冒険、外来生物、エルフ
街道を東に進みながら、俺はこの世界についてのさまざまな情報を、「汎用人型生命体制御ユニット」、長いから省略して「ユニット」から聞き出していた。
なにをやるにしても常識は必要だしね。
「そりゃあ、やっぱり冒険者でしょう」
『冒険者……ですか?』
「そう、冒険者! アドベンチャラー! アヴァンチュリエ! こころ躍るねえ」
ユニットにこれからの希望を訊かれたので、そう答えた。
『ええと、冒険者ってなにをする職業だと考えていますか?』
「んー、獲物を狩ったり、薬草を採ったり、あと、要人や商人を護衛したりとかかな」
『それらは、それぞれまったく別の職種なんですが……』
ユニットに深いため息をつかれた。
『狩猟に関しては、専門職である猟師の仕事です。人口の少ない地域では専門職として固定化されていないことも多く、他の職種との兼業が多く見られます。大きな街の近辺では乱獲を防ぐために管理組合がある場合もありますが、基本的には自由に行われています。そもそも食肉に関しては、大部分が畜産業で賄われていますので、狩猟の果たす役割は大きくありません。薬草に関してもほぼ同じで、採集や栽培の専門職があります。護衛に関しては、一昔前には平時の傭兵の仕事と考えられていましたが、現在はセキュリティ関連を専門とする企業が請け負っています』
「ということは冒険者ギルドなんてものも存在しないのかな?」
『ありません。ギルドはないですが、冒険を生業にしている者は少数ですが存在します。後援者の資金提供を受けて、七大陸の最高峰登頂を目指したり、前人未到の秘境を踏破したりと、誰も成しえなかった偉業に挑む者たちです』
「あー、それって普通の冒険だよね」
『普通、冒険は「普通」ではないと思うのですが』
「うん、まあそうなんだけどね。俺のイメージでは、冒険者ギルドに集まる冒険者って、基本は魔物ハンターで、後はなんでも屋みたいなものだからな」
『そのイメージはフィクションのものですから。冒険者ギルドなる組織も日本のファンタジー発祥ですし』
ユニットは俺の脳にアクセスして、前世の知識を引き出すことができる。
齟齬をなくし、円滑に会話をするためだと許可を求められたので承諾した。思考は共有しないが、前世の知識は俺と同等のものがあるのだ。まあ、たかがしれる知識量ではあるけれど。
『魔物なんて生物も存在しませんし』
「ん、さっき会ったよ、コボルドと」
『あれは土着の少数民族です。あなたの世界のフィクションの中のコボルドに似ているというだけで、まったく別の生物です。ちなみにわたしはコボルドよりもリザードマンに似ていると思いました』
そのあたりは外国人が描いたイラストを見ても明確に区別できてるわけじゃないんだよな。同じトカゲ人間でも、コボルドはちょっと竜っぽいかな、くらいで。
「そうか、異世界にコボルドがいるのはおかしいと思ってたんだよね。でも民族ってことは、倒しちゃまずかったんじゃないの?」
モンスターだと思っていたから気にしなかったが、この世界で「民族」と認識されているのなら、法に守られていて、人権というかトカゲ権(?)のようなものがあるかもしれない。問題にならなければいいのだが。
『いえ、それは構いません。はっきりとした悪意を感じましたから。おおかた、あなたを脅して小銭でも巻き上げるつもりだったのでしょう。それに倒すといっても、少し痛めつけただけで、殺したわけではありませんし』
「カツアゲだったのかよ……」
『ええ、一般的に彼らは温厚なので、他の民族を死傷させるような危害を加えることはありません。中にはガラの悪い連中もいますが、犯罪に手を染めても、せいぜい軽犯罪止まりでしょう』
「食われるかと思ったぞ」
『彼らは花の蜜や果実を主食としています』
少し詳しく訊いてみたが、害意を向けられた時点で正当防衛的なものが成立し、法的には問題はないらしい。
