6.翻弄
俺はいつも通り、日が昇る少し前に校庭に出て木刀を振っていた。特に回数は決めず、俺が満足するまでずっと。
「ここにいたんだね。」
「ん?」
俺は声がした方に振り返る。シンヤか。こんな朝っぱらから何の用なのだろう。
「君の部屋に行ったのにいなかったら、探すのに少し苦労したよ。」
「俺の魔力をを追えば良かったろ。」
「あ、その手があったか。」
本当に思いついてもいなかったのか。驚いたような顔をしている。
「で、何の用だ。」
俺は木刀を振るのを止め、シンヤに向き直る。
「いや、そう言えばお礼を言ってなかったのを思い出してね。」
「感謝されるような事をした覚えはねえよ。」
「君はなくても俺にはあるから。」
どうもこの遠慮さ加減に違和感を感じる。修羅場を潜ったような人間の口調じゃない。レベルを上げるのには修羅場を潜り抜ける必要がある。そしてその戦いを乗り越えるには絶望せずに、挑まなければならない。こいつにはそんな感じがない。
「俺は結局、自分がグローリーを倒したのが正しかったのか。それだけを考えてきた。その答えは未だに見つからない。だけど今、何をなくちゃいけないかを考えたんだ。そしてグローリーが俺に何をして欲しかったか。俺は勇者候補だ。未来を見て、みんなに勇気を届けなくちゃいけない。」
「……そうかよ。」
そういうのが、英雄らしくないって言ってんだがな。どこまでもまあ、強そうに見えない奴だ。
「ああそれで、特別授業についてなんだけど。時間は大丈夫かい?」
「食堂で待っててくれ。直ぐに行く。」
「分かった。」
そう言ってシンヤは寮の方に歩く。
「使命とか、そんな事を考えてるうちはまだ駄目なんだよ。」
君たちは誰かに任されたからなんとなく勇者をやり、魔王を倒した勇者がいたと思うだろうか。否、いやしない。全員が、己の欲望の元に魔王を倒した。それにまだ気付かない。あれ程の力があって、なぜ万人に従うのだろうか。
==========
「よし。これで全員だね?」
「ああ。」
俺たちは一つのテーブルに座っている。アクト、シルフェ、シンヤ、俺の四人。
「それじゃあ自己紹介をしようか。俺の名はシンヤ・カンザキ。今回は手伝ってくれてありがとう。」
「いいってことよ!ジンの奴がいねえんじゃ、俺たちもダンジョンに本腰入れられねえからな!」
アクトはそうやってフレンドリーに返す。
「俺の名前はアクト・ラスだ。短い間だけどよろしくな。」
「ああ、よろしく頼む。」
そうやってアクトとシンヤは握手をする。
「どうも初めまして。私はシルフェード・フォン・ファルクラムと言います。今回はよろしくお願いしますね。」
「ああ。こちらこそよろしく。」
「さて。」と、シンヤが言って話を始める。
「今回話すことは来週行われる特別授業だ。目的は一年生にレベル10がどれほどの高みか教えるためだね。それで具体的な内容について何か提案はあるかい?」
「無難な案ですが、模擬戦などはいかがでしょう。手っ取り早く実力は教えられるのでは?」
「まあ、他に良い案がなければ俺もそれだと思うけど。戦う相手がいないのが唯一の問題なんだよ。」
「それなら、ジンさんが戦えばいいのでは?」
「やらねえよ。」
俺は即答をする。勝機がない戦いはしない。それが鉄則だ。
「なら、多対一はどうですか?戦闘学部一年全員対、シンヤさんが一番いいと思いますけど。」
「『手加減』でレベル5ぐらいでなら丁度いいと思うぜ。」
俺はシルフェの言葉にそう同調する。
「うん。じゃあそうしようかな。」
「おいおい。そんなにあっさり決めていいのか?」
アクトがそう聞き返す。
「なら、もう少し話し合うかい?」
「いや時間は少ねえのはいいんだがよ、こんなにあっさり決めるとは思わなくてよ。」
「と、言われてもなあ・・・」
シンヤがそんな風に苦笑いする。
「別にこれでいいだろ。場所は校庭でいいよな?」
「ああ。ここの校庭は広いから、充分に戦えるだろうしね。」
じゃあ後はこの資料をまとめて先生に提出するだけか。
「じゃあ資料の作成は私に任せてください。三人で流れの確認をお願いします。」
「了解。じゃあ任せた。」
俺はシルフェにそう答える。さて、後はどういう風に進めるか決めなくちゃな。
ちなみにこの勇者候補のテーマは『自分で決められない子』ですね。




