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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第三章 倭京編
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野の花にたどり着く

「はーっはっはっはぁ! ざまぁみやがれクソ坊主!! 俺は自由なんダァー!!」


 そしてあの山周辺の管轄の神々よ、全くもって申し訳ございませんでしたぁぁぁッ!!


 全くもって各方面に土下座をしたい所存。

 瘴気はまき散らしても回収すれば何とかなるが、あの規模のクレーターをどうにかする術を俺は持たない。これは怒られる。確実に怒られる。ヤッチマッタナー!!


 後から何を言われるかを考えれば戦々恐々、腹にも暗雲立ち込めて来るというものだが、今は逃げるのが最優先だ。流石に、あれだけ強烈な一撃をお見舞いしてやったのだから、あの坊主もしばらくは起き上がって来れないはず。……たぶん。


 だって、今の俺に出来る全力で瘴気の塊を坊主に叩き込んでやったのだ。

 名付けて【たっぷり瘴気パンチ】。技術もへったくれもない割に、中々の高火力が出るのはスサノオとの戦闘でのお墨付きだ。拳に纏わせた周辺の瘴気に触れただけでも、通常の生命体ならば即死は確実だろう。

 だがしかし、そこは無駄に化け物じみたスペックのあの坊主。俺の角探知機で、図らずも結ばれてしまった細い縁の糸を辿ってみれば、攻撃をマトモに食らわせたはずなのに、あの人外野郎、普通に生きているとの判定が出た。


 ……引くわー。腐っても俺、ラスボススペックなのに。原作世界線じゃ、ただのだーれも敵わなかったラスボス君と同じ身体性能持ってるはずなのに。何だったら、スサノオにしごかれたせいで、ラスボス君よりちょっとパワーアップしてるかもしれないってのに、何なんだアイツは。久しぶりに冷や汗かいたよ。

 ……たのむから、何かしらのデバフくらいかかっててくれよな。せめて俺が逃げるだけの時間が稼げるくらいの。




 今回の件で一番ダメージを受けたのは、間違いなく坊主ではなく俺のハートだろう。

 天上界に目が付けられたかもしれない恐怖でガクブルで最早チビりそう。今年のイズモの忘年会でもめっちゃ追及されそう。人間に対して何やっとんねんとか言われそう。

 でもアイツ人間卒業してたもん。人間止めてたもん。正当防衛だったんだもん。……お願いだから許してほしい。マジで。……アッ、なんかすごくおなかがいたくなってきたぞ。


 と、そのように落ち込んでいると、黒い蛙が懐からもぞもぞと這い出してきた。

 変化をしたアニウエである。スケイルメイルの上でぽふりと銀の煙を吐き出すと、いつものまん丸の妖怪姿へと転じた。


 彼は、定位置の俺の右肩までぺたりぺたりと這い上がり、そこでごそごそ動き回る。しばらくしてベストポジションを見つけたのか、その動きが止まった。




 アニウエは、俺がダイナミックな動きをする時、黒い蛙の姿に変化しては俺のスケイルメイルの胸板の後ろに隠れているのだった。

 ちなみに普段はバスケットボールのように丸々としている彼だが、蛙姿ならば、小さく平べったくもなれるので本人的に気に入っているらしい。他の姿には変化せずに、いつもこの姿を選んでいた。


 そんな彼は、ギュルギュル鳴きながら、俺の頬ににぺたぺたと温度の低い吸盤の手を当てる。相変わらずの不快指数ド真ん中にあるような鳴き声である。吸盤の感触も、どちらかといえば気色の悪い方であった。


 ……きっと、たぶん、コイツは俺を励ましてくれているのだと思う。

 ずっと心を覗くことをしていないから、その本心はわからないけれど。


 ここ百年の間に、アニウエは明らかに自我を持つようになっていた。

 その変化が、彼の”アニウエ”としての新しい意志が芽生えたせいなのか、それともかつての兄上の心を取り戻したせいなのかはわからないけれど。

 この先もコイツの心を覗くつもりはないから、その答えを知ることは永遠に無いだろう。深淵に見つめ返されたくは無いのだ俺は。コイツと関係を築くのに、その心の内を知る必要はない。


 こいつに対しては、まだまだ複雑なキモチが残っていないこともないが、おそらく思いやりの心をくれたのであろうことは分かる。

 その背中をお礼代わりにぽんと撫でれば、彼は満足げにギュルリと鳴いたのだった。




 さて。俺は、当初の目的たる「マタヒコに会う」という目標を達成しなくてはならないのだ。

 縁GPSを頼りに、すぐさま駆け足に山肌を行く。また変なのに見つからないよう、今度は全速力は出さずに。


 今回坊主に迎撃されてしまったのは、十中八九、俺が何も考えずに全力移動したせいで、地面を踏み割る環境破壊や、衝撃波による騒音被害をまき散らしていたからだろう。今までも西の都には何度も来ているが、一度もこんなふうに迎撃される事故は起きなかったのだから、完全な自業自得である。


