3.神と勇者
頭の中に声が響く。
『あーあーマイクテス、マイクテス。』
「魔法なんだからマイクじゃねえだろ。」
言わずもがな、レイである。遠隔通話魔法とか、これが流通すれば戦争の常識が変わるぞ。
『大丈夫だよ。転移魔法とかと一緒で、発動も難しいしそれ相応に魔力消費もバカにならない。』
「人の心を読むな。」
当たり前みたいに人の心を読まれる。別に俺がわかりやすいとかそんなわけじゃないと思うのだが。
「で、何の用だよ。」
『分かってんだろ。シンヤだよ、シンヤ。なーんで僕のことバラしちゃうのさ。』
「お前の孫なんだから仲良くしろよ。」
こっちは親切心だぞ。折角会ったんだから少しぐらい会話しとけってんだ。
『あいつ公務とか全部ほっぽって僕のことを探してるんだぜ?なんてことしてくれたんだ。』
「会ってやればいいだろ。」
『やだね。僕の信条に反する。』
相変わらず変なポリシー持ってんな。昔からレイは変なこだわりがあるのだ。まあそういうのがあるから人望も厚かったんだろうけど。
「……というかお前今どこにいんだ。」
『言っただろ。僕は支配神の頼みを聞いてるんだって。君に教えちゃいけないのさ。それに、君こそどこにいるんだい?』
「俺が?いや、普通にファルクラムの屋敷だが。」
『下手な嘘はやめなよ。君ってポーカーフェイスは得意だけど、得意過ぎて隠そうとしてる時が丸わかりだよ?』
……相変わらず簡単に人の心理を読み解くな。まあその通りだから何にも言えないんだけど。
「はあ……ダンジョンだよ。後もう少しで最下層。」
『わーお、まるでゲーム感覚。余裕綽綽だねえ。』
「いや、俺だって油断したら大怪我だからな。いい刺激だよ。」
どうして俺の周りはこうも不死性が高い奴ばっかなのか。俺なんか一回一回の戦闘で傷だらけになるのに。
『だけど、君はそんな奴ら全員を薙ぎ倒して一番になったんだ。誇っていいと思うけどね。』
「うるせえ。お前は倒してねえんだ。まだ、一番じゃない。」
俺は立ち止まる。そして目の前に広がる大きな扉を見て、両手をつけて押す。するとゆっくりとその扉は開き、俺はその中に入る。
『じゃ、頑張ってね。』
「お前こそ。」
俺の頭の中からフッと何か消えるような感覚があらわれ、レイの声は聞こえなくなった。俺は木刀を構え、目の前の敵を睨む。
「やろうぜ。吸血鬼。」
一見ただの人間のように見えるが、それは魔物の中でも上位。知性ありし魔物である魔族の一体。まあダンジョンの中の魔族はどうせダンジョンの一部だから知性なんてほぼないんだけどね。地上の魔族は国とか作るぐらいには知性が高いわけだが。
吸血鬼の特徴は異様な再生力と、高い魔力と高い身体能力。まあとどのつまりいつも通り、なんならいつもより弱い。
「『絶剣』」
だからこそ呆気なく終わる。危険度は8か9ぐらいだろう。しかし、その強さはあくまで再生能力や高い魔力を活かした多様な技。存在ごと斬ってしまえば関係ない。
「……もうそろそろ、年明けかな。」
俺は数日前からダンジョンを巡っている。実戦で己の勘を研ぎ澄ましているのだ。そんで確か今日が12月31日。朝に出てかなりずっと潜ってるからちょうど日付が変わるごろではないだろうか。
「帰るか。」
まあそろそろいいかなと思っていた頃だ。丁度いいし帰ろうか。俺は降ってきた階段を登っていき、そのまま地上を目指して歩き始めた。そして最下層の一つ上の階層へついた瞬間、大きく景色が変わる。
「ん?」
振り返れば既に俺が登った階段はなく、周りにはただ白い床が広がっている。空には明かりが一切ない代わりというべきか、床はほんのり白い光が溢れている。俺はこの風景に見覚えがある。確実に。
「神界?」
「その通りだ。」
突然、なんの前触れもなく男が現れる。蒼い髪と目に、黒い眼鏡。その体は普通より少し痩せており、戦士という体付きではない。しかし俺は知っている。こいつがいかに普通から外れた存在なのかを。
「久しぶりだな、勇者ジン・アルカッセル。」
「……何をした?」
「こちとら全知全能の神だ。呼び出そうと思えばいつでも人なんて呼び出せる。」
俺は油断なく目の前の神をよく見る。恐らく敵ではない。しかし決して味方でもない。それは間違いない。
「なら質問を変えよう。何の用だ?」
「もちろん、お前と会話するためだ。ついでに色々とネタバラシをしてやろうと思ってな。」
