ホテル、高級料理、アニメネタ
その日の午後は、宿探しと街の散策にあてた。
ぶらぶらと街を歩いていると良い雰囲気のホテルが見つかったので、一晩泊まってみることにする。
部屋まで案内してくれたベルガールは、サイドをゆるりとねじってひっつめた光沢のある濡羽色の髪が印象的なエルフのお姉さんだ。
案内された部屋は、広くはないが清掃が行き届いていて、とても清潔だった。水洗トイレとシャワーもついている。
シャワーのコックをひねると、すぐに湯気の立つ温水が吹き出した。
勢いのある水流を手にあててみる。少し熱めの湯が心地いい。鉄さびの臭いなども感じられない。
よくある異世界ものの主人公のように「日本人なら風呂だ」などといって、風呂や温泉にこだわるような性分ではないので、これで十分だ。
一泊二食付きの宿泊料金も安かった。神からもらった資金で計算すると、数年どころか十年でも泊まれそうだ。
泊まってみて、いい感じだったら定宿にしてもいいね。
夕飯はホテルの食堂でとった。宿泊料金は前払い制なので、ホテルで食事をしなかった場合は、その分の料金は返却されるという良心的なシステムだ。
現実逃避こそしなかったが、ホテルの食事はこれまた極上だった。
もう、この街に住んでもいいんじゃないかな。
ホテルでは、とても気持ちよく朝を迎えることができた。
気に入ったので、これまた旨い朝食を食べたあと、十日間の宿泊延長の手続きをしてから街へと繰り出す。
今日はまず、特定外来生物を駆除するための装備を揃えるために、武器を販売している店に行く。
初歩の装備の情報や販売店舗の場所は、ハンター協会からライセンスカードを交付されたときに貰った書類に記されていた。
協会オススメの武具店をいくつかのぞいてみたが、刀剣など近接戦闘用の武器ばかりで、銃などの火器は一切なかった。
ざっと街を見た限り、技術レベルはそれなりに高いと思われるので火器の存在に期待したのだが、武器に関しては技術が進んでいないように思える。
ユニットが言うには、神が技術の発展を抑制しているわけではなく、この星での技術面を一手に担っているドワーフ族が、火器のようなものを作りたがらないことが原因のようだ。
特定外来生物に生活圏を脅かされている状況で、武器の好き嫌いもないと思うのだがな……。
いくら「華麗」の能力があるとはいえ、ごく普通の現代日本人にすぎない俺としては、できる限り接近戦は避けたいところだったが、飛び道具がないのでは仕方がない。持ち運びに便利な三段階に伸縮する鎗と、革の胸当てなどの初心者用装備を購入してみた。
しばらくは、子供でも倒せるような弱い特定外来生物しか相手にするつもりはないけどね。
一通り装備を揃え終えたので、少し早いが昼食にする。
昨日は庶民的な店で食事をしたので、今度は高級店を試してみようと思う。
ユニットに案内されて来たのは、閑静な住宅街にほど近い場所に店を構える、見るからに高級な雰囲気を漂わせるレストランだった。
高級レストランなどには、ついぞ訪れたことはないが、いまは金もあるしユニットもいる、なにも恐れるものはないのである。
ドレスコードでもあるんじゃないかとユニットに訊いたが、よほど汚い格好でもなければ、特に問題ないらしい。
当然のようにユニットに制御させて、店内へ入る。
内装にも金がかかっているのが、素人目にもわかる。
洗練された所作の男性店員に案内されて席についた。
夜はコース料理だけらしいが、昼はコースだけでなく、一品料理も注文できるらしい。
渡されたメニューを見ても、相変わらずさっぱりわからないので、ユニットまかせで単品をいくつか注文することにした。
価格にはちょっとびっくりしたが、たまの贅沢なら、こういう店で奮発するのもいいんじゃないだろうか。貰った金だけどね。
昨日のレストランより、料理の出てくるまでの時間はだいぶ長かった。その分、手間がかかっているのだろう。
いい加減待ちくたびれた頃、エルフの男性給仕によって運ばれて来た料理が目の前に置かれた。
まさに衝撃だった。
その料理を目にしただけで、胃袋は鷲掴みにされたまま愛撫され、その芳香は鼻孔から頭頂に突き抜けて、天界へと誘われる錯覚すら覚える悦楽と狂喜のハーモニーを奏でる。
