表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美波は超特急~異次元の扉を駆け抜けた少女~  作者: 宇目 観月(うめ みづき)
5/15

美波、パパと一緒に駅で人を助ける


七月、梅雨も明け、今年も暑い夏がやって

来た。

 

美波はパパと毎朝練習を続けている。


美波はいつも早起きだ。

だって、早く起きると近所の瀬田せたさんの家のねこに会えるから。

 

瀬田さんの家は二軒にけんとなりにあってすごく大きい。初老しょろうのご夫婦だけど、おまごさんがいないので、美波を本当のまごのように可愛かわいがってくれた。


瀬田さんの猫はルルといって、毛並けなみのいグレーの猫だ。さわると気持ちいい。

ひとみ金色きんいろで、なかくろが大きくなったり小さくなったりする。


美波はルルと大の仲良し。

ルルは気が向くと美波の家に遊びに来て、玄関の前で行儀ぎょうぎよくすわってっている。


美波が早起きになったのはルルのおかげ。

だけど、気まぐれな猫なので、何日も来ない時がある。そんな時はさびしくてガッカリだけど、美波は毎朝玄関に出てルルが居ないかたしかめるのが習慣しゅうかんだった。


ルルが居ないかたしかめたあと、美波は寝坊助ねぼすけなパパをこしに行く。

 

「パパ、早く起きて! 練習行くよ」


と美波は元気な声でパパを起こす。


毎朝、朝食前に一時間ほど、近くの神社の階段をダッシュしたり、学校のそばゆるやかな坂道でスタートやダッシュの練習を繰り返すのが日課。


もちろん、パパは年なので、自転車で美波の後について来てコーチするだけ。

ルルが気まぐれでついて来る時もあり、そういう時はうれしくて、美波は練習に力が入る。

土日や雨の日は休養日。



◇◇



美波も夏休みに入ったある日、美波の足の速さがやく事件じけんが起きた。


その日は土曜日で、ママは休日きゅうじつ出勤しゅっきんで朝から会社に出かけた。

練習は休みなので、パパは十一時頃リビングに起きて来た。


「パパ、いつまで寝てるの? 今日はお休みなんだから、美波とどこかに遊びに行こうよ。ねえ、豊島園連れてってよ、もうプール開放してるから。美波あそこのちょうながいスライダーに乗りたい」


と美波が言った。

パパは寝ぼけまなこをこすりながら、


「はい、分かりました、おかしら!」


とおどけた。


「何それ、馬鹿ね!」


と美波が笑う。


昼食を食べてから豊島園に二人で行くことにした。もっとも、パパには朝食だったけど。



◇◇



地元の駅に着くと、暑くて暑くて二人とも汗びっしょり。

真夏のお昼時ということもあり、夏休みの土曜日にしては駅に人影ひとかげはまばらだった。

 

パパは美波と手をつなぎ、水着やタオル、うき袋などの入ったスポーツバッグを肩にかけ、駅のホームをのんびり歩いていた。

暑いので、二人ともTシャツにたんパン姿で、ビーチサンダルをいている。


ホーム中ごろに冷房れいぼういた待合室まちあいしつがあった。五人ほどお客がいたが、二人は乗りえの便利べんりを考えて、乗り換える駅の出口が近い、ホームの先端せんたんの方まで歩いて行った。


駅はホームの先端が先細さきぼそりになっていて、転落てんらく防止ぼうしへきもない旧式きゅうしきの駅だった。


二人の前をホームの先端に向かって、ハイヒールを履いたジーンズに赤いTシャツ姿の若い女の人が歩いていた。

体調が悪いのか、足取あしどりがフラフラしていてあぶなっかしかった。

歩きながらハンドバッグから何か取り出そうとしている。


すると突然とつぜん、その女の人が何か化粧品けしょうひんのような物を落とした。そして、それを拾おうとしゃがんだ次の瞬間、その女性はバランスをくずし、アッという間にホーム下に転落てんらくしてしまった。


美波とパパは呆然ぼうぜんとしてその様子ようすを見ていたが、どうしていか分からない。

とりあえず、急いで近くにり、パパが、


「大丈夫ですか?」


とホーム下の転落した女性に声をかけた。

美波は驚いて、まるくしてその女性じょせいをじっと見ている。


しかし、女性は頭を打ったらしく、意識も朦朧もうろうとした様子で線路上せんろじょうに横たわり、

 

「ウーン」


うめきながら、手足をよわ(よわ)しく動かしているだけだ。


パパはとにかく駅員を呼ぼうと思い、歩いてきた方向を振り返ってみたが、駅員は誰もいない。駅事務所はこちらのホームと反対側の改札かいさつくち付近ふきんなのでかなり距離きょりがある。