「しかし、冒険者ギルドもないし、魔物もいないんじゃ、なにをして生きていけばいいのかわからんな。もらった能力が能力だけに、食いっぱぐれることはないと思うけど」
『カレーですしね』
異世界に来て、しかも特別な能力を持っているのに、堅気の仕事につくってのも、なんだよなあ。
地味だし、あまり興味もないけど、生産系能力にも「華麗」が適用されるだろうから、なにをやっても収入は得られるだろうけどね。
『魔物ハンターではありませんが、似たような職種は存在しますよ』
「なにそれどんなの?」
『特定外来生物の駆除をする仕事です』
「えっと、特定外来生物って、外国からやってきた生物のこと?」
『いえ、他の世界から落ちてきた生物のことです』
「それって、俺みたいな存在のことか?」
『ああ、違います。あなたのように神の手違いで亡くなったわけではなく、この世界が他の世界と交差したときに、運悪く、すべり落ちてきてしまう生物がいるのです』
手違いで殺されるのも、だいぶ運が悪いと思うけどね。
「いわゆるパラレルワールド的なアレ?」
『そうです。多元世界の無数にある世界どうしが接触してしまうことが、まれに起こるのです』
「他の世界から来た生物を狩るわけか」
『他の世界から落ちてきた、というだけで駆除するわけではないのです。そもそも、この惑星にいる生物のほとんどは、他の世界との接触で落ちてきた生物ですし』
「え、そうなの? でも他の星の生物が、この星の環境で生きられるのか? 大気の組成? をはじめとして、えーと……いろいろ違いすぎるだろうに」
『ですから、この惑星が存在するのです。この世界のあちこちに落ちてきた生物を、すばやくすくい取って、ちゃちゃっとこの惑星に適応できるような処置をほどこしてから送り込むのです。この惑星だけに対応すればいいのですから、自動化できてラクチンなのです』
「はあ、ラクチンすか。で、そこまでして、わざわざ連れてきたのに駆除するっていうのは?」
『他の生物に深刻な害を及ぼし、なおかつ意思の疎通が困難な生物は、特定外来生物として神から例外的に駆除が認められているのです』
「そんなの連れてくる前にわからないのかよ」
「いつ起こるかもわからない事故のようなものですからね。まずは命を救うことが優先されますので、選別まではとても」
「それで、特定外来生物ってどれくらいいるの?」
『現時点で、二十万五千八百三十種、総個体数は一不可思議ちょっとですね。あっ、ちょうどいま一種増えました』
「多すぎんだろ! どんだけ危険な星なんだよ! 不可思議なんて単位を聞いたの小学生の時『学習と科学』を読んで以来だわ!」
『まあまあ、抑えて抑えて。そのほとんどはコロニーを作って、特定地域から外に出ることはありませんから、近づかなければ危険はありませんよ』
「というか、人間の住める地域ってどれくらい残ってるんだよ?」
『ちょっと待ってくださいね、えー、惑星地表面の三パーセント程で、約一千七百万平方キロメートルといったところです。わかりやすくいえば、地球の南アメリカ大陸くらいの広さでしょうか』
「ずいぶん狭いな……」
ひょっとして人類ピンチなの?
「なあ、神がわざと人を殺して、能力を与えて、この星に送り込んでるのは、特定外来生物を駆除させるためじゃないのか?」
『わざとだなんて人聞きの悪い。本当に手違いなんです。特別な能力だって、希望に沿うものが与えられますし、かならずしも戦う能力じゃありませんよ。まあ駆除に参加してくださることに期待をしていることは否定しませんけど』
「そこは否定しないのかよ……。じゃあ、人間っていったい何人くらいいるんだ?」
『こちらではヒト族と呼ばれていますが、あなたも含めて現在五十七名です』
「少なっ!」
『ヒト族は皆、手違い組ですから』
「手違い組かよ。てか五十七人も殺してんのかよ」
『しかも全員が男性です』
「繁殖させる気ゼロかよ。夢も希望もないな」
あれ、あのカバ車に乗ってた少女はなんなんだ? 人間じゃないのかな?
