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平凡な英雄記  作者: 霊鬼
第2章〜勝利のために〜
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15.勝利のために

シルフェは俺の親友だ。それは間違いない。俺たちは永遠の親友だ。



「そういえば一度も喧嘩なんてしたことありませんでしたね。」

「……おいおい。」



しかし、それ故か俺らはこの5年間。ほとんど一切というほど、本気で語り合った事もなく、ぶつかり合った事もない。



「シルフェ。俺が何をしたっていうんだ?」

「貴方の間違いを正すためです。」

「はっ!俺の何が間違ってるって?俺はいつも最適な行動を取っているつもりだぜ。」



そうだ。勝利を欲して何がいけない。強くなるために渇望して何がいけない。他人をそのために蹴落として何が悪い。蹴落とされないと思っていた方が悪い。



「この5年間。私は貴方の事を理解すると同時に、真実から離れていった。私は貴方の仮面だけをどんどん理解していっていた。」

「誰だって二面性はあるもんだろ?人に見せたくねえもんは誰だってある。」

「それが知られたくないものを守るためだったら良いのです。しかし、貴方のその仮面は歪です。確証が持てなかったからこそ、あえて無視をしてきた。しかしそれは確信に変わった。」



確信?



「ジンさんは苦しんでいる。その一点に尽きたからです。」

「俺が、苦しんでると?」



それこそあり得ない。自分で選択して、自分で突き進んだ道だ。なのに何故苦しむ必要があると。



「ジンさん、いえジン。貴方は自分が何のために努力しているかわかっていますか?」

「そりゃあ勝つために決まってんだろ。」

「何故?」

「何で勝ちたいって、それ以上の理由が必要か?」



勝ちたいから勝つために頑張る。それ以上の理由はないはずだ。



「それがおかしいんですよ。結局、何で勝負することを始めた切っ掛けが分からない。何故絶対勝たなくてはならない原因が一切ない。だというのに有り得ないほど勝利を求める。絶対に、貴方には理由があるはずです。」

「それは……」



言い返せない。事実だと分かったらだ。確かに、俺は何故こんなに頑張っているかを忘れている。ただ勝つという考えだけが残っているのだ。



「目的と手段を履き違えてはいけません。貴方は今、手段が目的になってしまっている。何故なら貴方は勝利した瞬間に喜んだ事はあっても、楽しそうにした事は一回もないから。」



……



「ジン。最後に、楽しいと思ったのはいつですか?」



アクトと戦った時も、勝利した時も。得た感情は喜びだ。楽しいと思った事は一度もない。図星だからこそ、何も喋れない。俺の眼の前に木刀が投げられる。



「私が勝ちます。その地獄のような鍛錬、常に限界を挑み続け自分を追い込み過ぎるその姿。それを乗り越えて私が勝ちます。そして全てを吐き出してもらいます。」

「はっ!お前が俺に一度でも勝った事があったか?」

「そのために、私はこの力を準備したのですから。」



俺は今、乾いた笑みを浮かべているのだろう。薄っぺらい。そんな笑みを。



「ぶちのめしてやるよ。一瞬でな。」

「できるなら、ですけどね。」



シルフェの背後から青竜が飛び出す。



「私は貴方が理解できない。そこまで苦しんで、何も楽しみなどなく本能のように勝利を求めるその姿を。」

「そこまでしねえと強くなれなかったんだろうが!」



俺は飛び込んでくる青竜に、真正面から木刀をぶつける。



「無銘流奥義一ノ型『豪覇』」



俺の腕と木刀が青竜を上に弾く。その隙をついて真っ直ぐ飛び出る。



「俺はお前らみてえに才能なんてねえからな!」

「そのために自分の幸福の全てを捧げるほどの理由があると?」



無銘流奥義二ノ型『天幻』



「逆にお前は負けてえのかよ!たとえ、自分より遥か格上でもよッ!」

「そんな、わけっ!」



即座に放たれるいくつもの刃がシルフェを襲うが、防御を崩し切るより速く青竜が俺に突撃してくる。



「しかし、その過程には自分の幸せが大前提となります。貴方は本能でそれだけを求める。」

「それの何が悪いんだよ!」



俺は横に走り出て、青竜の攻撃を避ける。



「ええ、分かっています!これは一種の私のエゴです!なら言わせてもらいましょう!苦しんでいる人を救おうとするこの私の心が間違っているのでしょうか!」



青竜の姿が搔き消え、俺も足を止める。



「親友と共に、心の底から笑い合いたいという。ささやかな願いすらも、叶えてくれぬというのですか!一番の親友の幸福を願うことに何が悪いというのですか!」



シルフェが俺を指差す。



「人の体っていうのは、その人だけのものじゃないんですよ!」

「ッ!」



言葉を、発せない。



「もうちょっと自分を大事にしましょうよ。もっと自分の幸せを願いましょうよ。貴方には、その権利があるはずなんです!」



シルフェが泣いている。何も言えない。言い返せない。シルフェが言う事は間違っていないから。俺だって、もっと気楽にみんなと騒いで、競って、楽しめるだけだったらどれほど良かったか。



「もう、もう止められねえんだよ!」



分かっている。これから言う事は全部。何も正しくない。己のプライドを守るためのものであり、正当性など何もない。それどころか相手を傷つける言葉なのだ。しかし俺は自分の口から溢れる言葉を止められない。



「何十年も!俺はこの生き方しかやってこなかったんだよ!」

「何、十年?」



これ以上は言ってはいけない。だけどもう俺は理性を失った。



「お前には分からねえだろうがよ!人の何十倍も努力したのに、それでやっと僅差で勝つぐらいしか差をつけられない奴の気持ちがよ!」



それは前世から思い続けてきて、ついぞ誰にも話せなかった俺の本心。



「お前は良いよな!そんな風に考えられるんだから!そんな簡単に力が手に入ったんだから!」



俺が言ってる事は、最低な事だ。



「俺と同じ量の努力をお前がしたら、アクトがしたら!俺は絶対お前らに勝てねえんだよ!」



環境に恵まれ、師に恵まれた。人より遥かに良い待遇を得ているにも関わらず、それでもなお人を妬むなど。



「教えてくれよ!俺が何十回も試行錯誤を繰り返して、実現した技をどうやってそんな簡単にできるようになるんだよ!教えてくれよ!どうやったらそんな馬鹿げた力を簡単に手に入れられるんだよ!」



俺は叫び続ける。



「俺はお前みたいに二つも選べなかったんだよ!一つしか、選べなかったから。だから俺は勝利のために!ただ勝利のためにしか生きれなかったんだッ!」

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