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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第三章 倭京編
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キャッチボールはドッヂにあらず

 名前ってのは、その名をもつ魂と、強い結びつきを持つコトバなのだ。


 だから、名前を通じて呪を送り込めば、魂に直接ダイレクトダメージを与えることができるも同義。縁の糸を辿るだけのものより、さらに高い効果が期待できるのだけれど……どうやら相手さんは相当高い霊力を持ってるみたいだし、(内部攻撃)を使わない、外部からしかけるタイプのただの|状態異常添加デバフ攻撃《呪》は、高確率でレジストされてしまうだろう。


 それに今、真昼間だし。しかも現世。俺の力の最も制限されるTPOなのである。

 名前を渡してくれないんだってんなら、今、コイツを初手で縛って転がす手段は無いも同義だ。


 大分めんどくさいなと思っていると、萎びた蜜柑のような色の衣を纏った目の前の僧侶――随分と若い。15,6程であろうか――は、その手に持つ光輝く長物……これは修行僧必須品の錫杖だろう。その尖った先端をびしりと俺の方に突き付け、鋭く啖呵を切った。


「それに貴方は祟り神でしょう、猶更言えませんね。大方、都に害を成しに来たのでしょう。去りなさい」


『……ほう、根拠も無しにあらたかなものだな。その浅はかな憶測で、よくもそう断ぜらる』


 いや合ってるんですけどもね。

 正体を言い当てられてはちょいとギクリとするが、カマかけの可能性を考慮して肯定はしない。

 だって今、客観的に俺を祟り神と断定できる要素は無いのだ。もうこの体質になってから随分と経ち、俺の瘴気コントロールは既に完璧になっているといえるだろう。今だって焦りこそすれ、瘴気の一かけらも漏らしてはいないのだし。


 今までかかわって来たヒトビトが優しすぎるのが特殊であって、やはり一般的な祟り神への認識は終わっているのである。悲しいことに、通常の祟り神が特定不条理化物なのは事実なのであった。

 そして正体がバレるということはつまり、面倒に巻き込まれるということ。俺がいくら無害アピールをしようとも、相手は信じちゃくれないだろう。だからなるべく隠さねばならないのだ。……もうすでに巻き込まれまくっている気はしなくもないが。


「それだけ禍々しい気を放っておいて、何を言いますか。隠し通そうとも無駄です。浅はかなのは貴方でしょう」


 けれど、相対する僧はこちらを切れ長の眼差しにて睨めつけると、確信めいてそう鋭く言い放ったのである。

 ……こりゃだめだ。どうやらハッタリというわけでもなく、本当に俺の正体を見破っているらしい。これは白を切っても無駄そうである。


『……汝、何故我が正体を知る』


「さて、何故でしょうか」


『五感の何れかが鋭いのか』


「それを拙僧が答える義務はありません」


『さては物珍しき賜物でも備わるようだな。おしなべてに出来る芸当ではない』


「よく回る口ですね。今に私がふさいで差し上げましょう」




 何だコイツ、腹立つな。

 この坊主、こちらがちょっと気になったことを聞いただけなのにこの煽りようである。性格悪ぅ。少し感心しちゃったのが逆に癪に障るじゃん。躊躇なくバサバサ切りやがって。

 会話はキャッチボールなの。交互に優しく投げ返すのが基本なの。それをパスカットしてデッドボールぶん投げる必要は無いの。競技が変わっちゃうから。それキャッチじゃなくてドッヂだよ。避ける必要のある速度を出すんじゃありません。


 けれど、いくら能面パスカット煽り坊主の挙動に神経を逆なでされようとも、心を惑わされている暇は無いのだ。

 俺は、今も角に掛かるようにして感じる縁の、その指し示す先へ行くのだ。マタヒコに繋がっているはずの、縁の糸の終着点を確認しに行かなければならないのだ。

 それには都を横切るか、迂回する必要がある。どちらにしろ、この坊主には退いて貰わなければならない。


『……汝が何奴であるかということはどうでも良い。さて名無しの何某(なにがし)よ。そこを退いてもらおうか。私はこの先に用があるのだ。誰ぞ知らぬが、今この場から退くのならば、突然の野蛮に極む狼藉も不問としようぞ』


「笑止。拙僧がここに来たのは貴方をここで食い止めるためです。そちらこそ、この場より退いてもらいましょうか。さすれば祓いまではしないと誓いましょう」


 ですよねー。最初っから殺意100%ですもの。引く気はさらさらないってか。

 あーあ、せっかく戦闘はしない方向で穏便に済まそうって提案してるってのにさぁ、なんでこいつはわざわざケンカ吹っ掛けてくるかな。心配しなくても俺、何にもしないよ! お前が何もしなければな!


