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街、ハンター、名物料理

 街へと着いた。

 清潔で調和のとれた街並みは美しく、多くの人々の活気にあふれていた。

 道幅も広く、整然と舗装され、五階建て以上の建物も多い。

 勝手にこの世界を「お約束の中世ヨーロッパ風な異世界」と思いこんでいたため、建築様式が意外に発達しているのに驚いた。一九世紀半ばから二十世紀初頭の欧米先進国くらいのレベルではないだろうか。


 住民のほとんどはエルフ族らしいが、道行く人々を眺めても、ほとんど地球人と区別がつかない。といっても、欧米人風なので、明らかに日本人とは違うんだけど。

 服装も現代日本で見られるようなビジネススーツっぽいものから、東南アジアや北アフリカの民族衣装を思わせるもの、あるいは身体にフィットしたなめらかな質感の未来的なデザインのものまで多種多様だ。これなら俺のジャケットにパンツ姿の格好でも違和感を持たれないだろう。


 街に入って初めて気がついたが、この世界の文字を読むことができた。ユニットに言わせると、この星に来る知的生命は、読み書きができるように「調整」されるらしい。見たこともない言語なのに、ごく普通に読めるという感覚は、なかなか面白い。


 けっこうな数のカバ車が行き来しているのも目についた。

 ユニットによれば、神の手違いで死んだ地球のカバが転生して、この星で()えたらしい。スキルとして知性を向上してもらい、この星の食べ物と相性が良かったのか、力強くなった身体を活かして、輸送・運送・配送を取り仕切る事業を展開して、大儲けしているそうだ。

 将来的には、カバのようになにか事業を起こすのもいいな。

 なにをしたらいいのか、すぐには思いつかないし、金になりそうな専門知識があるわけでもないけど、地球の知識があれば、なにか儲かるような商売の種が見つかるかもしれない。

 なんにせよ、先立つものが必要だ。

 神さまから貰った資金があるといっても、事業を立ち上げるとなると心もとないからね。


 この世界で稼ぐには、特定外来生物の駆除が手っ取り早いらしい。

 とりあえず金に困っているわけではないので、本腰でやるかどうかはともかく、いつでも金を稼げる状態にしておくことは必要だろう。

 なにしろ数も多ければ種類も多い。子供がこづかい稼ぎに狩ったりするような、弱小な特定外来生物もいるらしいので、慣れるまではそうしたものを相手にすればいいだろう。

 せっかく能力を得て、異世界へ来たんだ。俺の思い描く冒険者のような活動もしてみたいしね。

 ユニットが言うには、特定外来生物を駆除するにはハンター(狩猟者)ライセンス(免許)が必要だということなので、交付しているハンター協会へと向かうことにする。

 ハンターライセンスを取得するのに、なにかテストがあるんじゃないとか心配したが、どうやら申請するだけで貰えるらしい。長く走るのも、料理をつくるのも苦手なんで助かるね。(※漫画ネタです)


