5.文化祭二日目前編
文化祭二日目。一日目と二日目の違いはイベントの力の入れ方だ。やはり一日目に盛り上げるより、二日目に盛り上げた方が観客は楽しめる。一日目の方が楽しかったと思われたら当然二日目の観客は減ってしまうからな。
「花火は20時からか。どこら辺から打ち上げるんだ?」
「確か学園の屋上からだったはずです。まあ落ちてくる前に火は魔力となって消えるので、どこからでも見れるとは思いますよ。」
それは便利なもんだな。それならまあ選択肢も多いだろう。真下だとあんまりよく見えないから少し距離は離す必要があったとしても、割と王都の中だったらどこからでも見れそうだ。
「あんまり混み過ぎててもアレだしな。どこか空いてる穴場みたいなのはないのか?」
「まあ、一番綺麗に見えるところは大体物凄く人が多いですからね。穴場、となるとやっぱり人気場所に比べてあまり綺麗に見えないかもしれません。」
「そうか……」
綺麗さを取るか、見やすさをとるか。俺達は認識阻害の魔道具を使ってはいるが、かなり上位の魔法使いには見抜かれることもある。こういう文化祭で歩いている途中なら逃げれるが、花火を見てる最中に逃げ出すのはちょっと嫌だな。
「……やっぱり適当に人が少ない所を選ぶか?」
「いえ、その必要はありません。事前に策は取ってあります。」
そう言って懐から一枚の手紙を取り出す。第一印象は高そうな紙。間違いなくそこら辺に市販されているものではない。
「綺麗に見えるところはいくつかありますが、その中でも必ず人が少ない場所が一つだけあります。」
あ、なんか予想できた。
「即ち、王城です。」
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俺達は王城、その中の二階のバルコニーに来ていた。
「なるほど。確かにここならいくら綺麗でも人は来ない。」
「数日前にエルさんに頼んでおいたんですよ。一応エルさんの肩書は次期王妃ですから。」
「だけどそれ、良いのか?なんか不正利用な気がするが。」
「これから世界を救う為に命を賭けるんですから、これぐらいは許してもらわないと困りますよ。」
まあ、そうか。あんまり実感がないから忘れてはいたが、俺達の立場は英雄に近いのか。……数年前からは考えられないぐらいの躍進だ。
「おや、ジンじゃないか。」
「あ、師匠。ああ、いや師匠じゃないのか。」
「いいよ別に師匠で。魔法を教えたのは事実だからね。」
俺達がバルコニーで話していると、師匠。つまりはミラ・ウォルリナが来た。というかまるで当たり前のように王城にいるのか。
「私は王都の防衛の為にこき使われてる最中だけど、あんた達はデートかい?元気なもんだねえ。」
「花火の席取りって感じですよ。そんな特別なものではありません。」
「フフフ、そうか花火か。懐かしいね。私も昔は花火を自作して打ち上げたことがあったねえ。」
そう言って遠い昔を懐かしむかのように師匠は空を見る。だが、俺はそんなことよりも気になる事が一つある。
この世界において魔力とは大気に満ちるものであり、全生物に宿るもの。そして魂を伴う、つまりは生物に宿るのが内的魔力。魂を伴わない、つまりは大気に満ちるのが外的魔力。内的魔力は体内を循環している為規則的に動くのに対して外的魔力は動かない。これを利用したのが魔力による生物感知である。
そしてこの事から導き出される事が一つ。明らかに師匠の腹の中にもう一つの生物が生まれているという事実。そして視覚的にも通常時より腹が膨らんでいるという事。つまりは、これは……
「し、師匠。」
「……ん?どうしたんだい。」
「もしや……御懐妊なされているので?」
つまりは、妊娠である。つい思わず敬語が出るほど俺は驚いている。いや、だって一応数年間一緒に暮らしてはいたがそんな相手など一切いるように感じなかったというのに。
「ああ……まあ、そうさねえ。」
しかも目に見えて膨らんでいるという事はそこそこ妊娠してから経っている証拠。俺は前世結婚などせずに死んだからよくは知らないが、その程度の事は知っている。
「おめでたい事ではないですか。お教え頂ければ何かお送りしましたのに。」
「いや、いいよ。公爵家から何かものを贈られるほどの事はしてない。それに王様にお願いして私の妊娠は秘密にしてもらってるのさ。だから最近は王城からずっと出ていない。」
秘密に?何故だ。まるでその言い方は、バレて不都合があるような言い方じゃないか。いや、だが恐らく妊娠がバレるのが駄目というより恐らくは相手を知られたくない、ような。
……いや、待て。そうとは限らない。一人思いっきり心当たりがあるが、まさか、そんな筈が。聞かないで決めつけるのは良くない事だ。確認せねば。
「差し支えなければ、御相手をお教え願えないでしょうか?」
「ジン。お前さっきから話し方が変わってるよ。どうしたんだい。」
「いえ、お気になさらず……それよりも。」
「ああ、そうだね。まあ別にあんた達に教えても大丈夫だから、教えちまうけど口外はしないでくれよ。」
俺は思わず唾を飲み込む。予想できてしまうから、余計に怖い。なんか変な汗が出てきた。
「グラド・ヴィオーガーさ。」
「ぁあ、えぇ、ぁぅえ?」
父、さん。いや、親父ィ……確かによく死地に行く前にはそういう欲求は大きくなるとは言うけどよう。
「ジン、お前の弟って事になるのかね?」
師匠は笑いながらそう言う。いや、別にそれは互いのアレだから俺が何か言うあれではないけども!
「お二人はそういう関係だったので?」
「ああ、まあそうだねえ。ちょっと邪神の戦いの前に色々あってね。」
シルフェの質問に師匠が答える。とんでもねえ置き土産残して逝きやがったよ、あのクソ親父。
「確かに、なるほど。戦神の息子っていうのが知れ渡ったら何言われるか分かったもんじゃねえからな。」
「グラドが残した、唯一の形に残るものさ。大切に育てる事にするよ。」
……そうかあ。父さんと師匠の子かあ。なんか、もう、そうかあ。
「それじゃあ、私はもう仕事に戻るからね。また会おうじゃないの。」
「はい、それではまた。」
俺が唖然として動けなっている中、師匠は戻っていった。もう、なんか頭が回らない。
「大丈夫ですか、ジンさん。」
「あ、ああ。大丈夫だ。」
いや、喜ばしい事なんだけどね。あまりにもサプライズだったから、なんかもう頭がショートしている。
「……良かったですね。」
「……まあ、そうだな。」
父さんは本当に満足して死んだと、俺は思っている。そして、その思いが更に今ので深くなった。何より父さんの意思を、想いを誰かが引き継いでくれると思うと。少し、いや物凄くにやけが止まらない。




