何が起きたというのだ……? 毒……? だが、しかし、あの瓢箪は……」


 王は混乱のままに、内に考えたることを声に出して言う。


 突然現れた側付きは、この蛇の口から転がり出てきたということであろうか。

 その事実にようやく合点がいったとき、王は思わず叫んでいた。


「ッ息子はッ! カガチノミコトを知らぬか!? 私の息子なのだ……! つ、妻に似ていて、こ奴の傍に居たはずだ……!」


 蛇は王を見つめたままちろちろと舌を出し入れするばかり。何の反応も見せることはなかったが、王は尚も叫び続けた。


「あ奴は、奇想天外な奴で、いつも突飛で奇っ怪なことばかりやらかしおって、王族らしくもない奴で……し、しかし、誰よりも人を想う優しい奴なのだ! 優しくて、大切な、わたしの――




 私の、宝なのだッ!!」


 喉を裂かんばかりに叫んだ。

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