『もう一時間ほどになりますが、まだ入らないのですか?』

「い、いや、もう少し観察しないと駄目だろ」


 俺はハンター協会の建物を、通りの向かいから観察していた。

 第一話にさりげなく書いてあるように、俺はコミュ障、つまりコミュニケーション障害だ。

 コミュ障なんて軽くいうと、単に「他人とうち解けるのが苦手なヤツ」っぽい感じだが、俺のはたぶん対人恐怖症に近いレベルなので、けっこう深刻なのである。

 新しい店などには、まずすんなりと入ることができない。どうしても行く必要がある場合には、まず外から出入りする客層を観察することから始めなければならないのだ。


『わたしとは会話できるし、神とも普通にしゃべってたじゃないですか』


 なぜか神とは、家族とするように普通に会話ができたし、ユニットも同様だった。「父なる神」ということばがあるが、そういうことなのだろうか。


『はあ。このままでは(らち)が明かないので、わたしが制御しましょうか?』


 ユニットがため息をつきつつ言ってくる。


「えっ、また俺の体を乗っ取るのか?」

『乗っ取るというと聞こえが悪いですが、わたしは交渉ごとも得意ですよ。この世界の常識もありますし』

「そ、そうだな。まあ、もう少し観察すれば、俺でも問題なかっただろうけど、今回はお前にまかせたほうが上手くいきそうだからな。今回だけまかせようかな。今回だけな」

『はいはい。じゃあ制御しますよ』


 ユニットがそう言うと同時に、体から力が抜けていく。

 力が抜けきったと思った瞬間、体の中心から急激に湧き上がる未知の力によって、全身の筋肉が活性化する。


「では、行きますよ」


 ユニットが、俺の声で言う。


(ちょっと待てい!)

「はあ? なんですか」

(前にやった、ユーハブ、アイハブって、どこいったんだよ! 必要ないのかよ!)

「あー、あれは面白いからやっただけです。一度やってみたかったんですよね」

(この野郎)

「いいから、とっとと行って済ませますよ」


 ライセンス(免許)は簡単に交付された。

 ハンター協会に入り、受付で渡された書類に名前や種族など簡単な項目を書くだけで、ライセンスのカードが貰えた。

 ボリュームのある亜麻(あま)色の後ろ髪を低い位置でまとめた受付のエルフのお姉さんが、俺がヒト族だとわかると残念そうな顔をしていたのが気になったが、ユニットに尋ねても差別的なものではないということだ。いったいなんなのだろう?