これは人間のごとき眇然たる存在が食して良いものではないと本能が叫んでいる。
だが、これを食さないという選択が有り得ないということも、また自明なのだ。
めくるめく官能の虜囚と成り果て、思考のすべてが飽和し、わずかばかりの思議すら叶わなくなりそうだったが、どうにかそのことばだけは紡ぎ出すことができた。
「いただきます」
パクり。
その瞬間、宇宙が炸裂した。
さながら宇宙開闢のその時のように、虚無より反転し生まれ出ずる光彩は、あらゆるものを生命の煌めきに満ちあふれさせ、その凄艶な激情は止め処なく膨張し、絶え間なく発散し、俺の矮小な魂は揺蕩うことすら許されず、融合するかのごとく溶け合いながら、無量無辺の彼方へと氾濫する眩い輝きの奔流に、為す術もなく呑み込まれていくのだった。
(完)
*
気がつくと、天井の木目を眺めていた。
同じ木目をずっと見続けていると、やがて輪郭が溶けていき、別のなにかに見えてくる。
「俺は生きてるのか……?」
目が覚めてからだいぶ経ったころ、俺はポツリと呟く。
『はい、生きていますよ』
頭の中の俺ではない、なにかが答える。
「あれから、なにがあった?」
『現実逃避したまま戻らなくなりました。仕方なく、わたしが非常事態用コードで制御権を取得して宿まで戻りました。それが五日前のことです』
「五日か……」
『規定により、意識喪失から十六時間後に回復処置として深層意識解析探査を試みましたが失敗。それ以降は経過観察を続けて現在に至ります』
「そうか」
『もう戻ってこないのかと心配しましたよ』
「すまなかったな……。もし俺が戻らなかったら、この体はどうなってたんだ?」
『数年は観察を続けますが、回復の兆候がないようなら、神の許可を得てから破棄となりますね』
「破棄……ね」
俺は天井を見つめる。
もう木目にはなにも見えてこない。
「なあ」
『はい?』
「異世界ものの主人公って、こういうとき、かならずといっていいほど『知らない天井だ』っていうよな」
『そうですね。意識を失う直前には「意識を手放した」って表現を使うのもセットになってたりしますね』
「ああ、あるね。しかし、いまさらエヴァンゲリオンってどうなのよ」
『一周どころか二、三周まわってますから、元ネタを知らない人もいるんじゃないでしょうか』
「誰も彼もがこのネタを使ってるから、陳腐化して面白みもないだろうに。『赤いのは三倍速い』なんかも、うんざりするけど」
『「おそろしい子!」や「あきらめたらそこで試合終了」なんかも、飽き飽きしますよね』
「漫画でも、『ガラスの仮面』の白目とか、楳図かずお風な恐怖顔を、いまだに見かけるしな」
『ええ、ありますね』
「最初にパロディにした人は面白かったんだろうけどね。こう何度もネタにされると鼻につくんだよな」
『まあ、誰にでも理解してもらえるネタというのは、それはそれで貴重ですから』
俺はベッドから起き上がった。
窓からの月明かりが顔にあたる。今夜は月が綺麗だ。月を除けば全天でいちばん明るい赤い星も、神秘的な美しさで輝いている。
「しかし、あのレストランの料理はすさまじい旨さだったな。本当に逝きかけるとは……」
『これからは注意しなければいけませんね。人類にとってあれは危険物ですから』
「そうだな、気をつけよう。それにしても、けっこうなお値段の料理だったのに、ほとんど食べられなくて、もったいなかったな」
『わたしが代わりに食べておきましたから大丈夫ですよ。たいへん美味しかったので四回もおかわりをしてしまいました。デザートのケーキがまた素晴らしくて、一つに選べなかったので十二種類全部食べちゃいましたよ。とても気に入ったので、あれから毎日お昼を食べに通っているくらいです』
「ひょっとして五日も意識が戻らなかったのって、それが原因じゃないのか?」
『うーん? ……そうかも』
「この野郎」
宇宙が炸裂した、って自分でもなにを書いてるのかよくわかりませんが、臨死体験的なものを表現しようとしたと思っていただければ……。
次は早くもテコ入れ。かわいい仲間をゲットしちゃいます。
次回、「仲間、モフモフ、相性診断」。