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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第一章 成り代わり編
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とある古墳人の② 友となりし日

 ミコについて行けば、なんと信じられぬことに下民たちの中へ混ざり行くのだ。




初めはそれを外側で見ているだけであった。

 ミコの奇行に線を引き、一歩離れたところから見ていた。その中に混ざりたいとはみじんも思わなかったが故の行為だ。


 下賤の輩共と交じり合う意味が分からなかったからだ。ありえないものを見る目でいた。

 が、輪の外で腕組みしていた私をそのままにしておくミコではない。腕を鷲掴まれたかと思えば、有無を言わさず輪の中に引きずり込まれた。


 下民らは、当然ながらミコが王族であることを知らない。どうやら、定期的にこが村にやってくる山の民の一族の一員であると思っているようであった。

 ミコは下民の中にすんなりと溶け込むと、子供たちに群がられ始めた。きゃいきゃいと一緒になってはしゃぐその様は、どう見てもすっかりと懐かれていた。そんな人気なミコの連れてきた者とあって、私は下民共の好奇の視線にさらされたのである。


 当初は不快極まりなかった。しかし、幾度となく通う内に私は気づいたのだ。泥の中で蠢くことしかできぬ下賤の者でしかないと思っていた彼らは、会って対等に話せばきちんとした意志ある人間であったのだと。


 そればかりか、彼奴らは私の知らない触れたこともない知識を持っていたり、それを教わり実際にやってみることは思いのほか楽しかった。

 受け継がれた彼らの伝統の歌を聞いた時には、ミコに誘われ囃子の中に紛れ込み、彼らと共に歌い踊ることの愉しき様を知った。




 気づけば、私もミコの脱走計画に臨んで加担するようになっていた。


 二人で居館を抜け出す際の、未明の薄暗い敷地を抜け出す緊張感のなんと心躍ることか。一歩間違えれば、とんでもないことになるということを理解しながらに実行に移すあの背徳感。

その頃には、私はミコのことを疎ましく思う気持ちは欠片もなくなっていた。そればかりか、時折やらかすその奇怪にして破天荒な行動の数々が巻き起こされるのを、楽しみにすら思えるようになったのだ。






 ある日、私は過去に取ったミコへの態度を謝りたく思った。


 あの日、蝉の振る舞いをするミコをしかり飛ばしたことについては一切の悔いもなかったが、その後しばらくの馬鹿にするような態度は、今となっては申し訳がたたないほど済まないと思っていたのだ。

 あんな態度をとられ続けては、きっと不快な思いをさせてしまっただろうと。私だったら友としてはいたくないような言動を、あまた取ってしまっていたのだ。


 しかし、そんな心配も気鬱に終わることとなる。


 「私をまだ、友としてくれるだろうか」


 そう問うた時、ミコは躊躇せずに言い放った。


 「なんだ、今まで俺はずっと友だと思ってたのに」


 それを聞いた時、私の胸の中に明朝の日の光のごとく、温かく輝かしいものが広がった。


 しかし、感極まって感謝の気持ちを伝えようとしたところ、ミコは唐突にその表情をくるりと暗いものへと変えて、両手で顔を覆ってしまった。

 怪訝に思って呼びかけると、すすり泣いているような声が聞こえて、私は驚愕のあまり血の気が引く思いがした。


「何なら親友とすら思ってたのに。ひどい……私の純情を弄んでたのね!」


 よよよ、と今となってはわざとらしく思えるような嘆き崩れる様に、当時は本気で慌てふためいたものだ。しかし、友となって時を経た今ならば、もしも目の前でそのようなことをされてはその尻を蹴り飛ばすくらいのことはするだろう。


 あ奴の言うことをまともに取り合っていれば往なし切れぬわ。こちらがまじめに話そうとしている時でも、そのふざけた態度に言いたいことも気恥しくなり、つい口をつぐまされてしまうことも多々あるのだ。


 ……おかげで感謝の言葉も言い損ねる。




 だがまあ、言葉に表せぬのならば態度で示そうと、居館を離れ自由になった折には、私のあるがままの態度で接することを友として誓ったのだ。






 あの一件でミコと真の友となりし以降、私もミコの行くところはどこへでもお供することと相成った。


 少年期には、一度山に入れば妖共と見間違ごうほどの身のこなしで獣道を奔走し、私の制止を一切気に留めずに手あたり次第木の実をもぎ取り草の実を引きちぎり、果ては私の監視の不意を突いて怪しげなる茸までをも食らったにも拘らず、腹の一つも壊さないでまずいと吐き捨て、闇の住まう洞穴に松明片手に単身突っ込み絶叫と共に妖共を体中に憑りつかせ引き連れ戻り、川の起源を見に行くと宣言すれば、森を抜け谷を越え岸壁を登り岩場を通って仙の住む秘境に辿り着いたこともあった。


