7.因縁の二人
俺は一人、デルタ大陸に来ていた。数少ないデルタ大陸の安全地帯。その一つであるとある山の山頂。名を逃山。デルタ大陸の魔物に追われた人が逃げる山だからこそ、そう言われる。
俺は待っているのだ。一人の男がここに来るのを。百年近くまで渡る、戦いに真の意味での決着をつける為に。
「……やっとか。」
俺の目の前の魔力が歪む。空間属性による転移魔法。この高密度の魔力地帯へは、それは本来不可能である。しかし天才であるのなら、それは不可能ではない。
バスケで言うなら、コートの端から百回連続でシュートを決めるようなもの。決して不可能ではないが、限りなく不可能に近い。それを天才は100%にする事ができるのだから。
「遅くなったね。」
そう言ってレイは現れる。その手はシンヤの首を掴まれており、無造作にそこらに投げ捨てる。まるで意味が分からないという顔をしており、無理矢理連れてきたのであろう事が容易に想像できる。
「え、どういうこと?」
「こいつは立会人として連れてきた。最悪、僕達がダブルノックアウトしてもこいつならなんとかしてくれるさ。」
「分かった。頼むぜ、シンヤ。」
俺は聖剣を抜く。鞘は捨て、レイの一挙手一投足を逃さぬように。
「……ええ、ああ、つまり審判をやれと?」
俺達は何も言わずに、それを無言の肯定として返す。戸惑いつつも、シンヤは俺達の間に立つ。
「……一応聞いておくけど、なんで試合なんてやろうとしてんの?」
「因縁があるんだよ。お前なら知ってんだろ。」
「いや、確かに地球だったら二人とも会う度になにかしら勝負してたけど……邪神が来るまで後一月ぐらいだぜ?」
「俺は邪神を倒したらもうこんなに努力しない予定なんだ。そうしたら勝手に勤勉之徳も消えるし、無限加速もなくなる。更に言えば聖剣も返さなくちゃならない。ここが俺の全盛期なんだ。決着をつけなきゃな。」
俺は、もう邪神との戦いを終えたら努力しない。最低限の鍛錬はするが、所詮は最低限度。勤勉の力は維持できない。聖剣もなくなってしまえば、更に弱くなる。だからこそ、今ここじゃなきゃレイに黒星はつけられない。
「……なら、おじいちゃんは?」
「こいつの戦いは受けるって決めてるのさ。前世からの約束でね。」
シンヤは呆れたように深いため息をつく。そしてもう諦めたように右手を突き上げる。
「……わかった。じゃあ、始めるよ。」
俺とレイは同時に魔力と闘気を巡らす。今直ぐにでも戦えるように。英雄の剣と無限加速起動。聖剣解放。使用できるのは極光之英雄、狂気之英雄、決闘之英雄、希望之英雄。十分だ。
「始め!」
その一言と同時にシンヤは手を振り下ろし、後ろに下がる。そして俺とレイは同時に地面を蹴る。いくらレイが転移をしても、戦闘の間は加速し続ける俺相手にはそれは悪手。その事を理解しているからこそ短期決戦を選択した。
「我こそが星を束ねるもの、その総ての力を余さず我に捧げよ『究極星』」
レイは己にバフをかける。身体強化の魔法。しかしレイには闘気が少ない。だからこそ、こと身体能力という面においては俺が未だに有利という点には変わらない。
「『絶剣』」
「『宇宙の原初』」
レイの魔法が形となるより早く、俺の絶剣が魔法を切断する。そして更なる魔法を使う前に次の一撃を放つが、それは結界に阻まれる。しかし俺が放つ一撃は全てが絶剣。結界を切り裂き、レイへと刃が迫る。
「真の可能性」
しかしレイがそんなに簡単にやられてくれるなら、俺はこんなに苦労していない。俺の聖剣を光によって作られた剣で防ぐ。
「『究極の魔法』」
その光は鞭となって俺の剣へ絡まり始める。即座に聖剣を消し、距離を取った後に再び聖剣を出す。
「おや、そのまま攻めれば良かったろうに。」
「その代わりに心臓が飛ぶんじゃ割に合わねえよ。」
「おや、バレていたのか。」
あのまま放置していたら俺の剣へ絡みつつ俺の腕へと進んで、血管に入り込んでいただろう。レイは鞭となった光を長い棒にしつつ、俺を見る。
「しかも、やっぱり準決勝じゃ使わなかった奥の手があったか。」
「ああ。『魔導神王』、その真の可能性。効果は魔法の予備動作の消失。ノータイムでの魔法の発動。僕が思考するだけで魔法は形となる。ただ、それだけさ。」
それだけ、ね。魔法というのは魔力を練り、形にしてそれを制御するという三つの手順を踏む。それを一つの動作で済ませれば、自分の思考スピードに依存した超高速戦闘が可能となる。どうみても、『それだけ』で済む力じゃない。
「『太陽星』」
そしてそれは、あまりにも無限の魔力という特性と相性が良過ぎる。
「太陽の流星群だぜ。」
赤き炎の塊が、空から俺を目掛けて降り注ぐ。それも一つではない。数十の炎の塊が、だ。
「『天絶』」
しかしこの程度ではまだ沈まない。俺が聖剣を振るった瞬間、それらの魔法は全て切断され消え失せる。全て斬ればいい。剣を振るう時間があるなら、その全てが等しくただの攻撃に過ぎない。
「なら、剣を振るう時間を与えなきゃいい。そうだろ?」
突如、俺の目の前にレイが現れる。転移魔法。そのレイの手に握られる光の棒が俺に突き出されるが、届くより速く俺はそれを弾く。しかし弾いたという事はその分だけ次の動作まで時間がかかる。その一瞬で俺の左隣に光の小さな球が形成される。
「『神星』」
レイはニヤリと笑い、その場から転移で消える。光が弾けた。




