8.因縁の終わり
ノータイムで魔法が発動される。その対処法は出現から俺にぶつかるより早く逃げるか斬る。そのどれもが刹那の時間に過ぎない。しかしこれと同じ、むしろもっと難しいことを既にやっている。エースに比べればまだ弱い。
「僕は、賢者である」
「俺は、愚者である」
ならばレイの勝ち筋は既に一つ。夢想技能だ。それが最も高い勝機。だからこそ俺も夢想技能の準備を始める。
「全てに勝ち、全てにおいて頂点に立った」
「一度も勝てず、一度も頂点には立てなかった」
恐らくはこれは俺に夢想技能を使わせる為の攻撃だろう。意図は分からないが、ここで黙って夢想技能を発動させられたら俺は圧倒的に不利になる。だからこそレイの誘いに乗るしかない。
「故に夢を持たない」
「故に誰よりも強い夢を乞う」
俺とレイは油断せずに睨みあう。もしも隙なんて見せたら、互いが互いを殺せるのだから油断などできるはずがないのだ。
「手には全てがあり、その道は栄光に満ちていて、常に人と共にあった」
「手には何もなく、その道に意味はなく、常に独りだった」
思えば俺とレイはずっと正反対だった。やり方も考え方も、その力も。だからこそ俺たちは好敵手になれたのだ。
「そんな僕に夢があるなら、その夢はきっと」
「そんな俺に夢があるなら、その夢はきっと」
「ありえない世界の夢だった」
「ありふれた虚構の夢であった」
レイが構築する『完全な領域』は一瞬だけ形になる。しかし直ぐにボロボロと崩れ落ち、レイの夢想技能は消えた。恐らくここまでがレイの望んだ展開だ。
「……何が狙いだ?」
「狙い?おいおい分かるだろ。僕はこの状況下の方が普通に戦うより有利だと判断しただけさ。」
虚無世界はありとあらゆる神からの干渉を封じた上、互いのパラメーターを同一化させる。魔法も使えなくはないが、体外の魔力を利用した魔法しか使えない。それは簡単な魔法以外の全ての使用を禁止するという事だ。
「そうかよ。なら、行くぞ。」
「ああ、来なよ。」
レイは魔力を練り、空に小さな炎の球をいくつも生み出す。俺は駆ける。その魔法は俺へと迫るが、なんせ遅い。当たる事はない。回避できない攻撃はこちらも魔法を使って相殺してやればいい。最も容易く、俺は自分の間合いにレイを捉える。
「しっ!」
声を発しながら俺は剣を振るう。狙うは首。リーチが長い武器はその分振るった時の先端速度はかなりのものとなる。避けるのはほぼ不可能。
「いったいなあ……」
しかしそれを右手でレイは防ぐ。このまま止まれば魔法の攻撃を受けかけない。だからこそ俺は右手を斬りながら、距離を詰める。かなり深くまで刺さった。抜くのは大変だろう。
「……だから勝てないって言ったじゃないか。ここから先、勝てるビジョンが一つも思い浮かばない。」
「それなら降参するか?」
「それは癪だ。取り敢えず、僕が戦えるまでは降参なんてしてやるもんか。」
俺の足に木がまとわりつく。レイは右手から剣を外して、大きく距離を取る。木は脆く、俺は簡単にそれを壊す。しかし多少の抵抗感はある。あの状況でレイを追いかけたら転ぶ可能性の方が高い。
「来なよ、ジン。僕はまだ立ってるぜ。」
「言われなくとも。」
俺は剣を持ちながらレイへと接近する。その瞬間、後頭部に大きな衝撃が伝わる。
「あの近付いた時、ついでに君の後ろに岩の球を作っておいたのさ。」
なるほど、それは気付かなかった。まあ、もう関係ないが。俺は加速する。いや、本来のスピードに戻り、レイの首皮に聖剣を少し入れる。
「……卑怯だよねえ。夢想技能を解除するタイミングは君次第。危機的状況になったら解除さえすれば危機にはならない。寧ろ相手の虚をつけるんだから。」
「解説ご苦労、俺の勝ちだ。」
俺は剣を消す。ずっと昔から追い求めた勝利。嬉しい。嬉しいのだが、そんなに嬉しいわけではない。エースに勝った時以上の感動はない。どちらかというと開放感だ。やっとと言った感じがある。
「ああ、もう。やっぱり無駄な時間だったじゃないか。疲れただけだ。」
「そこまで言うか?」
「そうだね。僕は君の勝ちを認めてるんだからそれでいいじゃないか。」
「確かな形が欲しかったんだよ。こちとらお前に何千回負けたか。これらぐらいは許せ。」
俺はその場に寝転がる。終わったなあ。やりたい事というか、やり残した事が最近になって全部終わっていく。
「はあ。行くよシンヤ。多分あのままあいつは動かないからね。」
「……結局、俺いらなかったんじゃないの?」
「うるさい。口答えするな。」
「すいません。」
俺はその後、数時間。ずっと空を見ていた。
呆気なく終わりました。まあそんな大切な話というか、ジンが絶対これはするだろうなっていう理由だけでいれた話なので。十話前後で9章は終わるかも?




