3.恐怖
俺はいつも通り母の病室へと歩みを進める。しかし、どこかいつもと雰囲気が違う。少し慌ただしいような気がする。
「あ、アクト・ラスさんですね!シルク・ラスの息子さんでお間違いないでしょうかッ?
「うん、そうだけど。」
シルク・ラスというのは間違いなく母の名だ。しかしなぜ俺の確認をした。いや、まさか、だけど、それは……。俺は一つ、最悪の想像に思い当たってしまう。
「シルクさんが――
そして、その最悪の想像は的中した。
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病室で身体中に回復の魔道具を身につけている母の姿を見て、唖然とする。言葉も出ない。動くことさえ叶わない。まるで金縛りにあったかのように、ピタリと体が止まった。
「呪いが確実に体を蝕んでいます。しかもかなり重度。むしろ呪いにかかってから十数年も耐えた事が奇跡に近かったんです。」
医師は冷静に状況を説明するが、耳に入らない。
「残念ながら、もう我々にはどうすることも……」
「なんとか、ならねえのかよ。」
「元凶である悪魔が存命の限り、この呪いは解く事ができません。」
「なら!その悪魔は倒せねえのかよ!」
「魔界にいる以上、呼び出しても来るかどうかは相手次第。更に言えば七十二柱に続く階位である上位悪魔は倒せる人間の方が珍しいです。」
「なら、なら!ならッ!!目の前で朽ちてく母をただ見送れっていうのかよ!」
「……もちろん我々も悔しいです。ですが、我々では悪魔を呼び出す事はもちろん。悪魔を倒すことさえできないのです。」
言葉が出ようとして、何度も引っかかり結局何も出ずに力果てるように膝から倒れ込む。医者は何も言わず病室を出て行った。
「嘘、だろ?」
死んだように動かない母を見る。体の一部はまるで侵食されているかのように黒く染まり、呪いの進行度が目に見えて分かる。
「どうしてっ!なんで、まだ、俺は何もできてないのに!」
俺の母は溢れんばかりの愛情を注ぎ、この血肉を、この体の全てを作ってくれたというのに!俺はまだ何もできていないんだぞ!
「勝手に死ぬんじゃねえぞ!大丈夫って言っただろうがっ!なんで、なんでなんでなんでなんで!」
母の呪いを解く手段など、幼い頃から何度も調べた。しかしそのどれも不可能。できはしない事だ。調べ尽くしたからこそ、希望を持てない。知り尽くしたからこそ、足掻くことすら許されない。
「後、何日生きてられるんだ……?」
恐らく一月もないだろう。その事実が余計心に刺さる。やめろ。まだ早過ぎる。おかしいじゃねえか。
「なんで……ッ!」
思考がまとまらない。気持ちが落ち着かない。どうすればいい。どうすれば良かった。答えなど出るはずもない。今までの思い出が走馬灯のように蘇り、そして今の現実を無情に突きつける。何度も何度も思考し、恐怖し、求め、心臓が締め付けられる。
涙は、出ない。何故ならあまりにも信じたくないから。体が心が一切その事実を受け付けないように。この世で、最も大切な人を失いそうになっているのだから。
「おい。」
どうしたら、一体、俺は……
「おいアクトッ!」
「おあ!」
ジンの声で瞬く間に現実に引き戻される。ここは、学園か。気付かないうちに学園に来ていたのか。
「どうした?さっきからそこら辺正気を失ったように歩いてたが。」
「ああ、いや、気にしねえでいいよ。」
「……何があった。話せ。これはお願いじゃねえ。命令だ。嫌なら無理矢理調べるだけだからな。」
ああ。そうだな。お前はそういう奴だ。一度は誤ったが、元よりその片鱗はあった。一度仲間だと思った奴はとことん面倒を見るような。
「……分かった。話す。」
どこか心の中でホッとしている自分もいた。自分はこれを誰かに話して、救って欲しかったのかもしれない。
「全部、まとめてな。」
俺は初めてその過去を、人に話した。自分の口で初めて。




