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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第一章 成り代わり編
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とある古墳人の⑤ やる事なす事

エピソード:「とある古墳人の」は次回で終了です。次々回からは本編に戻ります。

 ミコは原因を突き止めるや否や、大部屋で祈祷を行っていたババ様を諫め、自室で氏神の方を奉っておいてくれと言い渡し大部屋から追い出すと、死屍累々の病人呻く大部屋を駆け巡って、その世話を甲斐甲斐しく行った。

 雪隠へ向かう病人の介助も申し出た上に、手伝いに徹した我ら健康な使用人一同に、病人の吐しゃ物には絶対に触れるなと言い渡すと、勝手に大量のそれらを全て自分で片づけてしまったのだ。




 忘れがちだがミコはアレでも王族なのである。仮にも皇子様に、そのような汚れ仕事をさせるわけにはいかないと言ってその場の全員が止めたものの、ミコは吐しゃ物に触れれば、我ら使用人に病気がうつるかもしれないと言って聞かなかった。


 それならばお前も同じ条件であろうと私が問い詰めれば、ヒョウタン汁を飲んだのに、どういうわけか腹痛を起こしていない自分がやるのが適任だろうと言われて逆に封じ込められてしまった。


 また、定期的に酒を我らの手に掛け、決して看病をした後そのままの手で食事をするな、だとか口に手を入れるな、だとかいうことを申しつけられた。

 手に酒を掛けるだなんてもったいないだとか、それをやる意味がわからないだとか言いたいことは各々あったが、ミコの態度が珍しく真剣であったために皆それに従った。




 そうして日も落ちたころである。弱った人間の気配を感じ取ったか、大量に群がってきた妖共を相手にミコは奮闘していた。


 「いけ! オババ! ジュモン を となえる こうげき!」


 「キエェェェ!!」


 ババ様のまじないで妖共の動きを抑え、それをミコが蹴る殴るの体術で仕留めてゆく。私も得意の弓で参戦したものの、ミコの倒した数には遠く及ばない。


 ババ様曰く、ミコは生命力と大きな関係のある”霊力”という、生き物ならば誰でも持っている力が高いらしく、それで幼いころはこの霊力を食らって強くなろうとする妖共に狙われていたものの、霊力が豊富な者は、逆に妖に対する対抗手段も持ち合わせていることと同義で、攻撃に強く出られるらしい。彼らはごちそうであると同時に天敵でもあるのだとか。


 成長して抵抗力を得た今、その一撃は妖共にとって相当重い攻撃となっているらしく、私のような尋常の者とは比べ物にならないほどに成長して、ミコは妖共に対して完全に制圧することが出来るようになっていたのだ。




 何においても良くも悪くも他の兄弟方から秀でていたミコだが、その中でも戦う技術、こと剣の扱いにおいては、目を見張るものがあった。

 この時も、近くで拾ったしっかりした木の棒を即席の武器に、群がる妖共を千切っては投げ千切っては投げ、一夜月下の元に舞うように切り伏せ続けたその姿は、芸術のように研ぎ澄まされ、この月夜に神が舞い降りたかのようにさえ思わされたものだ。


 剣を持つミコの雰囲気は、あの鉄壁の外面をしているときと同じように凛としたものとなる。

 それは普段の、おちゃらけているようで真面目に奇行を繰り返すあの姿とはかけ離れており、別人の魂が入れ替わっているのではないかと、年月の経った今でも疑ってしまうほどには全く違うのだ。


 ミコ曰く”おん”と”おふ”を切り替えているらしいが、それにしてもあれは詐欺であると思う。ミコの”おん”状態の風格は、私も初見の時は地に思わず頭を擦り付けてしまったほどに、圧倒的な格の違いを相手に食らわせるのである。


 今でこそ「本性はアレ」と思い続けることで抵抗できるが、”おん”をまともに食らってはそれを念頭に置いていても正直腰が引けるほどのものだ。

 最早何かの妖術でも放っているのではないかと密に思っている。






 またある時は、いつもやらかしていることの中でも、更にとんでもないことをやらかしてくれることがある。

 そのとんでもないことの中に、この墳丘事件はあった。




事の初めは、ミコが墳丘で遊び始めたことから始まる。この時点で既に奇行は始まっているのだが、この際置いておこう。


 自ら山の木を切り倒し、その幹を技巧集団より献上された鉄の工具を用いて太い幹をくり抜き、”そり”なる底の反り返った船がごとき形状の物体を作り上げると、それを持ってなんと不敬なことか、ミコは先代の王の墳丘によじ登ると、その斜面を腹ばいになって滑り始めた。


 勿論直ぐに王に報告致せば、王は顔を真っ赤に染め上げなさって怒りを見せなさった。そのあまりの剣幕に流石のミコも懲りたか、暫くは何もしていないように傍目からは見えた。

 しかし、全くそんなことはなかったのである。


 私が目を離した隙にミコは下民の子らを連れて、今度は王のご兄弟の墳丘の中に入って遊び始めたのである。見張りの交代の隙を狙っての計画的犯行であった。


 全く反省の色の見えないミコに王は折檻をなさった。けれども、折檻部屋から出て来たミコは口を尖らせて拗ねたような様子ではあったが、余り応えていない様に思われた。それは思われただけでなく、実際本当のことであったのだが。




