戦闘、ユニット、街へ
『お手伝いしましょうか?』
その声が聞こえてきたのは、死を覚悟した、まさにその時だった。
「だ、だれだ!」
思わず叫んでしまう。
俺が突然に大声を出したことにひるんだのか、目の前のコボルドは少し後ずさりした。
後ろから近づいてきていたコボルドも、立ち止まったようだ。
ひょっとして、けっこうビビリなのかな?
俺は周りを見回して、天の助けともいえる声の主を探す。
男性とも女性ともつかない、不思議な声だった。
しかし、俺以外にいるのはコボルド二匹だけ。
「空耳……か?」
『いえ、そうではありませんよ。あなたの頭の中から話しかけています』
「えっ、頭の中?」
言われてみれば、耳から聞こえてくるというより、頭に響いてくるような声だ。
テレパシーみたいなものだろうか。
「お前は誰なんだ?」
『質問もいいですが、とりあえずいまは、この危機的状況を打開するのが先ではないでしょうか。わたしにまかせてもらえれば、切り抜けてご覧に入れますよ』
なにがなんだかさっぱりわからないが、俺にはこの声にすがるしか選択肢はなかった。
「頼む」
『わかりました。ではわたしの後に続けて同じことばを言ってくださいね』
「ああ」
『ユー・ハブ・コントロール』
なにその恥ずかしいの?
「ゆ……。これ言わなきゃダメ?」
『お願いします』
「はあ。仕方ないな――」
俺は若干、投げやり気味に言う。
「ユー・ハブ・コントロール」
そのことばを口に出した途端、全身からすべての力が抜けていくような感覚が襲ってきた。
ええ? 体が動かない?
激しく動揺する俺を尻目に、なぜだかとても嬉しそうな声が頭に響く。
『アイ・ハブ・コントロール』
その途端、全身の筋肉が脈動し、自分の意志ではない力がみなぎっていくのを感じる。
そして俺の身体は、俺の意思とは無関係に動き出す。
まるで何者かによって突き動かされているかのように常人では考えられないような速度で飛び出した俺は、隙だらけのコボルドに組み付くとスタガリンブローを繰り出して地面へと叩きつける。なにが起こったのかも理解せぬまま痛烈なダメージを負ったコボルドの腕を取って、すかさずトライアングルランサーを極めた。これにはコボルドもたまらずタップ。
一匹めを屠った俺は、狂ったような高笑いをあげながら次の獲物に向かってダッシュする。
目の前で仲間が秒殺されたことに混乱しているコボルドの肩口に飛びつき、その勢いで首を足で挟み込んで、そのまま大きく上半身を振った遠心力でコボルドごと旋回する。勢いが乗ったままコボルドの腕を取りつつ首から足を外し、脇固めの体勢で豪快に地面へとねじ伏せる。ラ・ミスティカを極めた俺はコボルドの関節を粉砕した。たたみかけるように痛みに苦しむコボルドを強引に担ぎ上げてからのストームブレイカーが炸裂。最期はコーナーに上がって二階からのニャンニャンプレスで撃沈。
二匹のコボルドは、わずか三十秒で血祭りにあげられたのだった。
「ふうっと。こんなもんですかね」
ぽんぽんと手をはたきながら、俺でないなにかが、俺の口を使ってしゃべっている。
俺はこの殺戮劇のあいだじゅう、ずっと声にならない悲鳴を上げっぱなしだった。
「もう安全なので、お返ししますね」
俺でない俺がそう言った途端、急速に全身の感覚が戻ってきた。
手足を動かして、異常がないか確かめる。
うん、大丈夫なようだ。
「なんなんだよこれは!」
『先程は突然失礼いたしました。なにぶん非常時だったもので』
また頭の中に響く声だ。
「お前はなにものなんだ!?」
『自己紹介が遅れて申し訳ありません。わたしは汎用人型生命体制御ユニットです』
「はんよう……なんだって?」
『汎用人型生命体制御ユニット、です』
中二かな?
