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美波は超特急  作者: 宇目 観月(うめ みづき)
10/15

美波、ゼウス像を初めて見る


翌日、美波は昼過ぎまで寝ていた。


相当疲れていたせいだ。

昨日は本当に激動の一日だったから。


目覚めた美波はしばらく寝台の上でボーッとしていた。

最初、自分がどこにいるのか分らなかった。


[ここはどこ?]


美波は寝台の上で半身はんみを起こし、あたりを見回した。開け放たれた家の窓から、昼間の強い日差しが室内に差し込んでいた。

つぎに、自分が着ている服に目をやった。


[そうだ、思い出した。私、昨日は朝早く起きて神社にお参りに行って、変な黒いボールに呑み込まれて、そして夜の墓地で目が覚めたんだ。それから必死で山道を歩いて村にたどり着いて、パパと再会したんだわ。それで、この神殿がある草原の、パパの家で食事して、私、寝てしまったんだわ]


と美波はハッキリ昨日のことを思い出した。


そこまで思い出した時、パパが玄関のドアを開けて入って来た。手には大きな丸いパンのような物を持っている。


「おお、美波。起きたのか?」


とパパが言った。


昨日と同じ変な服装で、相変わらず髪はボサボサだったが、ヒゲをってスッキリした顔になっている。


「パパ! おヒゲ剃ったの?」


と美波が元気な声を出した。


「ああ、昨日は驚かせちゃったからな」


とパパが答える。


「やっぱり、そっちの方がいいよ!」


近づいてきたパパの首に美波は抱きつき、


「だって、チクチクしないもん」


と言った。


「村のカマドで焼いてきたんだ」


と言って、パパがパンを見せた。

触ってみると、まだホカホカだ。


「さあ、一緒に食べよう。昨日は月も明るかったし、夜のうちに焼いておこうと思って村に行ったら、美波がいるだろう。もうビックリしたよ!」


とパパが言った。



◇◇



二人食卓に向かい合ってパンを食べた。

パンは少し硬かったが、塩を入れたオリーブオイルに浸して食べると柔らかくて、とても美味しい。昨日のスープの残りと、イチジクやブドウも一緒に食べた。

食後にハーブティーを飲みながら二人は話をした。

 

「ねえ、パパ、ここは一体どこなの?」


と美波は訊いた。


「実をいうと、パパにもよく分からない。たぶん古代ギリシャに似た世界だ」


とパパは少し考えてから言った。


「じゃあ、私たちタイムスリップしてここに来たの?」


と美波がいた。


「うーん、分からない。ここが過去の世界なのかどうか、パパにもよく分からないんだ。だけど、美波、お前はどうやってここに来たんだ?」


とパパがく。


「私は神社で黒いボールに呑み込まれてここに来たの。ほら、パパとよく陸上の練習をしたあの神社よ」


と言って、美波は昨日の出来事をパパに説明した。パパは美波の話を聞き終わり、


「やっぱり、お前もそうか! パパも大体お前と同じような感じだったよ」


と言って、パパは自分の時のことを美波に話し始めた。


「実は、パパはここに来る前に失業してな。ちょうど、九月の終わりだったな。お前の運動会が終わった後さ。黙ってて悪かったな。余計な心配させたくなかったんだ。だけど、ここに来る前の一週間は本当にキツかった。ママの悲しい顔を見るのがつらくてな。ママにもお前にも内緒ないしょで仕事を探してたんだ。毎朝、普段通り会社に行くふりをしてな。会社との契約が切れるのはもう三カ月くらい前から事前に分かってたし、だいぶ前から職探しはしてたんだけど、なかなか就職先が決まらなくてな」


とパパが切り出した。


「ママがすっごく心配してたよ。美波、パパのお仕事のことはよく分からないけど、あんなにママを心配させたらダメだよ。私だって、この一週間、パパがどこかで死んじゃったんじゃないかと思って、心配で心配で夜も眠れなかった」


と美波は目に涙を一杯にめながら言った。


「でも、もういい。私、またこうやってパパに会えたんだから」


と美波は笑顔で言った。


「美波、本当に心配させてゴメンな!」


とパパは美波の手を強く握り、頭を下げた。

そして、また話を続けた。


「昼間の職探しが終わると、お前たちをだましてる様な気がして家に帰るのもつらくてな。毎晩家に帰る前にあの神社に行って、神様にお願いしてたんだ。『早く就職が決まりますように』ってな。すると、ちょうど一週間経った頃だったかな、お参りが終わって帰ろうとすると、お前と同じさ。あの雅楽のような音楽が聞こえてきたんだ。後は、さっきお前が話してくれたのと大体似てる」


