5.争いの前兆
そのまま試合をやったりして、夜になった。父さんが我流剣術だからか、俺に型を教えることは一度もなかった。決定的に間違っていることを指摘するだけだ。戦術は俺が見つけていかなきゃいけない。
「地面が冷たくて気持ちいいな。」
俺は地面に寝転がりながらそうつぶやく。武器の操作、体運び、闘気操作、戦術。単純な技術が足りなかったから俺は一度も勝てなかったのだ。しかし俺がやることはもう決まっている。
常にその場で最高の力加減で、最高の角度、最高の場所に一撃を叩き込む。たったこれだけそこらの剣士を圧倒できる。ただ攻撃を外さないというのは強いのだ。故に容易であるはずがない。達人であっても『完璧』を求める。武術というのはいかにこれに近づくかだ。他にも技があるがこれさえできれば後は勝手にできるようになる。
「初歩こそが最後の一歩。」
武術とは最初の一つができれば、結局そのころには他も全部極まっているのだ。基礎故に全て。だからこれだけを練習する。最高の一撃を常に放てるように。
「おいジン!さっさと起きろ!」
家のほうから父さんの声が聞こえる。俺は凡人だ。だから人の億倍やる。誰よりも基本を突き詰めるのだ。
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朝が来た。階段を下りた辺りで父さんがいないことに気付く。父さんの闘気を感じないのだ。
「『三日間開ける』か。」
俺は机に置いている書置きを読んだ。理由など一言も書いていない。まあいいけどね。
「剣術の練習でもするか。」
土でできた硬い人形だ。右手が落ちている。試し切りで父さんが落としたのだ。といっても俺はまだ一切切れないけど。
「はああああ。」
俺は口から息を吐き、神経を研ぎ澄ます。剣を鋭く振るう。同世代の中なら問答無用で俺の勝ちだろう。しかしだ。完璧には程遠い。剣が少しぶれる。力を入れるタイミングが早い。まだまだ足りない。
「遠吠え?」
そのまま何度か降っていると、オオカミの遠吠えのような音が聞こえてきた。しかもかなりの頻度で。
「まあいいか。」
俺はそれを思考の端へ追いやり、そのまま剣を振った。