そう言って神は笑う。神出鬼没とはまさにこいつの事だろうな。いきなり現れて自分の目的だけを押し通してくる。
「へえ、お前は手伝わないんじゃないのかよ。」
「ああ、俺は確かに干渉はしない。もう、な。」
含ませるようにしてそう言う。まるで悪戯を終えた子供のような顔で俺を見る。
「ああ、確かに地上の出来事は地上で解決するもんだ。しかし、俺の感情はそうではない。」
「全知全能の神に感情なんてあると?」
「ああ、あるさ。創造神が天地開闢を成した後、その力を二分したのと同じように、俺も自分自身の力の一部を封印してある。」
全知全能をわざと捨てる。それはそのものに個性を与える。本当の意味で全知全能な神であるなら、その性格は殆ど機械のようになると推測されている。だからこそ、敢えて捨てるからこそそれは人類と同じ目線になれる。そして、それが正しいとなれば片方に肩入れしてるような話し方。
「身内贔屓ってやつよ。そもそも、邪神を殺すために俺はレベル制度を作った。そういう意味ではもう十二分に肩入れしている。」
「邪神を、殺すために?」
「ああ、そうだ。スキルは知性ありし種族を平等とするシステム。ならレベルとは、という話だ。端的に言うなら破壊神という超常の存在と並ぶ為の力に他ならない。」
……ああ、確かにそうだ。そもそもレベルなんていうシステムはいらない。人に必要以上の力を与えてしまうだけで、神側の視点から見れば何の利益もない。
「段階的に力を与えるのは、必要な者のみに力を与えるため。地形を変えるパワーを全員が持ってたら星がもたない。そして、あまりにも力を貸すのは俺の流儀に反する。だからこそ、ギリギリ邪神と戦えなくはない身体能力。それがレベル10だ。」
成る程、考えれば単純な話だ。元より創造神と破壊神が作り出した人類、そのままでは確実に神には届かない。ならば強くするための手段を用意してやる。その人物の努力次第で能力は上昇するからこそ、平等だという考えなのだろう。敢えて周りくどい道を通ってるのも、こいつの個人的な考え方に寄るはずだ。
「そして邪神が目覚めるこの時に合わせて、俺は英雄を揃えた。世界が与えられるだけの補正を全てつけたグレゼリオンの王子。異世界から現れ、人類最強候補の力を継ぐオルゼイ帝国の矛。俺はこの二人を用意した。」
いや、待て。それじゃあ俺達はなんだ。神によって英雄に仕立てあげられた二人にすら並びうる俺やシルフェ達は神が想定したものではない?
「お前らはバグだ。丁度地球のバグであるレイをこの世界に招いた時、レイという男にたまたまお前がついてきた。レイも俺の予想する範囲ではゆっくりスローライフを送ろうとすると知っていた。お前がいなければ、レイは戦うことを決意はしなかった。類稀なる才能を持ったアクトもライバルがおらずに上位冒険者止まりで、シルフェードも教会の聖女として令嬢らしく暮らしていただろう。フィーノもお前達がいなければ学年のトップだったはずだ。」
ということは、それはつまり……
「お前が特異点なんだ。お前がいたからこそ、本来二人だけの英雄が八人になったんだ。エース、シンヤ、フィーノ、シルフェード、アクト、レイ、アクスドラ。お前が今、その中心に立っている。お前がいたからこそ、俺もこれ以上の干渉をする必要がなくなった。」
「そう、なのか。」
どこか落ち着かない。俺がそんなにも影響を与えていたとは、露にも思わなかったからだ。嘘を言っていないのはなんとなく分かる。そういうタイプではないし、実際そうなった可能性も高いだろうと納得してしまったからだ。
「これが、俺が人間が好きな理由だ。俺の想像の上を常に進む。負けず嫌いと、強欲を兼ね備えた果てなき探究心の結晶。だからこそ他の種族ではありえないような結果を生み出す。」
少年のような無邪気な笑みで、興奮したように語る。本当に楽しそうに。
「これを持っていけ。元々ここに呼び出した理由はそれのためだ。」
俺へと手で握れる程度の大きさの物を投げる。俺もそれを掴んで受け取る。それは地球でよく見るお守りのようであった。そのお守りには夢想祈願と書いてあった。
「それは本当にお守り程度の効能しかない。活かすも殺すもお前次第だ。」
そう言って神は掻き消える。俺の視界も少しずつ白に染まっていく。
「頑張れよ、ジン・アルカッセル。最高の夢を見てくれ。」
その言葉を最後に、俺の意識はプツリと途切れた。