と言って少し間を置いた。


「ただ、パパがこの世界に来て最初に目が覚めたのは、あの墓地じゃなくて、もっと海辺の方だったけどな。お前はまだこの辺の地理がよく分からないだろう? 後で連れて行ってあげるよ。ここは島でな、山もけわしいけど海も近いんだ。海が青くてな、綺麗だぞー。魚もとれるし、気候もいい。山では山菜や果物もとれる」


とパパは言った。


「本当? 行きたい、行きたい。連れてって!」


と美波はうれしそうに声を上げた。


「だけど、美波。パパはお前のさっきの話の中で、一つだけ不思議に思う点があるんだ。もう一度訊くけど、お前はさっきパパが居なくなって一週間後にここに来たと言ったな。それは間違いないのか?」


とパパが美波に訊いた。


「えっ? 間違いないよ。どうして?」


と美波が不思議そうな顔をする。


「おかしいな。パパの計算では、パパがここに来てもう三カ月は経ったはずなんだ。満月をもう三回も見てるし。三度目の満月は二日前だったけどな」


とパパが首を傾げながら言った。


「えーっ、ウソ! 本当に?」


と美波は目を丸くして言った。


「うん、間違いないよ。三カ月くらいたないと、パパのヒゲもあんなに伸びないだろう? それにパパの携帯けいたいこわれたけど、時計はまだ動いてるんだ。毎日腕時計の日付を見て、壁に日数を書いてる」


とパパは壁を指さした。

確かに家の壁には、白いチョークのようなものでカレンダーが三個書いてあった。


「本当だ」


と美波が壁を見て驚く。


「パパの計算では今日は一月五日だ。ここが古代ギリシャだとしたら、俺たちは地中海に居るわけだろ。地中海にだって冬はあるはずなのに、パパが来た三カ月前からここの気候はずっと夏のままだ。だから、ここが古代ギリシャだとは言えないとパパは思うんだ。しかも、ここの世界での三カ月は、俺たちが前にいた世界では一週間ってことになる」


「信じられない! そんなことって本当にあるの?」


と美波は口に手を当てて言った。


「ああ。パパも信じられないけど、事実なんだから仕方ない。それより、ここの世界ではもっと不思議なことがいろいろとあるんだ。浜辺には飛行機の残骸ざんがいもあるし。パパも口ではうまく説明できない。俺たちはあの神社で黒いボールに飲み込まれて、異次元の世界に迷い込んだとしか思えないんだ。美波、とにかく外に出て、ここの世界をお前自身の目でよく見てみろよ」


とパパは言った。



◇◇



外に出ると、美波はパパの家のそばにある石造いしづくりのトイレでようした。


トイレは小綺麗こぎれいで、驚いたことに水洗だった。自然石しぜんせきを積み上げた塀にトイレは囲まれていた。通気性つうきせいをよくするためか屋根はない。加工かこうされた石造りの四角い箱が便器だ。

その箱には丸い穴が開いていて、そこに腰かけて用を足すように出来ている。


どこからか水が引かれ、便器の下には常にチョロチョロと水が流れていた。

手前には手水鉢ちょうずばちまであり、そこにも常に水がたまる仕組みになっていた。


案外あんがい清潔せいけつね」


と美波は感心した。



用を足すと、美波はパパと一緒に神殿の方に歩いて行った。


二人とも古代ギリシャ服だ。


美波は靴だけはピンクのジョギングシューズ、革製かわせいの水筒にひもを通してタスキがけにしている。パパは昨日の大きなカゴを背中に担ぎ、手にはもりのような棒を持っていた。


