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美波は超特急~異次元の扉を駆け抜けた少女~  作者: 宇目 観月(うめ みづき)
3/15

美波、学芸会で奮闘する


五月になると、学芸会の準備が始まった。

新緑しんりょくまぶしい季節。


美波の小学校は音楽に力を入れているユニークな学校で、毎年十一月に音楽祭、二年おきに五月祭として学芸会が開催かいさいされる。

ちなみに、運動会は毎年九月。



美波は主人公役に選ばれて大喜おおよろこび。


主人公といっても四人いて、全体の四幕よんまく一人一幕ひとりひとまくずつえんじるのだが、美波は第四幕

の一番重要なやくまかされた。


「ママ、私ね、最初はオーディションで別の役を希望きぼうしたの。主人公に魔法まほうの力をあたえる妖精ようせいの役。そしたら、村神むらかみ先生がね、美波さんは主人公の海賊かいぞくやくをやりなさい。あなたにピッタリよって言うのよ。セリフが複雑ふくざつで長いから、少し大変なんだけどね。村神先生にたのまれたらいやとは言えないじゃない。だから私、引き受けることにしたの」


と言って、毎日パパを相手にもう特訓とっくん


仕事から帰ったパパを夜遅くまでひとめ。



パパも仕事でつかれてたけど、


「美波のためなら仕方しかたない」


と言って、とことんつき合った。



◇◇



「パパ、ダメじゃない、そこはもっと感情入れないと、セリフぼうみよ。さあもう一回やってみて」


と美波がおこる。


『おかしら! 命だけはお助けください。故郷こきょう年老としおいた両親りょうしんっているんです。おれは今

ここでぬわけにはいかねえんです』


と今度は、パパがおおげさにゆかひざまずいてセリフを言う。


「パパ、その調子ちょうし。だいぶくなったよ。

じゃあ今度は私のばんね」


と続けて、


仕方しかたがねえなあ。今度俺様こんどおれさま命令めいれいさからったら、二度にど故郷こきょうに帰れないと思え。かったか!』


と自分のセリフを大声で言う。


こんな調子ちょうしで、美波がまるで演出家えんしゅつかみたいに毎晩遅くまで、えん(えん)練習れんしゅうかえすので、パパは最後には、どちらが特訓されているのかわけが分からなくなった。


おまけに、いつも最後の仕上しあげにホウキをけん見立みたて、戦闘せんとうシーンの練習を繰り返す。


ドッタンバッタンうるさくて、さすがに一階で先に寝ていたママもたび(たび)起きて来て、


「もうおそいから、いい加減かげんにしなさい!」


と二人をしかるのだった。



◇◇



こうして三週間、毎日特訓し、セリフも演技も完璧になった頃、美波が熱を出した。


学芸会の二日前だった。


美波が朝からボーッとして元気がないので、

ママが美波のひたいに手を当てた。


とても熱い。


顔も赤く、声もガラガラ、せきもひどい。

体温計で計ってみると三八・七度もある。


ママはきゅうきょ仕事を休んで、近所の病院に

美波をれて行った。



医者いしゃさんは、ただの風邪かぜだが、二、三日

安静あんせいにしているように言った。


薬をもらい、美波はその日学校を休んだ。



◇◇



学芸会がくげいかい無理むりかもしれないわね」


家に帰ってから、ママが美波に言った。


「そんなのいや! 私、絶対学芸会出るからね。今日だってリハーサルがあったのに、みんなに迷惑めいわくかけちゃった。くやしい、私、明日ぜったい学校行くからね、ゲホゲホ」


せきをしながら、美波はって聞かない。



担任の村神先生が心配して、夜、家に電話をかけてきた。


村神先生は若い女の先生だ。


電話をとったママはしばらく先生と話し込んでいたが、電話を切ると美波にこう言った。


「村神先生がね、美波はこれまでよく頑張ってくれたって。みんなをまとめて色んな演出上のアイデアも出してくれて、みんなをここまで引っ張って来てくれたって。みんな美波に感謝してるし、だれも美波を責める人はいないって。でもね、美波が肺炎にでもなったらいけないから無理しないでって。難しい役だから代役は六年生に頼むそうよ。その子、劇団に通ってる子でね、美波と同じ役を一度やったことあるんだって。だから心配しないでゆっくり休んで、早く風邪を治して、また元気に学校に来てねって先生言ってたわよ」


