我がミューズ
「メアリ・セルディオール!本日この場でもってそなたとの婚約はなかったことにする!!」
王立貴族学院の卒業記念パーティーの会場の真ん中で、傍らに黒髪黒目のたおやかな美少女を連れたキラキラしい人が声高に宣言をした。
ぱちんと手にした扇を広げておもむろにそっと口元を隠して、メアリは誰にもわからないようににんまりとほくそえんだ。
計画通り、やっと念願がかなう。
ああ、それでも最後の仕上げに失敗してはたまらないので、特に念を入れてしおらしくうちひしがれてみせた。
晴れて念願叶えるためには失敗は許されない。
「……まあ、クラヴィオ殿下、一体どうしてそのようなことを…」
信じられないという表情を作りつつも、声が笑いに震えることを止められなかった。
やっとやっと願いがかなう。
ああ、しかし急いては事を仕損じる。
ここは慎重に冷静に言質を取らないと。
「先ほどは婚約破棄とか、ずいぶんと穏やかでない言葉を聞いたような気がしますわ。いったいこのわたくしにどのようなご不満がおありなのでしょうか?」
「ふん、忘れたとは言わせまい。レオノラ・ジュニパー嬢にたいする嫌がらせの数々を!」
「わたくし、何かいたしましたかしら?」
「白々しい、レオノラ孃のドレスにわざと紅茶をこぼしてお茶会に出られなくしたり、ハサミで彼女の髪を無惨に切り落としたりしただろう。レオノラ孃がどれだけ傷ついたかわかってるのか」
「まぁ!!」
大げさに驚いて見せれば、クラヴィオ殿下の後ろからふるふると震えながらレオノラ嬢が顔を出した。
確かにその髪は、レディにはあるまじき短さであった。
顎のラインで顔に添うように揃えられた黒髪は、しかし、彼女の小さな顔をとても引き立てていた。
「確かに、わたくしが切りましたわ」
パチン持っていた扇を閉じて、それでレオノラ嬢を指し示す。
「だって、このほうがよくお似合いだと思いません?」
そのまま、ぐるりと周りを見回してそして最後に殿下に視線を合わす。
「あのときのお茶会もそう、時代遅れの白いレースのドレスよりも、お貸しした真紅のドレスの方がとても良くお似合いだったでしょう?」
そして殿下の背後に隠れたレオノラ嬢にひたっと目を合わせる。
「あなた、男の陰に隠れるなんてみっともない。」
ツカツカと詰め寄りガシッとレオノラ嬢の腕を掴む。
「だって、あなたはわたしの理想そのもの、レオノラ嬢、ぜひ私のミューズになって!あなたなら世界を魅了できるわ!わたくしの新しい歌劇のヒロインにふさわしいのはあなただけよ」
怯えて涙目のレオノラ嬢をグラヴィオから引き剥がしメアリはその足元にそっと膝まづいた。
その目はキラキラと輝きもうなにも見えていない。
「さあ、どうか一言、はいと言ってくださって!」
「メアリ一体貴様なんのつもりだ!」
「まあグラヴィオ殿下まだいらしたの!?
ほら婚約破棄もいたしましたしもう御用はないからお帰りになっては?あ、お帰りはあちらよご案内して」
「お、おいっ!!」
護衛に腕を取られて退場する王子を尻目に
メアリ・セルディオールは高らかに宣言する。
「グラヴィオ殿下の時代はもう終わったわ!これからの時代はレオノラ・ジュニパーあなたよ!あなたのようなか弱い少女が美しく輝くのよ!!」
「さあ、わたくしのミューズよ!共に参らん!!」
メアリ・セルディオール
またの名を王国一の新進気鋭の人気歌劇作家マリセルディオ、新しいヒロインを得た彼女をとめられるものは誰もいなかった。