美波、小学四年生になる
時が経ち、美波も今年四月で小学四年生。
今は桜が満開の季節。
小学校でも美波は運動会で大活躍。
徒競走では三年連続ダントツ一位。
クラス対抗リレーでもアンカーに選ばれ、
他の選手をごぼう抜き。
上級生も先生たちも驚いた。
美波が走ると、
「あの子スゲー!」
「マジか、超速えー!」
とか、会場内もどよめいた。
小学校に入って三年も経つと、美波もだいぶ落ち着いて、腕白して友達を泣かせることも少なくなった。
でもたまに、自分が納得いかないと、例の
短気・勝気・生意気スイッチがオンになり、
徹底的に友達をやっつけてしまう。
いまだにママの心配の種は尽きない。
◇◇
美波には保育園から仲良しの未央ちゃんと
彩芽ちゃんという二人の友達がいた。
美波はお絵書きとか折り紙、おママゴトなどは大の苦手。
保育園では男の子とばかり遊んだが、この
二人とは、よく一緒にお泊り会をした。
近所のお祭りや、地区のハロウィン集会にも
参加した。
二人がイジメられたら、美波は絶対に許さ
ない。
相手が謝るか、泣くかするまで徹底的にやっ
つける。
そして最後に、
「未央と彩芽をイジメたら、私が絶対に許さないから!」
と啖呵を切った。
◇◇
こういうと、何だか美波が鬼のように恐ろしい女の子に思えるが、美波にも女らしいところはある。
二重瞼で色白で、黒い瞳はいつもいたずらっぽく輝いて魅力的。
肩まで伸びた豊な黒髪は、活動的なので、
いつもポニーテールにしている。
鼻筋も通っていて歯も綺麗。
笑った顔が可愛いし、かなりいい線いってる
感じ。
背丈はクラスの真ん中くらい。
しいて美波の容姿の欠点を上げるとすれば、
毛深い点かな。
あと、よく見ると太モモとふくらはぎが少し発達し過ぎてるかも。
「ねえねえ、ママ。私って、なんでこんなに毛深いのかな。眉毛も太いし、もう嫌んなっちゃう。今日も学校でイジられたんだ。あのね、男子がね、私の腕のうぶ毛を見て野生児って言うのよ。毛が濃すぎて、 そのうち狼少女にでも変身しちゃうんじゃねえの、なんてね。私、泣きそうになってね、何も言い返せなかった。ママ何とかして! この毛カミソリで剃ってもいい?」
ある時、美波が言った。
「駄目よ。そんなことしたら、ますます濃くなるわよ。大人になったらだんだん薄くなるから我慢しなさい。ママも子供の頃は毛深かったけど、今はそうでもなくなったのよ」
ママは美波をなぐさめた。
「あーあ、私、未央ちゃんみたいに美人だったらよかったのに。未央ちゃんはいいよね。目が大きくてモデルさんみたいな顔してるし背が高くてスタイルもいいし本当にうらやましい。ねえ、ママ知ってた? この間、未央、お母さんと一緒に原宿に買い物に行ったでしょう。そしたら、スカウトされたんだって。今までに四回も芸能事務所の人から声かけられたらしいよ」
と美波が言う。
「知らないけど、 あなただって綺麗じゃない。もっと自分に自信を持って。保護者面談で村神先生が言ってたわよ。美波は足が速いし、明るくて成績も良いから、みんなの人気者だって。あなたに憧れてる女子はたくさんいるって先生が言ってたわ。だから、自信持ちなさい」
とママが励ました。
◇◇
それから数日後、パパは仕事から帰ると
驚いた。
「ただいま」
とパパが二階のリビングのドアを開けると、
先に学校から帰っていた美波はテレビの前の
ソファの上、手鏡持って一人でケラケラ笑ってる。
「何やってるんだ?」
パパが声をかけ、振り向いた美波の顔を見てもうビックリ。
「おお、神様! 何てこった!」
美波の眉毛がほとんど無くなっている。
ソファーの上には切り捨てられた美波の眉毛とハサミがあって、美波はお多福みたいな眉毛でパパを見て笑ってる。