「それじゃ、人間っぽいけど人間じゃない種族は? 少し前に、女の子を見かけたんだが」
『人間っぽい種族ですか? えー、エルフ族が五百万人、ドワーフ族が三百万人――』
「おい、エルフがいるのか?」
『はい、いますよ。あなたが見た少女もエルフ族ですし、これから行く街の住人も大多数はエルフです』
「いやいやいや、ここは異世界だろう? そもそも地球でだって空想上の生物なのに、なんでここにいるんだよ」
『ああ、遠い昔に別の世界から地球にすべり落ちたエルフやドワーフがいて、それが伝説となって残ったのでしょう。この惑星がいまのようになる以前の話ですが』
「なんだよ、そのとってつけたような話は……。まあ、理屈があるだけマシだけどさ。つうか、ドワーフもエルフも元ネタは北欧神話だけど、ファンタジーに出てくるキャラクターはトールキン先生が作ったものなんだけどな」
現在、ファンタジー小説などに登場するドワーフやエルフの基本形は、『指輪物語』で有名な作家であり学者であるジョン・ロナルド・ロウエル・トールキンによる造形と言える。それ以前からあった伝承の中の妖精的な存在に明確な個性を持たせて、小説に登場するキャラクターへと形付けたのがトールキンだ。
『細かいことを気にしてはいけません。異世界はなんでもアリです』
「そこを割り切るのかよ。でも、異世界転移・転生系ファンタジーだと、なんの説明もなく、当たり前のようにエルフやドワーフが登場してくるからな。どうして主人公がツッコまないのか不思議だわ」
『既存のファンタジーのフォーマットを利用すれば、設定を考えなくていいですし、読者にも説明不要で、すんなりと理解してもらえますからね。創作の放棄に等しい手抜きだとは思いますが』
「なんでやたらと手厳しいんだか」
『あなたの記憶にあるのは、そんな作品ばかりで、ちょっとうんざりしているもので』
「まあ、設定はともかく、ストーリーが面白ければ、それでいいんだけど」
『そうですね?』
「なんで疑問形なんだよ」
『特に意味はありませんよ?』
「そういや、あの追われてた少女はどうなったかな。無事だといいが」
『あっさり見捨てたくせに、気にかけるんですね』
「見捨てたって言うなよ、俺にやれることなんてなかったんだし」
『あの少女は、この地域の名家の令嬢です。帰宅の途中だったのですが、急に尿意を催して御者に速度を上げさせたのです。あわてて追いかけていたのは付き人たちですよ』
「トイレに行きたかっただけかよ!」
『なにもなくてよかったですね』
やばいやばい。あの男たちを華麗にブチのめしていたら、えらいことになるところだった。
「ところで、ひとつ大事なことを確認しておきたいんだが」
『なんでしょう?』
「ここにいるエルフは耳が長いのか?」
『まさか! 耳の長いエルフなんて日本人の妄想ですよ!』
「ああ、ロードス島な。あれ萎えるんだよな。なんであんなに長くしちゃったんだか」
『だめです! 耳が長いエルフなんて、にわかエルフです!』
「たしかにな」
『本物のエルフは、耳がとんがっていたり、とんがっていなかったりするんです!』
「さすが本場もんは違うねえ」
わかりにくいオチ その1。
エルフの耳が長くなったのは、かつてコンプティーク誌に連載されていた「D&D誌上ライブ・ロードス島戦記リプレイ」(安田均とグループSNE)の出渕裕氏のイラストからだと言われています。出渕氏はエルフの耳を長くした理由について、映画「ダーククリスタル」からの影響を語っています。
次回、「ステータス、オープン、メタフィクション」。