それを聞いて美波は泣き出した。



頭から布団ふとんをかぶって、時々(ときどき)みながら大声でワーワー泣いた。



◇◇



次の日は、パパが仕事を休んで美波を看病かんびょう

した。


パパはおかゆを作ったり、氷枕こおりまくらを取りかえたりして、いろいろと美波の世話せわをやいたが、美波は布団ふとんにくるまって、あまりくちをきかなかった。



夕方近くになって一言ひとことだけこう言った。


「パパごめんね。あんなに練習したのに、

こんなことになっちゃって」


「いいんだよ美波、パパこの三週間楽しかったよ。そりゃあパパだって、美波の晴れ姿を見たかったけど、仕方ないさ。また次の二年後にリベンジしよう」


「うん」


美波は小さな声でうなずいた。



◇◇



次の日は土曜日で学芸会当日がくげいかいとうじつ


パパもママも仕事は休み。

美波も学芸会は欠席けっせきだ。


「今日は久し振りに、ビデオ屋さんで映画でもりて来て、三人でゆっくりようか?」


朝起きると、パパが提案ていあんした。



だけど、美波はどうしても学校に行くと言い出した。


「ねえ、パパ、ママ。私を学芸会に連れて行って。ほら熱も下がったよ」


と言って、体温計を見せる。

三六・五度、確かに平熱へいねつだ。


「私、声ガラガラだから、どうせお芝居しばいできないけど、みんなが頑張がんばっているところを、このきつけておきたいんだ」


るだけだったらいいけど、かえってくやしくならない?」


とママがいた。


「うん、大丈夫。代役だいやくの六年生の人の演技も、ぜひ参考さんこうに見ておきたいの」


「じゃあ、しょうがないわね」


と言ってママが同意どういし、三人で学芸会を見に行くことになった。



◇◇



四年生の出番の時間帯をはからって、

三人で出かけた。


学校に着くと、体育館の外で出番待ちしていたクラスの子たちが美波をざとくつけ、


「美波!」


と言って、駆け寄って来た。


みんな口々(くちぐち)に、


「美波、風邪大丈夫?」


「やったー! 美波、来てくれたんだー!

嬉しい!」


「美波、会いたかったよ!」


などと声をかけながら、あっという間に大勢の生徒たちが美波を取り囲んだ。


未央ちゃんや彩芽ちゃん、桜ちゃんたちは、美波をハグしたり、肩をたたいたり、腕をつかんだり、もうしくら饅頭まんじゅうの様にもみくちゃになった。


あまりの人気ぶりに、パパもママも唖然あぜんとしながら見守みまもっていた。



海賊の衣装を着た代役の六年生の女の子も

美波に近づいてきた。


「あなたが有名な超特急の美波ちゃんね。

私、六年二組の千秋ちあき。よろしくね」


とその女の子は言った。


サバサバした気さくな感じの生徒だ。

六年生なのでさすがに大きい。


「四年一組の美波です、よろしく。今日は

代役を引き受けてくれてありがとう」


と美波があいさつする。



すると、千秋ちゃんはこう言った。


「ふーん、あなた声出るじゃない。少しガラガラだけど、海賊役かいぞくやくだから、ちょうどいいんじゃない? ねえねえ、こういうのどうかな? あなたのせきまらなくなったら、私がわってあげる。『美波さんは風邪かぜをひいているので、私が交代こうたいします』と言って出てってあげる。だから今日は、練習のつもりで気楽にってみない?」


本当ほんとうに?」


と美波が目をかがやかせた。


「当り前よ。これまで、みんなと一緒に頑張って練習してきたんでしょ? 私、劇団やってるから、今のあなたの気持ち良く分かる。それに私だってあなたの演技見てみたいもん。メッチャ上手うまいって、みんなから聞いたよ。どう、ってみる?」


「うん、私、やってみます!」


と言って、美波がパパとママの方を見る。


こうなってはパパとママもお手上てあげだ、

仕方なくうなずくしかなかった。



横できを見守みまもっていた担任の村神先生がパパとママに笑顔でお辞儀じぎをし、


「じゃあ、決まりね。もう直ぐ出番だから、

美波さん、向こうで衣装に着替えなさい」


と言った。すると、


「やったー!」


「美波、頑張ろうね!」


「美波ファイト!」


などと、みんなから歓声が上がった。



◇◇



舞台の幕が上がる。



パパもママも、美波がしくじったらどうしようと、気が気じゃなかった。


二人とも観客席に並んで座り、緊張した面持おももちちで芝居を観賞かんしょうした。



舞台は笑いあり、涙あり、アクションありの

息もつかせぬ展開で、一幕、二幕、三幕と、

順調に進行していった。

 