「まいったなー、美波、ちょっとこれ頼む」


と言って、パパは荷物を美波に渡し、ホーム下に飛び降りた。


パパはカッコよく女性をおひめさまっこして、ホームに持ち上げるつもりだったけど、女性はびくとも動かない。

それほど大柄な女性ではなかったが、気絶きぜつした女性を持ち上げるなんて、五十過ぎの男一人では無理だということに、パパはようやく気がついた。


何とかころがして、ホームの下の隙間すきままで避難ひなんするのが精一杯せいいっぱいだ。

でも、それもなかなか上手うまくいかない。

ぐったりして動かなくなった女性の体は軟体なんたい動物どうぶつのようにクネクネして、とても重い。


「よいしょ! よいしょ!」


と言いながら、パパは悪戦あくせん苦闘くとうした。汗がダラダラ流れてきて、手もすべるし、パパが着てる服もグッショリだ。ホームの上からは美波が、


「パパ大丈夫? お願い、早くして! 電車来ちゃうよ!」


と手をみしだき、サンダルをパッタンパッタンいわせて飛びねながら、涙声なみだごえさけんでいる。その時、


もなく、二番線を電車が通過します。黄色い線の内側までお下がりください』


とアナウンスが流れた。

もうすぐ急行電車がこの駅を通過する。

あともう少しで、パパは女性を線路わきまで移動できそうだったけど、間に合うかどうか分からない。


パパはあわてて周囲を見回した。

でも、ホームには美波以外(いがい)だれない。

パパは美波に早口でこう言った。


「美波! あそこに非常ひじょう停止ていしボタンがあるだろう!」


と電車が来る方角ほうがくのホームじょうの柱を指さし、


「あれを押してきてくれ! 柱についている黄色い箱だ! あの赤いボタンを押せば、電車が止まる、早く頼む!」


と大声で言った。

美波はパパの指さす方向を見て、


「分かった、あれね!」


と指さして、素早くサンダルをすててると、次の瞬間、疾風しっぷうのように駆け出した。

速い、速い、まるでつむじ風のように駆けて行く。


「うおおー!」


かんだかい声で叫んでいる。


四十メートルくらいの距離があった。

美波は必死だった。

生まれてこのかたこんなに全速力で走ったことはない。


[早くしないとパパが死んじゃう! パパ、パパ、お願い、死なないで!」


と美波は心の中で叫んでいた。黄色いボックスの二メートルほど手前で、美波は、


「おりゃ!」


と言ってジャンプした。 

まるでばこでも飛ぶような感じで、大きく両手を前に突き出し、右の手の平で赤いボタンを思いっきり叩いた。

そして、跳び箱を飛んだ後のようなポーズで両手を広げて地面に着地した。


パパがそこまで見届けた時、ちょうど百メートルほど先のカーブを曲がった電車が近づいて来るのが見えた。


パパは最後の力を振りしぼり、何とか女性をホーム下のスペースまで移動させ、電車の通過にそなえて、自分も女性の近くにせた。


『ギギイーー、ガタン、ガタン、キイイーー!』


という電車のブレーキ音があたり一面に鳴り響いた。電車は減速げんそくしながら進み、パパと女の人の数メートル手前で止まった。


電車が停止ていしすると、パパはおそおそる顔を上げた。三メートルほど手前に電車はまっていたが、間近で見上げる電車は、まるで巨大な怪物のようだった。


パパが立ち上がると、ホーム上には駅員をふくめ、かなりの人が集まって来ていた。パパが駅員に手を貸してもらいホームに上がると、美波は泣きじゃくりながらパパの腕の中に飛び込んだ。


パパが助かった安堵感あんどかんと、さっきまでの恐怖心が入りじり、パパのおなかあたりに顔を押しつけて、


「パパ、パパ」


と言いながら、大声で激しく泣いた。



◇◇



その後、女の人は担架たんかで救急車に乗せられ病院に運ばれて行った。

ホームには人だかりができ、駅の外にはパトカーが来るわ、救急車は来るわで大騒ぎになった。後日、パパが警察の人から聞いた話では、あの時、女性は前の晩から朝までお酒を飲み過ぎ、泥酔でいすい状態じょうたいでホーム下に転落したらしい。 


