10.形勢逆転
世界に声が響く、しかしそれは邪神のような邪悪な声ではない。人に勇気を与えるような声。
「よくぞ諦めなかった。」
英雄は力を貸す。前を進むものには手を貸せる。しかし、立ち止まるものには力を貸すことすらできない。人々が勝つために命を賭けるからこそ、英雄達も死して尚、人に手を貸そうと決意するのだ。
「後は任せろ。少なくとも悪魔如き、我ら英霊の敵ではない。」
それは蒼い髪と目をした男。手には二つの聖剣を持つ。
「『勇王』ヴァザグレイ・フォン・ファルクラム。その名の通り、勇者の王として戦おう。」
彼の後ろには四人の仲間がいた。一人は魔法使い、一人は戦士、一人は僧侶、一人は鍛治師。伝説にも名高い勇者パーティそのもの。
「これは総力戦だ。過去から現在にかけて存在した、数多もの英霊達が人類の巨悪と戦う。神と人、生き残るべき存在を決める戦い。」
既に各地で英霊達が蘇っている。この世には八人しかいない英雄、歴代の勇者、それだけではなく歴史の一ページを担った人物達。これ以上に頼もしい援軍などいようはずもない。
「勝たせてもらうぞ。先にルールを破ったのはそっちなんだからな。」
死んだものは蘇らない。その絶対原則を先に悪魔が破った。なら、人が破っても問題ないというものだろう。英霊達により戦いは人が有利な方へと動いていく。
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英霊達により、さっきの比じゃないスピードで悪魔が減っていく。ならば残るのはその中でも最強級の悪魔だけ。
「チッ!厄介だな!」
アクトと悪魔は相対する。それは七十二柱の一つ。アクトが苦戦するほどの強者。形は人型で、背は高い。悪魔の腕とアクトの槍がぶつかり、互いに同タイミングで後ろに下がる。
「名乗りな。」
「……序列第三位『全知』のヴァサゴ。」
アクトの眼は未来を見通す。しかし、何故かその未来を選び切る事ができない。それはその悪魔の能力に起因する。
「……その眼、人には過ぎたものだな。」
「ああ、なんせお前の権能なんかより強いんだからよ。」
アクトの挑発に対し、ヴァサゴは一切反応しない。ただただ無機質で冷たい目でアクトを見ている。アクトはやりにくい相手だと舌打ちした。
「……私の役目は、お前を破壊神様の元へ行かせぬこと。一人でも破壊神様と戦う敵を減らすこと。それが私の役目。」
「お前は強そうだな。ここに来るまでに三柱ぐらい殺したけどよ、お前ほどの圧力を感じる奴は一体もいなかった。」
アクトは意識を研ぎ澄ます。その眼は金色の光を放ち、人器の槍はアクトの能力を格段に上昇させる。
「だが、勝つのは俺だ!」
互いに未来を見れる。ならば先に負けるのは単純に能力が劣った方か、集中力を切らした方。アクトの槍と悪魔の体が幾度もぶつかる。互いに有効打が見つからないまま、数分間その槍と腕が打ち合われる。
「キリがねえなあ!」
「ならば使えばいいだろ、その槍の本当の力を。」
「ハッ!随分と余裕そうじゃねえか!」
アクトは負けず嫌いで単調だ。だからその挑発に乗り、人器の力を更に解放する。
「『能力制限解除』」
アクトは隙を見て、人器の力を解放する。しかし未来を見れるヴァサゴにとってそれは想定内。
「『超過起動人槍』ッ!!」
武闘祭の時より更に速く、洗練された突きが放たれる。一瞬とはいえ、その一撃は戦神であるグラドにも並びうるとさえ錯覚させる一撃。アクトの槍は一瞬にして悪魔の腹を貫く。
「ッ!!」
「もう遅い。」
しかし何故か決着を決めたアクトの方が驚き、ヴァサゴはニヤリと笑う。それは未来を見れる二人だけが知れる世界。ヴァサゴは逆にその槍を掴み、アクトを逃れぬようにその体を変形させて絡ませる。
「私の全知の力で、お前の情報を剥がす。その眼を奪い取れば、お前はもう戦えない。」
「そのためにわざと!」
この世の全ては世界の記憶に接続している。ヴァサゴの権能もアクトの眼もそこから情報を引き出しているに過ぎない。しかしヴァサゴの力の一つにその接続を斬るという力が存在するのだ。世界から切り離されれば、その力は当然失われる。
「『情報の剥奪』」
アクトの眼から神からの力が剥がれようとした瞬間、ヴァサゴの顔面に槍が突き刺さる。アクトの槍は腹に刺さっている。明らかな第三者からの攻撃。
「え?」
アクトの眼の力が失われる直前に、それは止められた。アクトが周りを見渡しても、さっきの槍を持った人はいない。しかしアクト自身には、その槍に見覚えがあった。
「今のは、霊槍『アランボルグ』だよな……」
既に人器となり、この世に存在しないはずの武器が自分を助けてくれたのだ。あまりにも不思議な現象に、アクトは戸惑う。
「……英霊じゃねえけど、助けに来てくれた、のかな?」
一人だけ覚えがあった。しかし彼は英霊ではない。本来ならいてはならないはずの男。取り敢えずアクトはその考えを払い、眼の力で空を飛ぶ。しかしその飛び方は安定せず、今にも落ちそうだ。
「剥がれかけたせいで、制御が効かねえ……当分安静にしなきゃ治んねえなあ、コレ。」
アクトは諦めたようにして地面に降り、寝転がる。
「俺はここでリタイア、か。」
少し寂しそうにしながら、アクトは戦場の真ん中で眠りに入った。
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シンヤは知っていた。いくら騎士王の影に隠れていたとはいえ、彼の知名度は確かなものだ。大きな偉業があったわけじゃないが、確かに彼は英霊として相応しい存在である。だからこそ、いると確信していた。
「……グローリー。」
帝国跡地。皇城があった地に、グローリー・ヴァルヴァトスはいた。その鋭い双眸がシンヤを貫く。
「ここにいた悪魔は、どうなったんだ?」
「全員殺した。」
低い声でその男は言い放つ。七大騎士がいるにも関わらず、逃げるほどの悪魔の大軍がそこにいたはずだ。しかし、いとも簡単に彼は全滅させたと言ったのだ。
「……シンヤ、いけ。ここは俺がやる。お前は甘っちょろいし、覚悟も足りねえ。だが俺の力を引き継ぐに相応しい人物だ。それは今でもそう思っている。」
彼は手に持つ剣を地面に突き刺す。
「それを証明してくれ。俺の一生は無駄ではなかったとな。」
「……ああ、分かった。」
シンヤは旅立つ。二人に、深い言葉はもういらなかった。