小学生の演劇にしては、音響も照明も、

舞台の飾りつけも素晴らしかった。



そして第四幕、いよいよ美波の登場だ。


美波は自信にあふれ、堂々(どうどう)と落ち着いて

やくえんじた。


美波の演技はえわたり、とても迫力はくりょく

あった。


昨日まで寝込ねこんでいたのに、あの小さなからだのどこから、こんなすごいエネルギーが出て来るのだろうと、パパもママもおどろいた。 


風邪をひいているとは思えないほど、声は大きくりがあった。


若干じゃっかんかすれた様な声を出す場面ばめんもあったが、セリフが聞き取れないほどではなかった。


千秋がちゃんが言った通り、そのかすれ声が海賊かいぞくらしくて、かえってプラスの効果こうかをかもし出していた。



パパもママもハラハラしながら、舞台を見守

った。


でも不思議なことに、家であれだけ咳き込ん

でいた美波が、舞台の上では、まだ一度も咳

をしていない。


だが、後半こうはん重要じゅうよう場面ばめんで、美波はとうとうせき発作ほっさおそわれた。



けんげたまま美波はうごかない。


[どうしたんだろう? セリフをわすれてしまったのだろうか?]


とパパとママは心配しんぱいした。


二人の席は前列の右端の方で、左端の舞台(そで)から心配そうに美波を見守る千秋ちゃんの姿が見えた。


四~五秒は間がいた。


どうやら、美波はこみ上げてくる咳を必死で我慢がまんしているようだ。


美波は目をじて下を向き、

いきめた。


そして呼吸こきゅうととのえ、次のセリフを言おうとした瞬間しゅんかん、とうとう咳が出た。


剣を持ったまま両手をひざにつき、


「ゴホン、ゴホン、ゲホ、ゲホ」


と咳き込んだ。


観衆かんしゅう固唾かたずをのんで見守みまもっている。



舞台袖の千秋ちゃんが、交代するために舞台に出ていこうか、まよっている様子ようすが見えた。


ところが一瞬いっしゅん咳がおさまったすきに、美波は前を向いて立ち上がり、剣を片手に両手を広げ、


『うおおおー!』


さけんだ。


そして、


『ちくしょう! 俺様は風邪を引いちまっ

たぜ!』


と大声で言った。


すると、会場からドッと笑い声が起こった。



美波の苦しまぎれのアドリブだ。


だが美波の突然のアドリブに、家来役の子たちも、妖精役の子たちも反応はんのうできない。


無理むりもない。


アドリブの練習なんて、してこなかったんだ

から。



でも、千秋ちゃんだけが、美波のアドリブに即座そくざ反応はんのうした。


『おかしら咳大丈夫せきだいじょうぶですか!』


舞台袖ぶたいそでからするどく声をかける。


『ああ、俺様は大丈夫だ・・・』


と言って、美波がまた咳き込み始める。



すると、家来役の彩芽ちゃんや桜ちゃん、

妖精役の未央ちゃんまでもが、


『おかしら! 大丈夫ですか!』


口々(くちぐち)さけびながら美波に駆け寄り、美波の背中をなでたり、腕をつかんで美波をささえたりし始めた。


もう、演技なんて関係ない。


みんな美波のことが心配で、われ先に美波のところに駆けつけたんだ。



パパもこらえきれず、


「美波、がんばれ!」


と叫んだ。


美波が咳をしながらパパとママの方を見る。


「美波、しっかり!」


とママも叫んだ。



すると会場のいたる所から、


「がんばれ!」


「負けるな!」


と声が飛んだ。


そして、会場全体から自然に手拍子てびょうしがわき起こった。



その手拍子てびょうしは一、二分続いた。


すでに、舞台のBGMも一時いちじストップして

いる。 



そのかんに、美波の咳の発作ほっさはようやくおさまったようだった。


今はみんなにニコニコ笑顔を向けながら、

呼吸こきゅうととのえている。



手拍子が静かになると、千秋ちゃんの指示で

みんなそれぞれ自分の定位置ていいちもどった。



音楽が流れはじめる。


美波が咳き込み始める前のセリフから、

芝居しばい再開さいかいした。



その後、美波は激しく咳き込むこともなく、

徐々(じょじょ)に自分のペースを取りもどして行った。


美波が少し苦しそうに息を止めたり、

少しだけ咳をしたりするたびに、


「美波ちゃん、がんばれ!」


と会場からあたたかい声援が飛んだ。


 

元のペースを完全に取り戻した美波の迫真の演技に、会場内はシーンと静まり返った。


そしてついに、美波は千秋ちゃんと交代することなく、最後まで芝居を演じきった。


美波が最後のセリフを言い終わり、エンディングを迎えると、小学校の学芸会にはめずらしく、観客はスタンディングオベーションで拍手喝采はくしゅかっさいし、子供たちの健闘けんとうたたえた。


興奮こうふんして、


「ブラボー、ブラボー!」


と叫ぶ保護者ほごしゃまでいたほどだった。



「あのって、頑張がんばね」


ママが瞳をうるませながらつぶやいた。

 

「そうだな」


パパも声をまらせながらうなずいた。

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