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美波は超特急~異次元の扉を駆け抜けた少女~  作者: 宇目 観月(うめ みづき)
13/15

美波、大いに悩む


当日、美波は昼頃目が覚めた。


パパは隣の寝台でまだ寝ている。

美波はパパを起こさないように気をつけながら、そっと外に出た。

強い日差しの中を、神殿の方に歩いて行く。

崖の上から、海の水位を確認してみた。


「良かった! 昨日とほとんど変わらない」


と美波は声に出して呟いた。


昨日の水位の石段にパパが目印をつけておいた。パパは石段の隙間すきまに細長い棒をしっかりさし込んで、先端に赤い布をつけ、崖の上からでもすぐ目に付くようにしたんだ。こうしておけば、わざわざ下まで降りる必要もないから。



◇◇



その後、美波は神殿の中に入って、ゼウス様の前でお祈りをした。


[ゼウス様、どうか私たち親子をお守り下さい。パパはこの間、あんな強気なことを言いましたが、私はとても心配です。パパは年も取っているし、あと十カ月で本当にあの扉を越えることができるのか、私にはよく分かりません。私も自信はありませんが、できれば今日あの扉を駆け抜けて、ママのところに戻りたいです。だけど、もしそれが出来たとしても、パパを本当にこの島に残して行って良いのかどうか、私には分かりません。もし、私がギリギリまでこの島に残ると言っても、パパは絶対に許さないと思います。ママのことも心配です。私が戻らないとママは絶望して死んでしまうとパパは言いました。いま私の心は二つに引き裂かれています。もし今日、私があの扉を通り抜けることができた時は、どうかこの島に一人残されたパパのことをお守りください。パパに力を与えて下さい。海の水位も上がらないようにして下さい。パパが病気やケガをしないように見守って下さい。お願いします。ゼウス様、どうか、お願いします!]


と美波は心の中で呟いた。

美波は何度も何度も同じ言葉を心の中で繰り返しお祈りしたんだ。



◇◇


 

家に戻ると、パパが物音を聞きつけて目を覚ました。

 

「おハヨフ、ミハミ」


欠伸あくびをしながらパパが言った。

髪は乱れて眠そうに目をこすっている。


「フハー、よく寝た」


と言ってパパが寝台から起き出す。

美波は拍子ひょうしけして吹き出しそうになったが、


「パパ、今日は本番の日よ。まったくいつまで寝てるのよ!」


と言ってパパに気合を入れた。


「ゴメン、ゴメン。美波、今日は頑張ろうな!」


とパパはニコニコしながら言った。


[まったく、いい気なもんだわ。人の気も知らないで]


と美波は心の中で文句を言った。



◇◇



朝食を終えると、二人は外に出た。

今日は階段ダッシュなどはもうしない。

今頃筋力強化トレーニングをやっても意味がないから。


ジョギングやストレッチ、三十メートルから五十メートル走を軽く何本か土のコースで練習を行った。

日差しが強いので、一本終わる度に神殿の屋根の下に避難ひなんした。


革製の水筒に入れた水を小まめに補給ほきゅうする。

お腹を壊さないように真水を加熱してから冷ましたものだ。


スタートの練習は本番をイメージしながら五本程度。

イメージトレーニングは今日は特に念入りにやった。試合前に心をととのえ、気持ちを高めていくためにはこのトレーニングが必須ひっすだ。

自分の戦略せんりゃくをあらかじめ明確めいかくにイメージしておかないと、本番は気持ちばかりがからまわりして上手くいかない。


神殿の床に寝そべって、パパにマッサージしてもらいながら、


[スタートは一番大切だから出遅れないように。十メートルから三十メートルまでは前傾姿勢をできるだけ保ち、最初の十メートルのステップは小刻みに。三十メートルから上体を起こし、五、六十メートルでトップスピードに持っていく。六十メートルから百メートルまでは、力まずリズミカルにモモ上げ、腕振り、顔真っ直ぐにして、トップスピードを維持する]


と美波は何度もイメージした。


「美波、前にも言ったけど、扉が開く前にクリオネたちがあの扉の辺りを飛び回るから。そして五分くらいするとピタッと奴らは空中で動きを止めるんだ。それから三つ数えたくらいでスタートだ。扉が開き出すと、扉の真ん中に、縦長の細い金色の明りがれてくるから。その金色の線が少しでも見えたと思ったら、スタートを切るんだ。分かったか?」


とマッサージしながらパパが言った。


「分かったよ! もう何度も聞いた。耳にタコが出来そうだわ」


と美波が言った。


「フライングしたらあの扉は開かないから気をつけろ。もしフライングした時はスタートラインの内側に入った途端とたんに扉が開き出す。ゆっくり戻ってきたら、素早くスタートラインの中に入って、直ぐに再スタートを切るんだぞ」


「はい、はい。分かりましたよ」

 

「思わぬハプニングが起きたとしても、決して冷静さを失うなよ。焦ったら負けだ」

 

