地獄への呼び声
「今ここに・・・、この世界に・・・! 魔王を倒す勇者を・・・、召喚したまえ・・・!!」
その言葉を言い終えると魔法陣が光を放ち、輝いた。
そして光の向こうには人影が見え、光が消えると人の姿がくっきりと見えた。
・・・勇者が召喚されたのだ!
「ああ勇者様、お待ちしておりました。 どうか魔王を倒し、この世界に平和を・・・。」
私に気付いたようで、勇者様がこちらに振り返った。
その時だった。
私は全身を強張らせた。
優しい好青年なイメージだった勇者様のお顔は、かなり凶悪な印象を植え付けるお顔だった。
こちらを見ているだけなのに、まるで睨まれているようだ。
そして、彼から邪気に近い気を感じとった。
「あ、あの・・・、勇者様?」
恐る恐る勇者様に話しかけてみた。
すると勇者様は私から目線を逸らし、周りを見回した。
そして口を開いた。
「ここは、どこだ・・・?」
意外に良い声だった。
「ここは廃教会。 そしてこの世界は、"あなたが居た世界とは違う世界"です。」
その言葉を聞いて勇者様は少しでも驚くと思ったが、実際はそうではなかった。
彼は黙ったまま、私を見つめている。
いや、睨んでいる・・・。
・・・このままだとヤバいかも。
「・・・一から説明しなければなりませんね。 とりあえず、ついてきてください。」
私は置いていた杖を持って、後ろを向いた。
そして奥にある扉を目指して歩いた。
しかし後ろで足音が聞こえなかったため、確認しようとした。
だが、しばらくして足音が聞こえてきたため、このまま歩を進めた。
扉へたどり着き、取っ手を掴んで手前に引いた。
そのまま扉の片側だけを開いて、勇者様に道を譲った。
勇者様は黙ったまま外に出て、私も後に続いた。
外に出ると、勇者様は私の動きを待っていた。
私は再び先導して、行くべき場所へと向かった。
後ろから勇者様の足音が小さめだが聞こえた。
しばらく林の中を進み、そこを抜けると崖に出た。
崖からの眺めは良く、遠くの方まで見える。
手前の方には小さな村が見える。
「これでご理解いただけましたか?」
勇者様は手前から遠くまで見渡している。
しばらくして、口を開いた。
「確かに知らねえ場所だが、これでは証明にならん。」
腕を組み、私を見下ろしながらそう言った。
「そんなぁ・・・。 では、どうすれば納得してもらえるのですか・・・?」
「さあな。 魔法かなんか使えばいいんじゃねえか?」
勇者様は面倒くさそうに答えた。
私は思わずムッとなった。
私は杖を天へ掲げた。
そして精神を集中させた。
次の瞬間、勇者様が声を上げた。
「お、おい! なんだこりゃ!?」
見てみると、勇者様は空中に浮かんでいた。
いや、私が浮かばしたのだ。
「空中浮遊の魔法です、勇者様。」
先程まで表情を一切変えなかった勇者様だったが、さすがに少し慌てていた。
私は少し笑いそうになったが、我慢した。
魔法を解き、勇者様を地面に下ろした。
とりあえず勇者様は、ここが異世界であることは一応理解してくれた。
現在は坂で崖を下りながら、勇者様と話をしている。
「今この世界は魔王率いる軍団により、恐怖のどん底に落とされかけているのです。」
「魔王?」
「はい、魔王"サイガイ"です。」
「災害?」
「サイガイです。」
魔王サイガイ。
突如現れた邪悪な魔王。
世界を征服するために、あちこちで手下を暴れさせている。
「サイガイを倒すため、あなた様をお呼びしたのです。」
「なぜ俺なんだ?」
「わかりません。 私は「勇者」を召喚しただけですので・・・。」
「勇者」を召喚したら彼が来た。
ということは、彼こそが「勇者」で間違いない。
「そのサイガイとかいう奴は、強いのか?」
勇者様の方から話しかけてきた。
「ええ。 強大な力を持った者だと言われております。」
「そうか・・・。」
その時だった。
彼の顔が「邪悪な笑み」を浮かべていたところを、私は見逃さなかった。
・・・本当にこの人が勇者様なのだろうか?
「あ、あの、引き受けてくれますか・・・?」
「ああ、もちろん。 強い奴と戦えるのなら何でもいい。」
・・・もう一度言う。
本当にこの人が勇者様なのだろうか?
「あの、勇者様。 今後の予定などはお考えですか?」
「あ? んなもんねえよ。」
「へ?」
「とりあえず、魔王と子分どもを皆殺しにすればいいんだろ?」
「え、えーと・・・。 物騒な言い方ですが、大体当たってます。」
怖いよこの人。
本当に勇者様なのだろうか?
なんかだんだん自信が無くなってきた。
坂を下るのが終わり、現在森の中を歩いている。
しばらくなにも話すことが無かったため、沈黙が続いていた。
なんとも気まずかった。
と、その時だった。
「ん?」
勇者様が足を止め、周りを見渡している。
一体どうしたのだろうか・・・?