神殿は草原の一番奥の方にあった。


大きな石の円柱がたけたかく何十本もそびえ立っていて、三角の大きな屋根を支えている。


柱の表面はナルトのようにデコボコしていた。屋根には様々な美しい彫刻がほどこされている。


神殿の中に入ると、床は全面光沢ぜんめんこうたくのある大理石だいりせきだった。


屋根で日差しがさえぎられているため、神殿の中は夏なのにヒンヤリとしてすずしかった。


天井てんじょうはカマボコのように丸いドーム形で神殿の奥まで続いていた。



◇◇



奥の正面には、玉座ぎょくざに腰かけた象牙色ぞうげいろの巨大な男性のぞうがあった。


大きなで美波の方をじっと見ている。

豊かな長髪ちょうはつと長いひげをやしていた。


左手にやりのような長いぼうを地面に突き立てて持っている。

先っぽにはわしが止まっていた。


玉座の左のひじかけの上には、背中に翼をつけた女神の像がっている。


右手には両端りょうたん三叉さんさに分れたてつアレイのような武器を持っていた。


たくましい体つきをしたその男性像は筋骨きんこつりゅう(りゅう)で、今にも動き出しそうにリアルだ。



像を見た瞬間、


こわい」


と言って、美波はパパの腕にしがみついた。


「大丈夫だよ」


とパパが美波の顔を見て笑った。


「パパ、これって奈良の大仏様だちぶつさまと同じくらい大きいんじゃない?]


「そうだな、それくらいはありそうだな。多分、これはギリシャ神話に出てくるゼウスという一番偉い神様の像だ。右手に持ってるのは雷霆らいていといってな、雷を自在に操れる武器なんだ。左手に持ってる長い棒は錫杖しゃくじょうといって、振ると音が出るつえだ。あれも武器として使える。あの肘かけの上の像は、ニケっていう勝利の女神の像なんだ」


とパパが言った。


「へえー、そうなの? パパ、詳しいのね」


と美波はパパの後ろに隠れて、ゼウス様を見ながら呟いた。


「若い頃、図書館でギリシャ神話の本を読んだことがあるんだ」


とパパが言った。



◇◇



神殿を出て裏手に回ると、そこには倉庫のような大きな建物があった。


その先は、断崖だんがいで草原が途切れていた。かなり高い丘の上に神殿があることが分かる。



眼下がんかにはさおな海が広がっていた。


水平線では、空の青と海の青がざり合っていて美しい。


どこもかしこも見渡す限り真っ青で目眩めまいがするほどだった。


「うわー、綺麗!」


と美波は感嘆の声を上げた。



断崖の上から下の海岸までは、細い急な階段が曲りくねって続いている。


「ここから海に出た方が近いんだ」


とパパが言った。



二人は階段を下りて海に向かった。


階段の途中には、いたる所に石造りの住居があったが誰も住んでいない。


「パパもここに来てから三カ月、いろんな所を歩き回ったけど、この島には誰も人が住んでいない。どこの住居にもカギは掛かっていなかった。家の中は綺麗に片付いていて、つい最近まで人が住んでいたようなんだ。何か事情があって、ある時みんな一斉にいなくなったような感じだ。ヤギや羊なども飼われていたようだけど、家畜も全くいない」


と階段を下りながらパパが説明した。


「そうなの、みんなどこに行っちゃったんだろうね?」


と美波は首を傾げた。


「分からない。だけど、みんな船に乗って海に出て行った訳じゃないと思うんだ。後で説明するけど、この島には異次元の扉があって、そこからみんな出て行ったんだと思うんだ」