 ハンター協会の建物から出てきたところで、腹がぐうと鳴った。


「腹が減ったな」

『もうとっくにお昼をまわってますからね。どこかで食事をしてはどうでしょう』


 そういえば、この世界に来てから、まだなにも食べてないな。


「飲食店はあるのかな?」

繁華街(はんかがい)のほうに行けばありますよ』

「じゃあ行ってみるか」


 街並みを見物しながら、ぶらぶらと歩いてゆく。

 ユニットの道案内で、人通りが多く、(にぎ)わいを見せている繁華街へは、さほど時間がかからずに行くことができた。

 ざっと見たところ、飲食店らしき店は多いのだが、どんな料理を出しているのかさっぱりわからない。

 店の前にメニュー表が出ている店もあるのだが、どれもこれも聞いたことのない、しかもやたらと長い料理名が並ぶばかりで、参考にもならない。


「うーん、これは困ったね」

『どんな料理が食べたいのか言ってもらえれば、わたしが探しますが』

「それは助かる。だけど、そもそもの疑問なんだが、この街の料理を俺は食べられるのか? エルフが多いってことは、エルフ向けの料理なんだろう?」

『それは問題ありません。エルフの料理は人間でも美味しく食べられると思いますよ』

「そうか。それじゃあ、この土地の名物料理のようなものはあるかな?」

『先ほど通りすぎた店が名物料理の老舗(しにせ)ですね。少し戻りましょうか』


 少しばかり道を戻って、その店へ行く。


「ここって、どの程度のランクの店なの? 高級店?」


 小綺麗な店構えからは判別がつかない。高そうでもあり、それほどでもなさそうでもあり。


『庶民が日常的に食事をする店ですよ』

「それなら安心して食べられるな」


 神からもらった資金もあるしね。

 さてと。

 俺は店のドアの前に立つ。


「はい」

『ん? 入らないのですか?』

「だから。はい」

『???』

「制御しろよ! 入れねえだろ!」

『なにキレてんですか!』

「わかれよ!」

『めんどくさい人だな!』


 店に入り(ユニットが)、

 テーブルにつくと(ユニットが)、

 すぐに注文を取りに来た、銀灰色(ぎんかいしょく)のゆるふわショートボブがかわいいエルフのウエイトレスさんと小洒落(こじゃれ)た会話をし(ユニットが)、

 名物料理を注文した(ユニットが)。


 しばらくして料理が運ばれてきたので、ユニットから制御を取り戻し、食事を楽しむことにする。

 ふむ、初めて見る料理だが、見た目は美味しそうだし、匂いもなかなかに食欲をそそるじゃあないか。


「いただきます」


 手を膝に置き、軽く頭を下げながら言う。


「さて、この世界の料理はどんなもんかな、お手並み拝見っと」


 パクっ。


「!!!」


 俺の両目が、カッと見開かれた。


 そういえば異世界転移・転生ものの作品って、異世界人に「いただきます」をさせたがるよね。主人公が食材となった命に感謝して「いただく」的な、お決まりの説明をして、それに感心した異世界人が真似するってパターン。それと同時にかならず手を合わせるんだよな。いままで手を合わせずに「いただきます」をした主人公は見たことがないってくらい、どいつもこいつも手を合わせる。仏壇じゃないんだから、食事の前に手を合わせるような習慣はもともと日本にないからね。学校給食で手を合わせるところが多くて広まった、なんていわれるけど、うちの小学校では手を合わせなかったから違和感がすごくあるんだよね。まあ、それを言ったら食事の前の「いただきます」自体が、定着したのは昭和になってからと比較的新しい慣習で――。


 やばい、現実逃避(トリップ)だ。

 あまりの(うま)さに頭脳がオーバーヒートしそうになったのだ。

 いったいなんなんだこれは。

 料理を口にした俺は驚愕(きょうがく)していた。

 こんな料理は今まで食べたことがない。

 まさかこれほどのものだとは思わなかった。

 猛烈な勢いで料理をかっこむ。

 食べる手が止められない。

 あっという間にひと皿たいらげた。


「ここって本当に庶民的な店なのか?」

『価格も安いですし、庶民が訪れる平均的な店だと思います』

「驚くべき異世界だな」


 ユニットに制御させて、別の料理も注文してみた。

 絶品のうまさだった。

 現実逃避(トリップ)しかけたが、今度はギリギリ耐えた。


『この惑星は神が用意したものなので、もともと滋味(じみ)あふれる食材が豊富だということと、エルフ族が美食家で料理研究にも熱心な種族ということもあって、料理文化はかなり進んでいるようですよ』


 この星がいつから異世界の住人を受け入れているのか知らないが、大昔から食材が豊富だというなら、この味にも納得だ。仮に現代日本で手に入るすべての食材が千年前から普通に使われていたなら、どれほど料理文化が成熟することか、考えるまでもないだろう。


「なるほど、そういうからくりか。エルフは長生きだろうから、ノウハウも蓄積させやすいだろうしな」

『あっ、いえ、この星のエルフ族の平均寿命は、地球人より少し長いくらいですよ』

「なんだ、そうなんだ」

『ファンタジーは、しょせんファンタジーということですね』

「でも、このレベルの料理が普通にあるとなると、確実に地球の料理文化を超えてるね」

『それなら残念なんじゃないですか? 地球の料理を広められなくて』

「いや、別に。料理が得意じゃないってこともあるし、異世界に料理を広める話自体が、あまり好きじゃないってのもあるね」


『なんの工夫もない、ありきたりな日本の料理に、おおげさに驚く異世界人みたいな』

「主人公の手料理を仲間に食べさせて、絶賛される話を延々と繰り返してるとかね」

『ありますね。ただ普通の料理だけを作って食べて、なにが面白いんでしょう』

「現代日本が物語の舞台だったら、まず通用しないよな」

『作者がぜんぜん料理を知らなくても書ける程度の内容ですしね』

「グルメ漫画の『美味(おい)しんぼ』で考えてみよう。主人公の山岡士郎(やまおかしろう)が自宅で料理を作って、ヒロインの栗田(くりた)ゆう()がそれを食べて称賛する話があったとしたら、果たして面白いのか? ってことだよな。料理だけ作っても、そこにストーリーが(から)んでこなければ面白くなりようがない」

