7.『魔王』
場所は校庭。一学期を乗り越えた総勢約300名の生徒がここに立っている。全員がレベル4以上であり、下手な貴族の私兵より強い戦力と言えよう。
「聞こえるか!グレゼリオン学園生徒諸君!」
まあ今回は相手が悪いとしか言いようがないが。
「私の名はシンヤ・カンザキ。オルゼイ帝国が七大騎士の筆頭騎士である!」
既に俺たちの周辺には結界が張られている。教師の協力のもと、そこそこ丈夫な結界を張ってもらっているのだ。
「今回は行うのは私一人と、貴公ら全員との模擬戦である!どんな卑怯な手を使っても構わん!全力を尽くし戦うことが唯一のルールである!」
卑怯な手。例えば酸素を消しての窒息死、毒煙を使った毒殺、何十人で囲んでのタコ殴り。そんなんで殺せるほど弱かったらもっと楽に強くなれるに決まっている。
「制限時間は存在しない故、全力で時間かけ私へと挑むのだ!」
その言葉を最後にシルフェが上に光を打ち上げる。簡単な発光弾みたいなもんだ。上空へと素早く立ち上り、ある程度の高度で弾ける。
「開始!」
それと同時にシンヤが叫ぶ。生徒は雄々しく叫び、圧倒的強者へと向かい突き進む。戦闘学部にいる奴が、強き者との戦いに怯えることなどない。死の危険性がないなら尚更だ。
いくつもの攻撃魔法が、武具が、シンヤに向かい襲いかかる。いくらシンヤといえど、『手加減』を使っているのだからまともに喰らえば致命傷だろう。
ピィィィィィイイイイイイ!
耳が潰れるような高い鳥の鳴き声が響き、炎の塊のようなものが空へと飛び立つ。なぜ、勇者候補であるシンヤ・カンザキが魔王と呼ばれるか。それは恐らくこの能力があるからだろう。
「不死鳥か。」
俺はそう呟く。シンヤの姿が消え、代わりに魔物が現れた。つまりシンヤの能力はそういうもの。筆頭騎士であるが故に、有名だからこそ知ってはいた。しかし見たのは初めてだ。
「魔物になる能力ッ!」
生徒の一人がそう叫んだ瞬間、不死鳥は大きく翼を広げ炎の熱戦が一本、二本、三本と次々と放たれる。回避行動や防御が間に合った生徒はダメージを受けずに済んだだろう。しかし間に合わなかった生徒は決して軽くないダメージを負った。これが、最初の攻撃。つまり小手調べ程度である。これで実力者を確認したのだ。
「いけっ!」
シンヤの言葉を号令として、二匹の魔物が現れる。片方は走竜という地上を駆ける竜。もう片方はワイバーン。知っての通り空を駆ける竜。これがシンヤのもう一つの力。魔物を使役する能力。
シンヤは魔物になる能力と魔物を使役する能力を使うが故に、『魔王』と呼ばれた。過去にあったダンジョンから魔物が溢れ出る現象、スタンピードにて魔物が現れた時。およそ100万。魔物の軍勢を遥かに凌ぐ大軍で潰した。魔物を統べる存在として彼は魔王と呼ばれたのだ。
「おーおーよくやるなあ。」
ちなみに今回の模擬戦。一部の生徒は参加していない。企画者側の俺、シルフェ、アクトの三人と、エースとその婚約者であるエルの五人。この五人だけ実力が飛び抜け過ぎている。連携など取れるはずもない。
そう思っているうちに一部の生徒が指揮をとり始め、戦略的に戦い始めた。個々の能力で戦える相手ではないという判断。まあ流石戦闘学部の生徒と言わざるをえない。魔法使いは後方から魔法を打ち続け、戦士は前で攻撃を防ぎ続ける。オーソドックスだが、使いやすい戦術だ。
「……中々凄いなあ。」
その中で一番飛び抜けているのは一人の男。確か名前はフィーノ・ヴァグノ。俺と準決勝で当たった相手だ。あいつだけ独断で行動している。が、まあ独断の方がいいだろうと言える働きだ。ワイバーンの上空からの攻撃を一人で抑えているのだから。
ワイバーンは幾度も攻撃しようと突進しようするが、その度にフィーノの前で突如弾かれる。何もないのに後ろに吹き飛ぶのだ。だからといってフィーノを無視しようとしても、何故か向かう方向へ進むことができず結局フィーノの方へ進んでしまう。
「なら、貴公から倒そうか!」
「ッ!」
そりゃあシンヤはそこを狙うだろう。シンヤの体は変質し、岩のような体になる。シンヤはその岩石の腕を振るうが、フィーノの目の前で弾かれ拳は届くことはなかった。まあ『拳は』。
「ぐはっ!」
弾かれた腕から新しい岩の腕が飛び出てフィーノを殴ったのだ。どうやら認識しないと弾けないらしいな。だからあの時も俺の絶剣を防げなかった。
「ロックゴーレム、か……」
無論。ただのロックゴーレムは分裂などしない。しかしそれは、ロックゴーレムに知能が足りないが故。人間の頭脳ならばその程度の処理はこなせる。
「と、一撃か。」
シンヤは倒れるフィーノを横切り、生徒達をその目で見る。フィーノが抑えていたワイバーンも向かった事により、かなり状態としては不利になっている。
「後、十分生き残れたら貴公らの勝利としよう!それまで戦い続けるがよい!」
これは事前に決めていたことだ。相手が危機の状態で時間制限をつけることにより、勝機を見出させる。まあそうやって地獄の十分が始まった。