とパパが言った。



海辺に着くと丸太で作られた大きな桟橋が海に伸びていた。

所々に小舟が何艘そうかロープでつながれて波に揺れている。

砂浜は少なく、海岸は湾のようにゆるやかにカーブしている。


海の水はエメラルド色に透き通って、海の底まで見えた。海中では大小のいろんな魚が何匹も悠々と泳いでいる。


「うわー、お魚がたくさん!」


と美波は指さして嬉しそうに声を上げた。



右手の遠くの方に大きな白い砂浜があり、そこにはさっきパパが話した通り、小型飛行機の残骸ざんがいようなものが見えた。


海の方をよく見ると、少し沖の方に大きな石の円柱えんちゅうが一定の間隔かんかくで海の中にポツポツと並んでいる。


その円柱は神殿に使われている円柱のようにデコボコしてはいなかった。


ただ、先っぽが平たい円盤えんばんのようになっていて、円盤の側面そくめんには彫刻ちょうこくほどこされている。


円柱は百メートルおきくらいに湾全体を取り囲んでいるようだった。


「美波、あそこまで行ってみよう」


とパパが飛行機の残骸の方を指さした。


「うん、分かった。私もあれよく見てみたい」


と美波が言った。



二人は湾に沿って狭い砂浜を飛行機の残骸の方まで歩いて行った。


途中に、山の方まで切り開かれた広い作業場のような所があった。


そこには、海の中に立っている円柱と同じような石の部材ぶざいが何本も並べてあった。石の部材はどれも短く、四角形の石の部材もたくさん置いてあった。


その他にも、太い丸太や、きれいに巻かれた頑丈がんじょうそうなロープもたくさん置いてあった。


奥の方にはデコボコに加工された角ばった石が無数に積み上げられている。



作業場の隣には、てた大きな船もあった。舷側げんそくからオールを突き出す穴のあるタイプの古代の船だ。

二人は立ち止まり、しばらくその作業場と船を眺めた。


「多分、この船であの円柱の部材を運んで、沖で組み立てたんじゃないかな」


と船を指さしてパパが言った。


「そうね、私も今そう考えてたんだ」


と美波が言った。



◇◇



その小型飛行機は茶色くふるさびびていて、機体にえがかれた模様もよう刻印こくいんはほとんど読み取れなかった。


機体は胴体の半分が白い砂の中に埋もれていたが、翼はまだ砂の上に出ていた。


コックピットは窓ガラスが割れ、上蓋うわぶたは骨組みだけになっている。


中には何も無なく、文字盤もじばんも読めなくなった計器類けいきるい照準しょうじゅん、ハンドル、古ぼけたシートの土台やシートベルトなどがあるだけだ。


だが、機首きしゅのプロペラはまだしっかり付いていたし、尾翼びよくもついている。


何十年も前にこの海岸に不時着ふじちゃくし、そのまま古くなって錆びてしまった感じだ。


「これは、日本の零戦ぜろせんだと思うんだ。流線型りゅうせんけいの機体と翼の形を一目見てすぐ分かったよ。パパが子供の頃、零戦のプラモデルが流行ってな、よく作ったんだ。機体が滑らかであまりデコボコしてないだろ、翼も丸みを帯びてるし。だけど、零戦が活躍かつやくしたのは一九四〇年代なんだ。だから、この世界が古代ギリシャでないことは分かっただろ?」


とパパが言った。


「へえー、この飛行機って日本のなんだ。だけど、確かにこんな物が古代ギリシャにあるなんてちょっと変だよね」


と美波は首をかしげながら言った。


「そうなんだ。だから、やっぱりここは異次元の世界としか思えない。海の中にさっきの石の円柱が何個も並んでるだろ、あれだって変だぞ。パパ、この島を散々歩き回ったから分かるんだけど、あの円柱はここだけじゃなくて、島全体を取り囲んでるんだ。パパは最初、あれは何のためにあるのかずいぶん考えたよ。遊泳禁止区域なのかなあとか。でも、ある不思議な現象を見て、何となく意味が分かったんだ。あれは、この世と冥界めいかいとの境目さかいめなんじゃないかってな。あの円柱の外の世界では、いろいろと信じられないような不思議な現象が起こるんだ」


とパパは海の方をゆびさして言った。


「不思議な現象って何?」


と美波がいた。


「パパがこの島に来て一カ月くらいった頃かな、小舟であの円柱の近くまで行ってりょうをしてた時だ。あの円柱の下には、さっき見たテトラポットのような角ばった石がたくさん積み上げられていてな、伊勢海老いせえびやイカがよくれるんだ。漁が終わって、パパが船に上がって何となく沖の方を見ると、空の上に突然金色の滝が現れて、砂金のようなものが海に向かってどんどん流れ出したんだ。水面には物凄い波しぶきが立つし、小舟は揺れるし、驚いたよ。パパは舳先へさきにつかまって空を見上げてたんだけど、一分くらいでその金色の滝はフッと跡形あとかたもなく消えちゃった。不思議な現象だったよ。パパは頬っぺたをツネってみたけど痛いし、夢や幻じゃないと思うんだ」


とパパは言った。


「えーっ、そんなことってあるの? 私も見てみたい」


と美波が目を輝かせて言った。


「そのうち、美波も見れるよ。パパこれまでそういうの、他にいくつもか見たからさ」


「本当? ほかにはどういうの見たの? ねえ、教えて、教えて!」


と美波が言った。


「そうだなあ、こういうのがあった。さっき降りてきた神殿のそばの階段に腰かけて、夕日を眺めてた時だ。夕日がハワイのサンセットのように綺麗でな。すると、夕日の中にこういう古代ギリシャ服のようなものを着た人たちが、次々と吸い込まれていくんだ。その人達はみんなかすみように白くて顔はハッキリ見えない。よく見ると海面から夕陽までこれも白い雲のような階段がずっと伸びててな。下の方から大勢の人たちが階段を上がって行って、一人ずつ夕日の中に吸い込まれていくんだ。パパは百まで数えたよ。すると、またスッと何もかも跡形もなく消えたんだ」


