3.人の手はそれでも
「俺は、愚者である」
霧となった青竜の中で、俺は夢想技能の詠唱を始める。俺の夢想技能は強い。だからこそ、長い詠唱がなければ発動ができない。
「『未来へと導く一振りの星』」
「一度も勝てず」
シルフェの剣の力によって氷の剣がいくつも生成され、破壊神へ襲いかかる。レベル10であってもダメージは避けられない氷の剣。破壊神も当たるのは恐れたのか、破壊の結界を展開する。それに触れた氷の剣は消える。
「一度も頂点には立てなかった」
その間にシルフェは距離を詰める。そしてシルフェの剣が破壊の結界に触れた瞬間、破壊の結界は消える。しかし破壊神は即座に距離を詰め、シルフェの首を掴む。
「壊れろ。」
「い、やです。」
「故に誰よりも強い夢を乞う」
シルフェも聖剣も霧となって消える。シルフェは青竜の力で、聖剣は元来の変幻自在の効果で霧となった。破壊の対象を失った破壊の力は破壊神の周辺の霧を消し飛ばした。
「手には何もなく」
『ガァっ!』
「目障りだぞ、ミシャンドラ。」
近付くミシャンドラを破壊の力で一瞬にして壊す。しかしアクスドラには有り得ないほどの再生能力がある。肉片が一つでもあれば再生はできる。
「その道に意味はなく」
「青竜!」
俺の夢想技能さえ発動すれば五分以上に持っていける。それを確信しているからか、シルフェも即座に次の手を打つ。
「常に独りだった」
「『神たる蒼き竜が息吹』」
「チッ!面倒だな!」
破壊神でさえも神力が篭ったそれを容易に壊す事はできないのか、少しのラグの後にその攻撃は消失する。
「そんな俺に夢があるなら」
しかし、もう十分だ。ここまで来たら、破壊神でさえも俺を止める事はできない。
「その夢はきっと、ありふれた虚構の夢であった」
太陽のようなものが二つに増え、俺達は世界から隔離される。そして俺と戦うものは味方敵関係なく、一定の能力まで下げられる。それは神とて例外ではない。その証拠に終幕の剣も消える。
「終わりだ、破壊神。」
「……なんだ、これは。」
言葉には答えない。俺は即座に距離を詰める。奥の手があるかもしれないから、一瞬で距離を詰める。未だに状況を把握できない破壊神へと刃を振るい、そして――
「……え?」
俺の心臓に終幕の剣が刺さっていた。
「言ったはずだ。お前だけは念入りに殺すと。」
「ジンさんッ!」
心臓から即座に剣を抜かれる。血が溢れ出る。ありえない。それはここにおいて使えないはずの神力と破壊の力で構成されている。
そもそも神に夢想技能は効かない?いや、それも有り得ない。じゃなきゃ虚無世界というもう一つの世界へ邪神を連れて行く事もできない。
「未だ全知全能の力を持たぬ私であっても、世界の記憶を使えば大抵の情報は手に入る。アレは私が考案し、作り出したものだからな。」
頭が纏まらない。しかし、倒れる前にしなくてはいけない事がある。俺はポケットから鍵を取り出し、背後に投げる。そこにはシルフェとアクスドラがいる。
「だからこそ、お前の夢想技能は厄介だった。発動さえすれば、確かに私をも殺しうる。だからこそ概念を壊した。」
「概念、だと。」
「私は破壊の概念と結びついた神。その権能を使えば、『破壊神にジン・アルカッセルの夢想技能で干渉できる』という概念を破壊できる。」
俺、個人にそこまで徹底的な対策を打ったのか。恐らく破壊の力を多分に使うはずだ。それは父さん曰く、破壊神の存在に欠かせない何か。存在の一部を削ってまで、俺を殺しに来たのだ。
「……逃げろ、シルフェ。」
「で、ですがッ!」
「ここで全戦力を失う事の方がダメだ。」
既に夢想技能は切った。効かないと分かれば残しておく必要はない。
「心臓を失っても倒れないのか。随分と丈夫だな。」
「そんな、柔な鍛え方はしてねえからな。」
シルフェとアクスドラは鍵を使い、この地から離れる。あいつらは逃げれた。なら、俺も俺でなんとかしないとな。
「死を知りながら、尚も足掻くか人間。」
「まだ、死ぬと決まったわけじゃないからな。」
心臓が失っていても立てるのは、俺の闘気と魔力を使っているから。しかし逆に言えば、これが尽きればその瞬間に俺は死を迎える。
「それに、俺はまだやらなくちゃいけない事が残っているんでね。」
俺は死ねない。まだここで終わるわけにはいかない。俺は、この戦いが終わったら結婚するんだ。それに、今までの苦労に見合った分楽しみたい。世界を救ったらそれこそ一生遊んで暮らせるかもしれないしな。
「……そうか。やはり血縁はなくとも、貴様らは親子というわけだ。」
……ああ。確かにそうだ。命を賭けて、守りたいものを守る。そういう意味では同じかもしれない。だがしかし、決定的に違うところが一つある。
「父さんは、帰らなかった。だけど俺は帰らせてもらうぞ。お前の首を持ってな。」
「やってみろ、人間風情が。」
俺は再び、地面を蹴った。