「ごめん。意味がわからない」
『あなたに危険が迫った時に手助けができるように、神につかわされたのです』
「神さまが?」
『はい。あなたが取得した能力があまりにも特殊だったため、神はたいそう心配されています』
へえ、いいところあるじゃん神さま。さすが神だね。
「華麗にできるって、そんなに心配されるような能力かねえ」
『そりゃあもう、カレーにできる能力なんて前代未聞だそうですから』
まあ、こんな能力を望む奴なんて俺くらいだろうな。
この天才以外に思いつくとは思えないね。
「制御ユニットとか言ってたけど、制御ってさっきみたいに俺の身体を乗っ取ることか?」
『乗っ取るというと聞こえは悪いですが、あなたが危機的状況に陥った時にお手伝いすることができますよ』
「敵を倒したり?」
『そうですね。戦う以外にも大抵のことはできますけど』
「そういや、お前ってどこから話しかけてるの? これってテレパシーみたいなものだろう? 頭に響くんだけど」
『どこって、あなたの脳内ですよ。こちらへ降り立つ時に脳に寄生して、一緒に来たのです』
「脳内かよ! やめてくれ、気持ち悪い」
『あー、もう脳と同化してしまいましたから、外科的処置でも摘出は不可能ですね。まあ、新しい器官ができたとでも思っていただければ』
「思えるわけないだろ! どこの世界にしゃべる器官があるんだよ!」
『特に肉体的な違和感はないでしょう?』
「違和感はないけど、気分的にな……。それにお前、これからもしゃべり続ける気か? いままで黙ってたのに」
『あなたが危機的状況になるまでは起動しない設定でしたからね。外部のモニタリングはしていましたが、まさかこんなに早く出番が来るとは思いませんでした』
「頭の中に声が響くって、ちょっと不快なんだよな」
『黙れとおっしゃるのなら黙りますが、わたしはけっこう便利ですよ。この世界のことも詳しいですし』
「じゃあ、いちばん近い街の場所はわかるか?」
『はい、ここから東に十二キロほどのところに小規模な街があります』
「えっと、東ってどっち?」
『あなたの真後ろの方角がだいたい東です』
ふむ、ということは来た道をだいぶ戻ることになるな。
というか、カバ車で追われていた少女と出会ったところで、進む方向を間違えたらしい。
「仕方ない、戻るとするか」
俺は丘を降りて街道を戻ることにする。
「ところでさ、俺の能力についてもわかるか? 訊きたいことがあるんだけど」
『概要は把握していますから、ある程度はお話できますよ。しかし、かつてない能力なので、神にも能力の全貌がわからないのです。使用してみないとわからないこともあるので、それも含めてフォローするように命じられています』
「そうか。とりあえず、俺の能力がアクティブスキルなのか、パッシブスキルなのか教えて欲しいんだが」
アクティブスキルは自分の意志で能動的に発動するスキル。パッシブスキルは意思に関係なく、受動的、反射的に発動するスキルのことだ。
俺は「華麗」の能力について、パッシブスキルを想定していた。わざわざ考えるまでもなく、自動的に発動し、あらゆる物事を華麗にこなすことができる。そんな能力だ。
しかし、この世界に来てからのことを考えると、「華麗」の能力が発動している感じはしないんだよな。なにか発動条件があるのか、それともアクティブスキルなのか。
『普通に考えて、もし「なんでもカレーにできる能力」がパッシブスキルだとしたら、とんでもないことになると思うのですが……』
「え、そうかな。便利だと思うけど?」
『もはや災害といっても過言ではないですよ』
「ふむ、災害か」
さもありなん。たしかにあらゆることが華麗にできたら、災害級にすごいことになるのかもしれない。
この強力無比な能力を全開にしたならば、例えばヒューマノイド・タイフーン(人間台風)の二つ名がついたとしてもおかしくないだろう。賞金首になるのはご免だが。(※漫画ネタです)
だが待てよ。
ただ歩くだけでも華麗になったら、それこそ目立ってしようがないんじゃないか?
あくびをするのも華麗。鼻くそをほじるのも華麗。立ち小便も華麗。
うん、うるさいね。アクティブスキルで良かったのかもしれん。
「発動させるには、どうすればいい?」
『対象を選んで「カレーになれ」と言うだけです。特定の対象に対してカレーにするという意志があれば、ことばを多少変えても問題ありません』
「ん、対象に使用するスキルなのか」
なるほど、戦う相手や、ダンスを踊る相手に使用するスキルということか――。
いや、ちょっと待て、もしかして「相手にだけ俺が華麗に思える」ってことじゃないだろうな。
俺自身の能力は上がらずに、相対的に相手の能力が下がるスキル。ならまだマシだが、相手に俺が華麗になっていると勘違いさせるだけのスキルだとしたら。微妙どころではないよな。
「これって、もしかして華麗だと思わせるってだけのスキルじゃないだろうな?」
『へっ? いえいえ、ちゃんとカレーになりますよ。思えるだけじゃ意味がないでしょう? もちろん出来栄えも保証します。神のカレーは、ひと味もふた味も違いますよ』
「そうか、安心した」
どうやら杞憂だったようだ。
しかし、対象に使用するスキルということは、俺一人ですることには発動しないのだろうか?
例えば、誰にも聴かれていないところで、思いっきり「華麗」に歌ったとしたら、最高に気持ちいいじゃないか。
「自分自身に対して使用することはできるんだろうか?」
『……カレーになりたいのですか?』
「そういうこともあるかな、と」
『あるんですか……。ええ、可能だと思いますよ』
「おお、そうか。それは楽しみだ」
『……』
いろいろと細かいネタを仕込んだりしてますが、わかってもらえないと寂しいので明示してみました。(※)が目印です。
あんまりやるとしつこいので、明示してないものもありますよ。
次回、「冒険、外来生物、エルフ」。