頭を打って気絶していたのではなく、実は気持ちよくグーグー寝ていたのだそうだ。

転落した後のことは全く覚えていないらしい。二、三日で退院し、今は元気に生活しているとのことだった。

お礼の連絡も何も無かったが、元気にしていると聞いて、美波もパパもとても喜んだ。


さて、女性が担架たんかで運ばれた後、パパと美波は駅事務所で一時間ほど事情聴取じじょうちょうしゅを受けた。

転落事故てんらくじこが起きた時の状況や、女性の様子、二人がとった行動こうどうなど、いろいろなことをこまかく聞かれた。


美波はホッとして疲れが出たのか、駅事務所のクーラーも気持ち良かったので、事情聴取の途中で寝てしまった。

今は泣き止んで、二人並んだソファの上でパパの肩のあたりに頭をもたれてスヤスヤ眠っている。


事情じじょう聴取ちょうしゅちゅう、美波は駅長さんから、


「おじょうちゃん、えらかったねー」


と何度もめられた。


だけど、事情聴取が終わると、意外いがいにもパパは駅長さんからしかられた。


「お父さん、いおじょうさんを持って幸せですね。ですが、一つだけ私に言わせて下さい」


と駅長さんは切り出した。


「あなたがとった行動で、確かにあの女性の命は助かりました。人命救助というとうと行為こういだと私も思います。しかし、冷静になってよく考えてみて下さい。とっさにホーム下に飛び降りるという行動がどんなに危険なことか」


人命救助をして、まさか苦情くじょうを言われると思っていなかったパパは、少し驚いた様子でだまっていたが、


「どういうことでしょうか?」


と言って、駅長さんの次の言葉を待った。


「私はこう思います。あなたは女性が転落したのを目撃した直後、まず最初に非常停止ボタンを押すべきでした。そして、次に駅員を呼ぶべきです。そうすれは、あなたは頭を打ってたおれている人を無理に動かさずにすんだ。また、お嬢さんをあんなに心配させることもなく、あなた自身も危険に身をさらす必要はなかったはずです。考えても見て下さい。もしあの時、お嬢さんがあなたを手伝いにホーム下に降りて来ていたら今頃どうなっていたと思いますか? あの女性だけでなく、あなたも、お嬢さんも含めて三人とも命を落としていたかもしれないんですよ」


と駅長さんは言った。


その言葉を聞いたパパはゾッとした。

確かに駅長さんの言う通りだ。

パパは愕然がくぜんとして、見る間に顔が青ざめていった。電車が近づいてきた時の恐怖が脳裏のうりによみがえる。

パパは今更いまさらながらぶるいをきんなかった。

駅長さんは続けて言った。


「しかも、お嬢さんが一生懸命走って押してくれた非常停止ボタンは、転落現場から一番遠いボタンだったんですよ。電車が来た方向と反対側をよく見れば、五メートルほど先にもう一つ非常停止ボタンがあるのを確認できたはずです。当社は四十メートル間隔かんかくで非常停止ボタンを設置せっちしていますので」


その言葉を聞いて、パパは目がてんになった。

あの時、パパは電車が来る方向ばかり気にしていて、後ろを見る余裕よゆうがなかった。


[そういえば、確かにホームの先端の方にも非常停止ボタンがあったような気がする]


とパパはホームの情景を思い浮かべながら思った。そして、額に手を当て首を振った。

パパは自分の迂闊うかつさがいやになった。


「でも、まあ今日はとにかく無事にすんで良かった。これからは、軽はずみにホーム下に飛び降りたりせずに、危険を感じたら、まず非常停止ボタンを押すように心がけてください。ホーム下に降りるのは勇気ではなくて、無責任で無謀むぼうな行為だということをよく覚えておいて下さい」


と駅長さんは言った。そして、


「ちょっと、今日は私も言い過ぎましたかな? いや、すみません。気を悪くされたらお許しください。それにしても可愛いお嬢さんですね」


と言って、寝ている美波の顔を見て笑った。


「いえ、考えてみれば確かにおっしゃるとおりです。大変勉強になりました。以後、気をつけます」


と言って、パパは頭を下げた。


その後、二人は家に帰ることにした。

もうプールどころの気分ではない。

美波も目を覚まし、


「私、家に帰りたい。もう疲れた」


と言った。


駅事務所を出ると、警察の人がわざわざパトカーで家まで送ってくれた。

家に着くと、玄関先でルルが待っていた。

疲れて帰ってきた二人を見て、心配そうに、


「ニャーオ」


と声を出して近づいて来た。

美波はルルを抱き上げ、


「ルル、ただいま。今日ね、大変なことがあったんだよ」


と言ってルルに頬ずりした。



◇◇



夜、ママが仕事から帰ってきた。

美波はとても疲れていたので、夕飯を食べた後、一階に降りて先に寝てしまっていた。


パパは今日一日の出来事の一部始終を、ママにくわしく話して聞かせた。

ママは驚き、真っ青になって話を聞いていたが、話を聞き終わるとこう言った。


「それは駅長さんの仰るとおりね。とにかく、二人とも無事で良かった。これからは、パパも軽率けいそつな行動はしないでね。パパが元気なのは私たちも嬉しいけど、もう五十過ぎたでしょう? 美波のためにも、私のためにも長生きしてね」


と言ってパパの手を握った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