「あちゃー、お前、何やったんだ!」
って言った後、パパも吹き出して、二人でしばらくゲラゲラ大笑い。ひとしきり二人で笑った後、一息ついてパパが訊いた。
「何でそんなことしたんだ?」
「あのね、 パパ。 私、 今日学校から帰ってね、宿題終わって、暇だったから、ドラマを見てたのね。そしたらね、主人公の男優さんが凄いカッコいいんだけど、とても眉毛の濃い人だったの。私の眉毛と似てるなーって思って。この人眉毛切ればいいのになって思ったの。そう思ったら、私も自分の眉毛を切ったらもっと綺麗に見えるんじゃないかって閃いちゃったのよ。それでハサミで切ってたんだけど、なかなか左右の太さが揃わなくて、少しずつ切ってるうちに、こんなになっちゃったのよ、キャハハ!」
と美波が笑った。
「何じゃそりゃ! 明日から学校どうするんだ。その眉毛で行くつもりか? ママが帰ったら怒るぞー、困ったもんだ、まったく」
と言って、パパはまた吹き出した。
◇◇
しばらくして、ママが仕事から帰ってきた。
でも、予想に反してママはあんまり怒らなかった。
美波は申し訳なさそうにうなだれて、ソファの隅っこに膝を抱えて座ってる。
美波の顔を見てママは少しクスッと笑ったが、パパから事情を聞いてこう言った。
「美波、眉毛が薄くて困っている人もたくさんいるのよ。もっと自分を大切にしなさい。あなたの眉毛は、確かに女の子にしては少し太いけど、ママはあなたの眉毛が大好きよ。眉毛が濃いと、顔全体がキリッとして意志的に見えるでしょ。もうこんなこと、やったらダメよ。分かった?」
「ママ、怒ってないの?」
「もう、パパから散々叱られたでしょ? ちょとこっちに来てみなさい」
とママは言って、バッグからアイブローペンを取り出し、美波の眉毛をきれいに書いてくれた。
それが本当に上手で、美波もパパもビックリ仰天。
まるで魔法のように美波の眉毛が元どおり。
さっきまでの心配もいっぺんに吹き飛んだ。手鏡を見て美波が叫ぶ。
「ママって凄い! 本当に魔法使いみたい。
さっきまで美波もパパも明日から学校どうしようって悩んでたのに。これでもう、いつものように胸を張って学校に行けるよ。ママ、本当にありがとう!」
と言って、ママの胸に飛び込んだ。
「じゃあ、もうしないって約束して
くれる?」
「分かった。もう眉毛を切ったりしない、約束する。だけど、どうしたらこんな風に上手に眉毛が書けるの? まるで本物みたい!」
「コツがあるのよ、後で教えてあげる。全部カミソリで剃ったわけじゃないから、簡単だったわ。このペンあげるから眉毛が伸びるまで、毎日自分で書いて学校行きなさい。たぶん二週間くらいで生えてくるわ。ママだって経験あるから、ちゃんと分かるのよ」
と言って、ママは美波を優しく抱きしめ、
オデコにキスをした。
◇◇
それから二週間、美波は毎朝自分で眉毛を書いて学校に行ったが、友達の誰も美波の眉毛のことに気づかなかった。
[人間って、案外他人の顔をじっと見たりしないんだ]
と美波は思った。
ただ一人だけ、美波の大ファンである桜ちゃんだけが、美波の眉毛のことに気がついた。
学校の帰り道、二人だけの時、
小さな声で桜ちゃんが呟いた。
「美波ちゃんの眉毛、最近変」
「シッ!」
と美波は唇に人差し指を当て、ヒソヒソ声で桜ちゃんに事情を説明した。
「私の眉毛に気づいたの桜だけだよ。いつも私のこと、気にしてくれてるのね。ありがとう。でも、もう少しで元に戻るから、みんなには秘密にしといてね」
と茶目っ気たっぷりに言った。
ママの予言どおり二週間後、美波の眉毛は
元のキリッとした素敵な眉毛に戻った。