しばしの沈黙が続いた。
そして突然、勇者様が右側の大きな草むらの中に飛び込んでいった。
「ぎゃあ!!」
すぐに草むらの中から声が聞こえた。
しかし、その声は明らかに勇者様のものではなかった。
高めの声で、子供のような・・・。
ガバァ!!!
「ひっ!」
目の前の草むらの中から突然勇者様が出てきたため、思わず変んな声が出てしまった。
しかしよく見ると、勇者様の脇には子供が抱えられていた。
「その子は・・・?」
「知らねえ。 ここに隠れていやがった。」
子供は姿からして男の子だろう。
なぜ、男の子が森の中なんかに・・・。
「話しやがれ、魔王の手先め!!」
「えっ!?」
魔王の手先!?
もしかして、私たちを魔王の手先と勘違いしてるのかな?
「俺たちが魔王の手先だって?」
「とぼけるな! 俺たちの村の金や食料を奪っているくせに!!」
金や食料を奪う・・・?
村って、さっき手前に見えた村のことかな?
すると勇者様は子供を離した。
当然抱えられてた状態から手を離されたので、男の子は地面に落とされた。
ドシンッ という音がした。
「いってぇ・・・。」
「だ、大丈夫・・・?」
私は倒れた男の子を優しく起こした。
一方、勇者様は近くの木を登り始めた。
私は声をかけようとはしたが、その前に勇者様はどんどん上に登ってしまい、あまりよく見えなくなった。
「ごめんね。 あの人、少し変で・・・。」
「・・・。」
勇者様が戻ってくるまで、私は男の子と話していた。
まだ、私たちのことを疑っているようだが・・・。
「大丈夫。 あの人は人相は悪いけど、魔王を倒そうとしている勇者なのよ。」
「ゆ、勇者・・・?」
「そう、勇者。」
私は精一杯の微笑みを作って言った。
だけど、男の子はまだ微妙な顔をしている。
まあ、気持ちはわかるけど。
「お、お姉ちゃんたちは、魔王の手先じゃない・・・?」
「ええ、もちろん。」
私は男の子の頭を撫でながら答えた。
背はかなり小さいので、おそらく9歳以下だと思う。
そんなことをしていたら、木の上から勇者様が飛び降りてきた。
「ひゃっ!?」
いきなりだったため、また変な声が出てしまった。
勇者様は登った木の方向を向き、その木からやや右を向いた。
「な、なにをしているのですか?」
先程言えなかったことを今言うことができた。
勇者様は腕を回しながら口を開いた。
「村の方角が分かった。」
そういうと、大股で茂みを越えて森の奥へ進んで行った。
「あっ、待ってください!」
私は男の子の手を握り、勇者様の後を追った。
本当に・・・、大丈夫なのだろうか・・・?
しばらく森の中をずんずん歩く勇者様を追っていた。
私がローブだから歩きにくいのもあるのだろうが、勇者様はとても軽やかに森の中を進んでいる。
この人は一体・・・。
そう考えていると、奥に出口が見えた。
森を無事に抜けると、草原に出た。
そして数メートル先には村があった。
「あそこが俺たちの村だよ。」
男の子は指差しながら言った。
ということは、あの村に魔王の手先がやってくるのね。
勇者様は再び村を目標に歩み始めた。
「今は魔王の手先はいないの?」
「うん。 だが、あと数十分後に来ると思うな・・・。」
数十分後・・・。
ついに勇者様と魔王軍がぶつかるのね・・・。
村へと着いた。
畑仕事をする男性。
立ち話をする女性。
走り回る子供。
平凡な村だった。
「本当にここに魔王の手先が?」
「うん。 今は平和だけど、いずれ・・・。」
魔王の手先がせめて、荒らされると・・・。
「数日前からそんな感じでさ。 誰もなにもできず、大人しく金と食料を献上するだけなんだよ。」
数日前から・・・。
確かに魔王への反抗を恐れて、誰も手を出そうとはしませんからね・・・。
魔王軍は強大な軍団で、敵に回せば命はないですからね・・・。
「勇者様。 魔王の手先が来たときには、私たちは一旦どこかに隠れましょう。」
「なぜだ。 魔王たちを皆殺しにするのが俺の役目だろ?」
はぁ・・・。
この人は・・・。
「ここで魔王の手先を襲ったら、この村も狙われる危険性があります。」
「そうなのか。」
全くこの人は・・・。
私が居なかったらどうなっていたことか・・・。
私たちは村の端の方に待機した。
たぶんこっちからは入ってこないと思う。
「いいですか。 村から出て行ってもすぐに襲ってはいけません。 村から十分離れた場所で戦ってください。」
私は勇者様に説明をした。
勇者様はとりあえず、口では「わかった。」と言ってはくれた。
しかし、武器も持たずにどうやって戦うつもりなのだろうか?
「あの、勇者様。 武器とかは持たないのですか?」
「奴らと戦ってから考える。」
つまり、考えてないということですか・・・。
本当に大丈夫なのだろうか・・・。