4.勤勉を持つということ
その後、学生寮のシンヤの屋根に集まった。あまり外に聞かせたい話ではないらしいからな。
「で、話ってなんだ?」
「薄々感づいてはいるだろ。」
まあな。勤勉関連なのは予測できる。まあそれ以上はあくまで『予想』の域を出ない。
「君が、勤勉の保有者であるなら。俺は知りたいこと、いや、知らなくちゃいけないことがあるんだ。」
「知らなくちゃいけないこと?」
勤勉に表も裏もないと思うが。
「ここから話すことは他言無用で頼む。聞きたくないかもしれないが、それなら補佐官として無理にでも聞いてほしい。俺にとってはそれぐらい大切な事なんだ。」
「……分かった。」
シンヤは不安そうな、それでいて期待しているような目を俺に向ける。
「まず俺のことについて話そうか。俺は今こそ七大騎士のリーダーなんかやってるけど、二、三前までは七大騎士の誰にも勝てなかった。そしてレベルは1だった。」
いや、だがちょっと待て。その言い方だとまるで二、三年でレベル10まで上がったような。
「俺には師匠がいた。それがジンと同じ勤勉の保有者だったんだ。」
俺の疑問をよそに、シンヤは話を続ける。
「それこそが先代の七大騎士筆頭騎士。名をグローリー・ヴァルヴァトス。俺の父親代わりだった。」
「おい。勤勉保持者が結婚なんてするか?時間の無駄になるだろ。」
「ああ、もちろん。俺は拾われたんだよ。」
グローリー。聞いたことがある。昔、理由も明かされずに突如消えた最強の騎士。
「グローリーは確かに強かった。それこそ人類最強の名をあのディザスト・フォン・テンペストと奪い合うぐらいには。」
ディザスト。誰もが認める世界最強。しかしそれが確定したのはつい二、三年前。そう。丁度グローリーが消えたのと同時期。つまりグローリーはあの最強の男に勝つ可能性があった人間なのだ。
「勤勉の保有者として相応しいようにグローリーは自分の技を極め続けた。」
勤勉を保有しているものは、一人の例外もなく、強くなるために手段を選ばぬ人間だ。ブレーキを失ってしまった人間達だ。
「そして、限界が来た。」
だが、限界は来る。ブレーキを失っても、アクセルを踏む力が弱くなればいずれ止まる。例えどれだけ速くても。
「グローリーは老いには勝てなかった。ディザストは無限の命を持っていたが、グローリーはそれを持っていなかった。それが世界最強を競った男の決着だったんだ。」
間に合わなかったのだろう。その無念は痛いほどわかる。俺も、前世幼馴染にそれをやられた。
「そしてグローリーが選んだ道は、死だった。俺にとどめを刺される事だった。」
「そうか。」
「最強かもしれない、弱くなる前に、朽ち果てる前に死ぬ。それをグローリーは選んだんだ。」
シンヤは自分手のひらをまるでおぞましいものを見るように見る。
「だけど、俺は死んでほしくなかった。生きていて欲しかった。」
そして俺の目をしっかりと見て、少し躊躇いながらめ言葉を発する。
「結局、俺はグローリーを殺した。だけど聞きたいんだ。かの2代目勇者は勤勉を保有しながら、幸せに生きたと言われている。つまりあの呪縛は解けるはずだったんだ。」
「まあ、そうだろうな」
「だから聞きたい。他ならぬ君に。なぜ、君たちはそこまで強さを求める。なぜ、人生を強くなる事以外で楽しめない?どうやったら、俺は、グローリーを救えたんだ!」
救えた、ねえ。
「俺たちはな。」
まあ、俺なりの答えを返そう。
「強さを求めたわけじゃないんだ。」
俺らに強さだけを求める存在がいるだろうか。否、そんな人間いるはずがない。
「強さに憧れる奴なんていない。強い奴に憧れるんだ。」
強い奴になろうとする。単純な技術に憧れた奴は、勤勉は手に入らない。
「そして強い戦士に、強い魔導師に、強い剣士に。なんであれ何かに憧れ、そしてそれを極めようと努力する。」
これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。孔子の言葉だ。この楽しむ者こそが、強さに憧れた奴だ。剣術を身につけるたびに、その快感を楽しみ、更に求めようとする。俺たちとは違う。
「苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで。その強い奴になろうとする。」
俺たちは修行を楽しいと思ったことはない。俺たちが喜ぶのは自分の実力がついたと知った瞬間だ。修行は地獄であり、楽しみなんてありはしない。
「その結果、憧れたものを忘れる。」
「ッ!?」
「時間なんて一秒でも惜しい。無駄な思考はいらない。だからこそ自分が何になるためにそれをしているのかを忘れ、その結果強さを求めていると勘違いした傀儡が完成する。」
更に言葉を続ける。
「俺たちは強さを求めるのを楽しいと思ったことはない。むしろ楽しくない。だから敗北するその瞬間まで走り続けることしかできない。今までやってきた事を反復するように。」
正に傀儡だ。エースの言う通りだった。
「そして敗北を、限界を知った瞬間。人生の意味を見失う。幼き頃の情熱をそのままに突き進む事しか知らなかった。だから、一度止まれば。やめる生活なんて信じられない。」
だから勤勉は敗北と最強のどちらも許されない。どちらも壊れる条件なのだ。
「そして今までの人生が最高潮のうちに終わらせるなんてのは、簡単に想像できるだろ?」
だって、人形がこれから違うことができるわけないじゃないか。