 しかれど、全力の脚力でないとはいえ、被害の出ないだけの最高速度はたもっているのだ。あっという間に山一つ越え、二つ目も半ばに差し掛かる。

 このころまでには、散々坊主が痛めつけてくれた俺の体は、自然治癒力で既に完全に再生して、健やかなお肌に戻っていた。神力もフル満タン。霊力と妖力以外は完全回復である。


 ごっめーん、俺ってば祟り神だから怪我とかすぐに再生しちゃうんだよネ☆ ラスボスぼでぇがハイスペックでゴメナサー!?

 等と脳内で盛大に坊主を煽り倒しながら峠を越えれば、ようやく都の裾らしき場所にたどり着いた。




 アスカの都である。


 前回訪れた時は、あの聖徳太子(推定)の姿を見ることが出来たが、十数年前にその訃報が全国にとどろいた。俺はその知らせを受け取った時、都から大分東の土地にいたのだ。にもかかわらず、情報が風の便りで伝わって来たのだから、件の人の影響力と言うものを思い知ったものである。


 このアスカの都は、宮殿を中心としただだっ広いお役所郡と、その回りを囲うように建つ貴族の邸宅や、馬鹿でかい仏閣の敷地で構成されていた。


 しかし、俺の行き先はそのどこでもない。角に掛かる縁の糸は、それらから外れた位置に繋がっていたのだ。小山を一つ隔てた先の田園地帯、庶民の住宅地エリア近辺に。


 もう、すぐそこじゃないか。

 とたん脳裏を埋めつくす”約束”の二文字。目視で村の周縁がわかるような距離だ。最早、回り道なんてしているだけの忍耐力は無かった。

 再び体の底から湧き上がる衝動のまま、都を突っ切る道を選択する。


 ――と、都内部にほど近い地点を越えた段階で、何やら薄い結界のようなものをぶち破ったような気がした。

 うん。きっと気のせいだろう。


 けれど、聞こえたような気のする衝撃音がきっかけで、未だに俺自身がヒトガタ状態であったのに気づいた。急いで幽霊モードへ転じる。

 あぶないあぶない、このままじゃまた退魔師にしょっ引かれるところだった。都に人外丸出し姿で出るってのはさすがに言い逃れが出来ない。


 ウーン、ちょっとボケてるな今日の俺。平和ボケなのはいつものことだけれど、今日はとびきりおかしな感じがする。なんだか、目の前が見えなくなりがちというか……もう少し落ち着かないと。




 さて、大通りを抜けて小山も抜けた平地に、庶民の住宅地エリアはあった。


 聖徳太子が死んでからまだそうもたっていないはずだから、今の時代はまだ飛鳥時代なのだろうが、庶民の家屋のデザインは、俺の生まれた古墳時代とさほど違いはなく、茅葺とんがりコーンな屋根に、半分地下に埋まったような造りの家である。貴族様のお宅の方は大分リッチに変わって、木の床のある、ハウスらしいお宅になっているのだけれど……格差だねぇ。


 そんなとんがり屋根の家々の立ち並ぶ村の柵の中に入れば、奴の縁は目と鼻の先であった。

 ここ数十年、先を辿れど宙に分散するばかりで、明確な縁の糸の形を持つことの無かったそれが今、目の前にあった。




 それは、とある庶民のお宅の中に続いていた。


 呆然と立ち尽くしたその前で、その戸口がガサガサと音を立てて、今まさに開かんとした。

 すぐさまストーカーよろしく、家の物陰に隠れる。幽霊モードになっているとはいえ、調査の地では、視える人対策に隠れるのは基本なのである。


 神経を研ぎ澄ませて注意深く戸口を窺っていると、きゃらきゃらとした話し声と共に、二人の女性が出てきた。

 一人は五十路ほど、そしてもう片方は妙齢の女性である。二人とも、手に木の盆を持ち、そこに握り飯を大量に積んで、なにやら楽しそうに会話をしていた。


 だけれど、見開いた眼中にその光景が情報として捉えられたのは、ほんのわずかのことである。

 ただ目から受け取った情報が脳裏に像を結んだのは、女性の姿だけだった。


 目を奪われたのは、なにも彼女の容姿が整っているからというわけではなかった。

 ……だって、間違いない。マタヒコが終着点であるはずの縁の糸は、この女性に繋がっていたのである。




 彼女は、小さな春の野の花のほころぶような笑顔を浮かべていた。

 まるであいつに似つかわしくない、華奢な笑顔だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] もしかしてマタヒコヒロインルートが,,,!?
[一言] 絶対お腹の中の子でしょ、これ
[一言] お腹の中の子に反応したのかな?
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