『料理シーンを描く作品は多いですけど、きっちりと物語に組み込むのは難しいですね』

「そういうこと。ただ料理シーンを書けばいいってもんじゃないんだ」


 異世界ものの小説で料理を扱う作品は多いが、作者の料理への造詣(ぞうけい)に感心するような作品は一握りだ。食に関する知識は、ネットで料理名を検索するような付け焼き刃で得られるものではない。作者が本当に関心があって描いているのかどうかは文章に透けて見えるものだ。


『異世界ものって、料理文化の未発達な世界ばかりですよね』

「うん。まだ地球の中世のように、食材そのものが手に入らないなら、発展のしようがないからわかるんだけどね。ひどいのになると、食材はすべてあるのに、料理法だけがすっぽりと抜け落ちてる世界だったりするよな」

『西洋料理しかない世界に和食の料理法を持ち込んで、好意的に受け入れられる程度の話ならわかるんですけどね』

「明らかに(うま)い料理が存在しない世界として描かれるしな。異世界の貴族が目の色を変えて主人公の料理に群がったり」


『異世界もので主人公が日本食を作り出すと、がっかりしますよね』

「ああ。いままで何百何千の物語でそれを繰り返してきたと思ってるんだ、それをまたやるのかよ、ってな」

『けっこうな文章量が、その作業に費やされますからね』

「レシピサイトを見るのと変わらないような調理の描写を書く時間があるなら、とっとと物語の本筋(ほんすじ)を進めてくれよと」

『なぜか異世界に米や大豆(だいず)蕎麦(そば)があるのも、都合が良すぎて』

「異世界で米を探す話をどれほど見たことか。普通に考えてあるわけ無いだろうに、見つかるんだよなこれが。『コメなんて家畜のエサだと思ってました!』なんて、書いてて恥ずかしくないのかと思うね。まあ、簡単なものでいいから、異世界に米がある理由が示されていればいいんだけどな。気軽に読める話に、そこまで大層(たいそう)な物語は要求しないしさ」

『ありがちですけど、主人公よりも前に地球から転移した人が持ち込んだとか』

「そんなのでもいいんだよ。でも、その材料で味噌(みそ)醤油(しょうゆ)を『失敗を重ねた末に苦労して作りました』って話ならまだしも、中には『そこらに()ってる木の実から醤油が取れました』、みたいな話もあって脱力するよな」


『海を渡った東の国に日本人っぽい人たちが住んでいて、米や醤油を作ってるというのも』

「かならずといっていいほどサムライ風なのな。国名も扶桑(ふそう)とか蓬莱(ほうらい)とか瑞穂(みずほ)だったり」

『日本食以外だと、パスタにパンケーキにクレープ、ピザにサンドイッチにマヨネーズと、広める料理のバリエーションも乏しいですよね』

「あー、マヨネーズはがっかりだよな。またマヨネーズか、って。俺はもう主人公がマヨネーズ言い出した瞬間に切るね」


『わたし、ロモ・サルタードってペルー料理が好きなんですが、たまには南米料理とかアフリカ料理を広める話が読みたいですね』

「ニッチすぎんだろ。料理の名前を書かれても、どんなモノか想像できんわ。ってか、俺の食ったことない料理が好きとかどういうことだよ」


 確かに異世界で地球の料理を再現する、なんて話は飽和状態だ。読者もいい加減、()きてきている。ストーリーに上手く織り込むか、さもなければよほど変わったことをやらなければ、ページの無駄にしかならないだろう。


『日本人の主人公が異世界に行ったら、そこはかつて転生した勇者が広めたブルキナファソ料理が席巻(せっけん)している世界でした』

「だけれど主人公は地球の料理だと気づかない、と」


 食後のお茶を楽しみながら、異世界あるあるに花を咲かせた昼下がりなのでした。

ひとくち目を乗り越えられれば耐性ができるので、ふたくち目からはトリップしません。という設定でひとつよろしく。

料理エッセイとか料理漫画、テレビの料理番組などは大好きですが、小説で料理を扱おうとは思わないのですね。自分の底の浅さを見せているようで怖いですから。

次回、「ホテル、高級料理、アニメネタ」。

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