とパパは言った。


「へーっ、凄い。もっと聞かせて、ほかには何を見たの?」


と美波は好奇心で目をキラキラ輝かせながら訊いた。


「ああ、そういえばこういうのもあった。それは昼間の暑い時だったんだけど、パパが山の中でイチジクや山菜を獲ってた時だ。暑くてな、木陰こかげに入って海を見てたんだ。すると、振袖ふりそでを着た三人の天女てんにょのような人たちが突然空に現れて、空中でおどり始めたんだ。最初はゆっくり踊ってたけど、だんだん速くなってきてな、目にも止まらぬ速さで空中を乱舞らんぶし始めたんだ。目が回ってな、パパは気絶するかと思ったよ。その人たちも、やっぱり白いかすみのようなシルエットで顔はよく見えなかった。パパは三保みほ松原まつばら羽衣はごろも伝説でんせつを思い出したよ。昔の人たちは意外とそういう霊的れいてきな世界を身近に感じてたんじゃないかってな。これもやっぱり一分くらいでパッと消えっちゃったけどな」


とパパは言った。


「うわー、凄い。もっと聞かせて、聞かせて!」


と美波は言った。だけどパパは、


「もういいだろう。パパ、話すの疲れたよ。そろそろ桟橋の小舟に乗って魚をとりに行こう。今日の夕飯だ」


とパパが言った。


「もう、パパのケチ! 私、パパのこと大嫌い!」


と言って美波はすねた。



◇◇


                   

二人は小舟に乗って、円柱の所に着いた。


パパが服を脱いでフンドシ一枚になると、

美波はケラケラ笑って、


「パパ、その恰好かっこうなに! 変だよ、お相撲すもうさんみたい」


と言った。


「仕方ないだろ、海パンがないんだから」


と言って、パパは小舟から海の中に勢いよく飛び込んだ。



海の水はエメラルド色に澄んでいて、とても綺麗だったが、さすがにこの辺りまで来ると海底は見えない。


円柱は、確かに積み上げられた角ばった石で固定されている。


円柱の海面から下は四角形になっていた。テトラポットのような角ばった石には、や貝殻などがたくさんくっ付いていた。


いその香りが強烈きょうれつだ。

 

パパはずいぶん深くまでもぐって行って、なかなか海から出てこない。


美波は不安になって、小船のヘリから海の中をのぞき込んだが、パパの姿はほとんど見えなかった。


「パパ!」


と呼んでみたが、返事などあるはずがない、パパは海の中だ。しばらくすると、


「ザバーン!」


と音がして、美波が見ている反対側のヘリからパパが顔を出した。


驚いて美波が振り向くと、パパは両手に伊勢海老を持って笑っている。


「美波、二匹もれたぞ!」


とパパが言った。


「もう! 脅かさないでよ」


と美波は文句を言った。



パパは次にもりを持って潜り、大きなたいを獲ってきた。


短時間のうちにつぎ(つぎ)と小さい魚やイカなども獲って来てカゴに入れる。


「さすが、久能くのう海岸かいがん育ちね!」


と言って美波は大喜び。


「ここの魚はあまり逃げないんだ」


とパパが言った。



◇◇



漁が終わり、二人は帰路きろに着いた。


行きとは違い帰りは登りなのでかなり時間がかかったが、日暮れ時には神殿のある草原に着いた。


その時、パパの後ろを歩いていた美波が、

パパの背中をつつき、


「パパ! 見て、見て! あれ!」


ささやいた。


パパが後ろを振り返ると、夕日を受けた雄大な富士山の姿が目の前に見える。


夕陽に染まった赤い富士山は信じられないほど美しかった。


「やっぱり、富士山って素敵ね!」


と美波が感嘆の声を上げる。


「ああ、富士山の美しさに敵う山なんて、

世界中どこを探してもないさ」


とパパが胸を張って言った。


まるで、美波のこの世界への来訪らいほう祝福しゅくふくするかのように、富士山は五分ほど二人の前に姿を現したまま消えなかった。

〈作者注〉


紀元前五世紀頃、オリンピアにゼウス神殿が建設され、ゼウス像はこの神殿の奥におさめられていました。

全長は約十ニメートルあったそうです。

建造から八百年後に失われてしまいました。

古代の七不思議の一つと言われています。


なお、本文記載の雷霆らいていの形については私の創作です。「両端が三叉さんさに分かれていた」というのは密教法具みっきょうほうぐ三鈷杵さんこしょをイメージして書きました。

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