6.新国王
早朝、決戦前。人々は絶望の中にあった。グレゼリオン王国を除く全ての国家は崩壊し、これでも未だに邪神の戦力は大きい。一柱で一つの軍隊にも及ぶと言われる七十二柱の悪魔が半分以上まだ残っている。それに普通の悪魔でさえも万、もしくは億という戦力がいると言われているのだ。流石に悪魔を殺せる程の実力者は億もいない。戦力差は絶望的なのだ。
人々はそれを最後の時と思い、自暴自棄に潰れていた。抗う事もせず、滅びを待つのみという人もいた。終わりなのだから何をやってもいいだろうと言う奴もいた。その人々の考えは、一つの点で一致している。つまりは、自分達はここで滅びるのだと。
「……降りてきたか。」
エースは王城の屋上にて、それを見た。黒き塊が天から落ちたのを、その目でしっかりと。エースは魔法を使う。風の魔法を空気の振動を延長させ、声を遠くまで響かせる拡声の魔法を。
「よく聞くがいい!誇り高き王国民達よ!」
エースは語りかける。今ここにいるのは最後の人類達。世界中から人が逃げ込んだが故に、勿論王国の民以外も存在する。しかしそれでも気にせずに、エースは自分の王国の民にだけ語りかける。
「グレゼリオン王国第七十二代国王カルテ・フォン・グレゼリオンは死んだ。故に、今日からは我がグレゼリオン王国の国王。第七十三代国王エース・フォン・グレゼリオンである。」
王国中の人がどよめく。無理もない。いきなり国王が死に、しかも直ぐに新たな国王が生まれたのだ。動揺せずにはいられない。
「前国王の死因は病死であった。貴様らも知っておろう。最近流行っていた病によるものだ。本来、病は直ぐに治療をすれば別状はない。しかし国政を止まる事を危惧し、前国王はそれを隠してつい昨日死んだ。」
エースは息を吸い、極めて冷静に言い放つ。
「なんと愚かなことか。国王がいなくなった時の打撃の方が大きい。そもそも前国王は危機管理がなっておらず、病が流行っているというのに各地を飛び回っていた。あまりにも愚かな国王であった。」
そう、エースは言った。国民は一瞬静かになるが、その後に直ぐに言い返した。一人、二人、三人と次々に人がその言葉に反抗し、王城にも声が響いてくる。
「ふざけんな!」
「国王様は国民の為を思える良い人だったんだ!」
「ドラ息子が!どこにいやがる!」
声が響く。それを聞いてエースはニヤリと笑う。思い通りにいったという風に。
「なら!その恩に報おうとは思わんのか!」
今度は国民が黙る。図星だった。世界の滅びを前にして、諦める奴もいれば、何もしない奴も当然いた。
「戦闘員であるならば悪魔と戦う為に命を賭けようと思わんのか!非戦闘員であっても、協力できる事はあるぞ!少なくとも王都にいる国民は誰一人として協力しようなどと思ってはおらんだろう!」
それは事実だった。協力をするのなら外との境目、つまりは海岸沿いに移動するものだ。それをしていないという事は、安全圏に逃げていると言っているようなものだ。
「前国王は決して賢くはなかった!しかし誰よりも国民の目線に立てる王であった!この王国民の中に、前王に救われた人間が何人いる!」
前国王は弱者を助ける為に新たな法律を作り、常に弱者の味方であった。その王を誇らしく思い、尊敬と感謝の念を抱く人は何人もいた。
「国民を励ます為に王国中を飛び回り、人々の思いを最後まで聞こうと思った偉大なる王にその命を賭ける事はできんのか!」
国民達、特に王都にいる国民は何も返す事ができなかった。それは何も間違っていなかったから。
「戦力差は絶望的だ。七十二柱の悪魔が何体もいる上、神もが我々の敵である。いくら強き王国軍であっても、勝率はほぼゼロだ。」
皆が知っている事を、エースは語る。この事実があるからこそ、何人もの国民が生を諦めて神に頼り、生きる事を諦めた。
「……なら!諦めるのか!」
しかしエースはそれを許さない。
「きっと勝てないから!絶対に勝てないから!そんな理由如きで生き残る事を諦めるのか!」
それは、エースが抱く人類への希望であった。抑えきれない人類への可能性を信じた言葉であった。
「ただ祈り、怠惰なまま死にゆく事を良しとするのか!」
絶望していた国民達は僅かに顔を上げる。
「断じて否だ!確かに勝率はほぼゼロだ!しかし決してゼロではない!いや例えゼロだったとしても、ただ滅びを待つだけで貴様らは良いのか!」
その言葉は確実に人の心を揺さぶる。
「我々は未だ敗北はしていない!我々は未だその地を足で踏みしめ、立っているのだ!」
顔をあげる。希望を見るために。
「なら!最後の一秒まで戦え!どうせ死ぬのなら世界を救う為の英雄の一人となって死ね!我々、グレゼリオン王国の民がここに千年以上の時をかけて安住の地を築いたのと同じように!その命を犠牲にして後世の為に捧げろ!」
あまりにも傲慢不遜な振る舞い。しかし、それは確かに人の心を動かしていた。
「開拓の時だ!遥か昔、その地を我々で切り拓いた時と同じように!我々の国を!我々の世界を!奪い返すのだ!」
その言葉に人々は覇気を取り戻す。そしてそれは大きな歓声となる。
「第七十三代国王エース・フォン・グレゼリオンの名において全国民に命ずる!」
傲慢に彼は言う。
「その命を我らが未来の為に捧げよ!」
決して全員ではない。しかし立ち上がる人は確かにいた。それは、大きく人々の流れを変えることとなる。
「さあ、決戦の時だ。」