「はい、もう分かったから!」


「ママに会えたらよろしくな! パパはこの島で元気にやってるって伝えてくれ」


「はい、了解でーす!」


と美波は敬礼の仕草をする。

この一カ月間の二人のお決まりの会話だった。



◇◇



午前中の練習メニューが終わると、

もう夕方五時過ぎだった。


二人は家に戻り昼食をとった。


今日はとにかく、起きてからパン粥や蒸し魚

など、消化の良いものばかりを食べた。


果物もあまり食べ過ぎないように注意する。


食事が終わると、時計の針は六時を回って

いた。


二人は八時ごろまで昼寝することにした。


寝過ごさないようにパパが腕時計のアラームをセットする。



◇◇



八時に起きると二人は散歩に出た。


美波が今日は最後になるかもしれないので、村を見ておきたいとパパに言ったんだ。


パパは十時半になったら、かがり火や松明の準備に取りかかろうと思っていたが、それまでの約二時間半は何もすることがなかった。


アップ開始予定は十一時だ。


二人は体を冷やさないように、本番用のいつもの服装の上に、ゆったりした浴衣のような古代ギリシャ服を羽織はおった。


月明りを頼りに、林の中の小径を歩いて行くと村に出た。


「ねえ、パパ。私、初めてこの島に来た時、この辺でパパに再会したのよね。覚えてる?」


と美波が訊いた。


「ああ、ハッキリ覚えてるよ。あの時パパは林の中を歩いてて[おかしいな、子供の泣き声がするな、空耳そらみみかな?]って思ったよ。林の陰から見てみると、青いトレーナーを着た美波が居るじゃないか。もう驚いたよ!」


とパパが懐かしそうに言った。


「私あの時ね、村の家のドアを全部ノックしたんだ。最後の一軒に誰も居なかったから、絶望して泣いてたの。神様! 何で私がこんなひどい目に会わなきゃいけないの? ってね。でも、何あーんも悪いことしてないのに、私たちって本当ひどい目に合ってるよね」


「そうだな。だけど、美波も成長したら分かるけど、世の中って理不尽りふじんなことが平気でバンバン起こるんだぞ。心優しい善良な人たちがひどい死に方をしたり、逆に心の貧しい悪い人たちが富や権力を握って栄えたりするのがこの世の中なんだ。まさに弱肉強食だな。何も悪いことしてないのにテロや戦争で亡くなる人もいるし、自然災害で亡くなる人だっているんだぞ。俺たちはまだ良い方だと思わないとな」


「だけどさあ、何で神様はそういうことを許しておくの? 私そういうひどいこと絶対我慢できない!」


と美波が不満を言う。


「さあ、何でかな。パパにもよく分からない。ただ、パパが長年生きて来て思うのは、神様は人間を試してるんじゃないかって思う時があるよ。その人その人に合わせた人生の課題をいろいろと用意してな。だから、パパはある時こう思うようにしたんだ。『苦労があるからこそ人生は光り輝くんだ』ってな。人間がこの世に生まれて様々な困難にぶつかっても、それを必死で辛抱しんぼうして、『コンチクショウ!負けてたまるか!』って乗り越えて行くところを神様は見たいんじゃないかな」


「じゃあ、神様はやっぱり意地悪じゃないの!」


「だけど美波、よく考えてみろよ。この世に生まれて何の苦労もせずに、ただボーッと生きて天国に帰ったとするだろう。そしたら神様はガッカリするんじゃないかな。そりゃ、パパだって本当は苦労なんかしたくないさ。何も苦労なんかしないで楽に暮らしたいよ。だけどパパくらい年を取って、後で自分の人生振り返った時に、『ああ、実はあの時、あの苦労をしてた時が、俺の人生一番光り輝いてたな』って思うことがよくあるんだ。でも、実際に困難の渦中かちゅうにある時は、その状況から早く抜け出したくて、そんなこと考える余裕もないけどな。これは、パパが自分の人生を後から振り返った時に思ったことなんだ」


「ふーん、そうなの? でも私、まだ長く生きてないから、パパの言ってることよく分かんないよ。だけど、やっぱり私、苦労なんかしたくないわ!」


と美波が率直そっちょくに言った。


「美波さん。あなたは正直で非常によろしい。心が純粋な証拠だ。まあ、パパがさっき言ったことは、あまり深く考える必要はないさ。美波も成長していろんな経験を積めばだんだん分かるようになるよ。美波がこの先、いろいろな困難にぶつかった時、『ああ、そういえばパパがあんなこと言ってたな』って思い出してくれればパパはそれだけで満足だ」


「うん、分かった。今日のパパの話、

私、絶対一生忘れないから」


と言って美波は少し涙ぐんだ。


「どうした? 美波」


とパパが心配そうにいた。


「ううん、何でもないの。ねえねえ、パパ! あの石の門の所まで行ってみようよ!」


と美波は元気に言って、駆け出した。



◇◇


 

散歩から家に戻ると、二人は一時間ほどくつろいだ。


ハーブティーを飲みながら、先日パパが焼い

てくれたハチミツ入りのクッキーを食べた。


甘くてとても美味しい。

焼き加減もちょうどよかった。



二人はもう取り立てて話すこともなかった。


この一カ月、二人でたくさんいろいろなことを話し合って来たから。


時々、二人で顔を見合わせて意味もなく

笑った。



「ママに会ったらよろしくな」


とパパは一言だけ美波に声をかけた。


「うん、分かった」


と美波は答えた。

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