 数日後、常のようにミコの姿が見当たらなくなったので、慌てず王へ報告を致した。

 こうしてミコが私の目の届くところから消えた時は、決まって何かとんでもないことをやらかす前兆なのである。しかも、それは私に密告されることを防ぐためにやっているのだから、完全に恣意的なものだ。

 これは自業自得、存分に叱咤を受けるがよい。


 しかし、こうして自覚したイタズラではなく、意図せずやらかす奇行の方が大概被害は大きいもので、自覚のある今回の場合はまだましな方であると言えた。ほとほと困り果てた生態である。


 さて、何かをやらかしているであろうミコを回収するため、王は先鋭の兵を集めて迅速に捜索隊を作りなさると、最近のミコの動きの傾向から見て、近くの墳丘という墳丘を探させなさった。

 すると奴は王の眠られる予定の、製作途中の墳丘の内部で見つかった。


 墳丘内の闇の中、ミコは静かに我らを迎え入れた。

 その内壁に、呪の壁画を施して。




 朱色の絵具で描かれたその壁画は、我ら捜索隊の持つ松明の炎に照らされ、全員の目に映っていた。


 それは正に地獄絵図。魑魅魍魎ちみもうりょう蔓延はびこり、人々は害され苦しみにのた打ち回っている。自身の内側より漏れ出でた血の池に、沈む心地は如何ばかり。

 阿鼻叫喚のその光景に誰もが言葉を失っていた。


 かような時にでも王は勇敢であった。

 一歩前に進み出でると、だんまりを決め込んでいたミコに、厳かに問い給うた。

 それは一体何を表しているのかと。


 ミコは答えた。こが国の光景であると。


 王は尚も静かに問いなさる。

 何故そのようなものをこの場に描いたのかと。


 その問いに、ミコはうっすらと頬を染め、恥じ入るように呟いた。

 曰く、この国の”楽しかった思い出”をここに施しておけば、王死した後も、悲しまれることはないだろうと。ここ最近のいたずらで王の怒りを買ってしまったから、何かをして喜ばせたかったのだと。


 そう言って、ミコはへらりと笑った。

 朱色の塗料にまみれたその姿は、奇しくも壁画に描かれた人々の返り血を、全身に浴びているようにも見えた。




 王は長い、長い溜息を吐いた。

 この地獄が、ミコの完全なる善意の元に生み出されてしまったものなのだと悟ったからである。

 ただ青ざめた顔でミコの頬についていた朱色を優しく拭ってやりなさると、この場から出るように促しなさった。それに付いて、その場の全員がぞろぞろと足取り重く墳丘の外へ出た。


 洞穴の闇の中より、一歩外に出でて感じるは眩い光。堂々たる、それでいて暖かい光であった。


 日の光がこんなにもありがたいものだと知れたのは、一概にあの呪物を見てしまったからであろう。

 削れてしまった何か大切なものを、この有難き光が満たしてくれるように感じた。




 今回は、恣意的に見せかけた無自覚の方であった。被害は尋常ではない。

 今回の被害は、この世に生み出されてしまったブツの存在、そして捜索隊全員の心だ。


 ああ、王よ。貴方はこの闇の中にいつかは眠ることとなるのですね。

 この闇を照らせるよう、棺一杯の花を送らさせていただきとう存じます。




 そんな事件もまた、ミコの日常にはありふれたもの。自分が何をしでかしたのかも気づかず、それからも奴は天真爛漫に、何かに囚われることもなく自由気ままに日々を過ごしていった。

 私が出来たことと言えば、その背中を追うことのみ。ミコの為す常識外れの奇行の数々についていくだけで、精一杯なのであった。


 毎日が予想外のことだらけだった。王と共に心労を分かち合い、時に位の垣根を越えて、奴のもたらすものを楽しみ笑いあうこともあった。

 どれだけ場が引っ掻き回されようとも、振り回されようとも、それでも充実した毎日であることに変わりはなかったのだ。





その変化は成人の儀を迎えてから、というよりかは初陣の後に顕著に表れた。


 ミコはああ見えて殺生を好まない性格であった。

 山に仕掛けた罠も捉えるだけで傷つけはしないし、幼獣が掛かっていたり、その日一日で十分に捕れていれば残りは山に放す。


 妖共に襲われたとしても、殴り飛ばすことはあれ殺すことは滅多になかった。あまりにしつこく命を狙ってくる相手には、流石に対応していたが、そのくらいのものだ。自分から好んで妖共の住むところに行き成敗に行くこともなかった。妖の住処へ迷い込むことは多々あれど、そのときも大抵逃げに徹していた。

 やろうと思えば、その場の妖共を全て切り伏せることもできたであろうに。




 しかし、戦ではそうもいかない。


 戦とは、人と人が殺し合う場である。

 いくら型破りなミコとは言えども、それを覆えすことは出来なかったのだ。

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