 なお、全て私も同伴した。気合で。


 駄目だこの人………早く何とかせねば………。

 このまま放置して置いたら、きっといつか死んでしまう。誰かが常に監視しておかねばならない。誰が? 私が。私以外にこの人に付いていける人間はいないだろう。


 私は気合と根性と執念で我武者羅にミコの後を付いて回った。あの頃は追うのに精いっぱいで、その異次元の身体能力には正直泣きそうではあったが。でも、いつか真の意味でミコと並び立てるよう、その一心で私はその背中を追ったのだ。




 そんなある時、ミコは山を住処とする山の民の一族の者と知り合うと、こっそり盗み出した王の秘蔵の酒を用いて交渉し、罠の作るよしを教わると山という山に仕掛けた。私もその地味な作業に数刻付き合わされ、体中が痛くなった。


 するとそこへかかるわかかるわ、大量の妖共が引っかかった。

 もちろん獣も捕れた。だがそれ以上に怪異の類が引っかかっており、稀に人も引っかかっていた。

 何故か獣以外が掛かっている割合がほとんどなのであった。




 山へ籠るミコを探しに、王直々に捜索隊を率いてやって来られた折には、その一団が見事に宙吊りになられたこともあった。

 その頃には、王も息子の行動のよしを理解なさっておいでで、私と同じく使命感に猛りなさって、自ら進んで捜索隊に加われていたのだ。


 それはもちろんミコを心配なさる気持ちも多少は含まれていただろうが、それ以上にミコがやらかすことに対して連鎖する、周囲の被害について随分と頭を悩ませておられたように見受けられる。

 しかし、その行動力がさらに被害の助長をさせる……というよりかは、自分が被害の渦中に取り込まれることになろうとは、みじんも思っていらっしゃらなかったに違いない。


 懲りもされず挑んでは、回避する術もだんだんと上達されて匠の域にさえ達していたものの、同じく作れば作るほどに凶悪さを増していた罠らに全敗していらっしゃいました。




 そんなある時、いづ方の国より王の首を打ち取らんと、こが村に直接攻めてきた蛮族共があった。

 その集団が一人残さず罠に取らわれ、一網打尽にされてしまったこの時ばかりは、王も全力でミコを褒めなさっておいでだった。


 あの日、とある山の方角から悲鳴が上がり、遠目から山肌から人が打ち上がっては数十名が次々に生えてきたのを目撃してしまった時は、天変地異の前触れかと村中を恐怖させたものであった。


 蛮族共は、その頃丁度試していた、踏むと竹の仕掛けが爆発的に跳ね上がるものの餌食になってしまったのだ。アレはあんまりかかる妖共を逆に一点に絞って狙ってみた、対妖専用のであったものだから、少々(・・)威力のほどが旧来型よりかけ離れておったのだ。攻めてくる方が悪いので自業自得である。


 胸がすうとする思いだったことは奴には言うておらん。




 喜び勇んだ王は盛大に宴を開いた。下民をも巻き込んだ、国規模のほどのものである。

 その折に下民共にミコと私の正体がばれてしまったのだが、これよりミコに言いくるめられた王公認での付き合いが始まることとなったのだ。


 あの言いくるめの手腕は、実に見事であった。

 王もミコの脱走後の居場所を掴めるとあって、頭痛の種が一つ減ったと喜んでおられたが、それについて私は何も申し上げなかった。

 頭痛の種は減ったのではなく、間引きされたに過ぎない。残された種はさぞかし立派に成長していくことであろうと。






 さて、狩りについての話は他に、湖のほとりにて水鳥の群れを丸々捕獲した折、それを回収しようとしたミコが驚いて一斉に飛び立った水鳥に引っ張られて空を飛んだこと以外に特筆すべきことはないだろう。


 自力で戻ってこれるだろうと放置して、私は残りの仕掛けの回収を担当していた。

 案の定、ミコは山一つ分超えたという話ではあったが、数羽の水鳥をもって無事帰還してきた。その日はそのまま村まで共に帰り、水鳥の肉に舌鼓を打ったものである。

だんだんと主人公に毒されてゆく親友君。

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