7.剣神
俺は木の扉を背にして呟く。
「やっちまったなあ……」
狼の歯型に抉られている俺の右肩から滝のように血が出ていく。利き腕もやられたし、闘気も残りわずか。絶体絶命とはまさにこのことか。
「……」
もう何も喋る余裕もない。後ろから何度も何度も狼が突進する衝撃が伝わる。後は父さんが早く帰ってくるをひたすら祈るだけ。つまり根気比べだ。意識が朦朧とする中、ひたすら攻撃を耐える。
何度も来る衝撃に耐え続けて、意識が途切れる寸前。そこで扉から音が消えた。ついさっきまでフォレストウルフが突進する音が聞こえていたのだが。体から力を抜く。この魔力には覚えがある。いや、俺は人間の魔力はこれしか知らない。
「やっとかよ。」
俺はそう呟き目を閉じた。
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家の中に集まるフォレストウルフは即座に中にいる人間を諦め、外へ逃げ出してゆく。自分の危機を感じ取ったからだ。フォレストウルフは闘気の操作こそできないが、本能的に脅威を感じ取る。だがもう既に遅かった。
「逃げれると思うなよ?」
グラドがそう言うと同時に風が吹く。否、グラドの通る道に風が吹き荒れる。ただ全力で駆け、最適な一撃で仕留めていっただけ。それだけで100匹は死んだ。
「犬っころが!かかってこいよ!」
フォレストウルフは無謀にもグラドに向かってゆく。どうせ逃げられぬのなら戦う方が生存率は高い。だがその判断がそもそもの間違いだった。そもそも勝機などなかったのだ。最早目視できないレベルの動きで、まるで虫を潰すように何体ものフォレストウルフが切り刻まれていった。
「チッ!ほんとにやってくれやがったな。」
そのスピードはジンとの試合より遥かに速い。苛立っているのもあるのだろうが、これが本来の実力なのだ。『剣神』グラド・ヴィオーガーはこの世界で一位二位を争う剣士でもある。並大抵の実力であるはずが無い。フォレストウルフは次々と切り捨てられて行き、瞬く間に1匹残らずいなくなった。
「まだ生きてるな。確かエクリサーがあったはずだが・・・」
エクリサーとは魔法でいう第八階位回復魔法と同等の回復能力を持つ。霊草にて作られた人間の中でも最高級のポーションである。それをまるでただのポーションのように扱う姿はその実力を表しているといえる。家の方へ向かう途中、グラドは足を止めた。黙って振り返り、その先を睨む。
「……合点がいったぜ。お前がいるからあんなにも無謀に突っ込んで来たわけだ。」
そもそもおかしいはずだ。いくらグラドがいなくなったとはいえ、いつ帰ってくるか分からない。そんな状況でいくらなんでもたった一人の人間を殺すために行動するだろうか。
「森林狼王だっけか?これがテメエらが安心できた要因かよ。」
家より高いその身体と、ただ大きくなっただけではない事を証明するかのような膨大な魔力。そこにはまるで王者のような風格と、獲物を狙う戦士のような凶暴さを感じさせた。その身体を低くさせ、飛び込む態勢を作る。
狼王というのは狼系の最上位種である。狼系の中でもフォレストウルフは弱いが、それでも危険度7。そこら辺の魔物を遥かに凌駕している。更に森林大狼や森林魔狼などのフォレストウルフの上位種も多数存在する。
「さっさと片付けてやるよ。俺は今気が立っている。」
何匹ものフォレストウルフが囲み、グラドに襲いかかるが誰も止めれはしない。即座に切り捨てられ、上位種も下位種も平等に一撃で倒れてゆく。騒ぎが収まる頃にはグラドと森林狼王のみが立っていた。
GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!
森林狼王が天高く吠え、グラドを睨む。それに対しグラドは闘気を込め悠然と構える。
「吠えるんじゃねえよ。犬っころが!」
その言葉に反応し、森林狼王が狼爪でグラドを攻撃する。が、それを真正面から受け止め弾き返す。
「随分と弱いんだな。これが犬っころの王かよ?」
最早グラドの声は耳に届いていない。森林狼王は何度も何度も攻撃するが、全て弾かれグラドには届かない。
「らあっ!」
グラドの一太刀は大気ごと周辺を切り裂く。一瞬世界が静止したように全ての動きが止まった後、森林狼王の頭がズレ落ちた。その切断面はあまりにも綺麗で、剣で斬った後には見えない。グラドは静かに剣を鞘に仕舞い、家の中に入っていった。