 ちょっと空気読んでほしいよね。でもって速やかにどこかに行ってほしい。相手だったら後でいくらでもするから、今だけはマジで邪魔である。

 こちとらほとんど三百年越しの再会なんだぞ。待ちに待った涙なしには語れぬ感動の再会イベントを迎えようとしてるんだぞ。それをぽっと出の不審者にさえぎられようってんだから、フラストレーションも溜まるというものよ。


 少し、いや。かなーりムカムカしながらも、瘴気が撒き散らされることだけは無いよう抑え込む。

 落ち着かねば。なるべく戦闘は避けねばならない。今は昼の現世、俺にとって最悪のコンディションなのだ。万が一にも負けて、封印されるようなことになっちゃ目も当てられない。戦闘を避けるに越したことは無いのだ。


 交渉を続けるため、意識して優しいトーンを保つことを心掛け、”声”を発した。


『私はこの先に用があると言っているのだ、何某よ。退いてしまえば目的の地へ辿り着くことができぬであろう』


「拙僧も其方をここで食い止めねばならんと言っています。祟り神なんぞを都に入れるわけがないでしょう」


『騒ぎを起こす気はない。通せ』


「祟り神の用など、碌でもないとは想像がつきます」


『何もせぬ。都の者には』


「信じられません。災いを振りまく気でしょう」


『せぬと誓おう』


「化生の者は何とでも言います。第一、祟り神に本能を抑える程の理性があるとは思いません」


『理性無くして、どうして今こうして対話ができる』


「祀られているならば、仮初の心を得ると共に崩壊を免れることとなります。しかれど、それもあくまで仮の心。その不安定な有り様はとても心許せるものにあらず。祟り神とは往々にしてそういうモノです」


『私がおしなべての祟り神と違うとせば』


「……これ以上は問答無用。退くか祓われるか、如何しますか」


 なんてこったパンナコッタ。取り付く島もありゃしねぇ。

 やっぱりこうなると思ったんだ。俺が祟り神だと割れている時点で、むしろこの反応は正常ともとれるだろう。


 だけどそれで、俺自身が納得するかってのは別の話だ。

 ッキャー、やっぱコイツ腹立つー! 俺がこうして対話を選択して、インテリ対応してるってのに理性がないだって? どこがだよ。こんなに知性を感じさせるだろうが。お前が脳筋なんだよ。俺は他の祟り神と違って、転生特典のお墨付きのバキバキ強靭理性をもってんだよ。しかも千年と数百年先の最先端モラルで全身武装してんだぞ。最近剥がれかけてるような気がしないでもないけどな!


 クソ、こいつのいう通り、これ以上の押し問答は不問だな。主に向こうのせいでな。

 俺は努力したんだから悪くねぇ。よっしボコす。今すぐボコす。心置きなくボコすからな、覚悟しやがれ。




 とはいえ、現世かつ真昼間の現在、俺の持てる攻撃手段のほとんどが、実戦に対応できるだけの力を失ってしまっているのもまた事実だった。今俺は、基礎能力や、神力と妖力を燃料にして使う術に大変なデバフがかかっている状態なのである。ま、そもそも神力は黄泉の国以外で使えないんだけどな。各方面から怒られそうだから。


 ――つまり、今とれる戦術ってのは、実質一つだけなのであった。




 腰に手をやれば、いつものように慣れ親しんだ剣が鎮座していた。すらりと鞘から引き抜けば、手にしっくりと馴染むのは、それが比喩ではなく己を構成する一部であるからだろうか。手足とかわりなく、この剣は寸分違わず俺そのものなのだから。


 その紫色に輝く刃に緩やかに力を流し込めば、刀身がゆるりと根本から金色に染まり行く。触手も同時に色を変え、力の巡るその余波で自然とはためいた。

 選びとった力は”霊力”。ここが現世である以上、最も適した力である。


 俺の行動を攻撃意思と見てとったか、坊主は、構える己の獲物に纏わせる金の光をさらに強めて言った。


「行こうとしますか、ならば私も相手をするまでです。一部と残さず祓って差し上げましょう」


 言うや否や、地を踏み割るほどに蹴りつけ、彼は突進した。

 砂埃の爆風を背後に残して、刹那の内に錫杖の先端が目前に迫っていた。

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