2.勇者と魔王と人類最強
時は流れて、俺はクリスマスイブの次の日。つまりクリスマスの日に城へ訪れていた。門は顔パスで通れたが、入り口で止められる。そして少したった後にディザストが現れる。
「よく来たな、勇者。私の部屋に案内しよう。」
そう言って振り返り、歩き始める。俺もその後ろをついて歩く。総騎士団長であるディザストは王城に執務室とは別に自分の部屋を持っている。王を守る為に、基本近くに必ずディザストがいる必要がある。だから王城に部屋を置いた方がいいのだ。
「……一体何の用なんだ?」
「いや、別に。大した用事ではない。話しておかなければならない事が一つあるだけだ。」
一つ、ねえ。わざわざこうやって王城に案内する時点で、国家機密の類の可能性が十二分にあるのだが。
「『魔王』シンヤ・カンザキも呼んでいる。まあ少なくともそういう類の機密性だと思ってくれ。」
他国に晒していいけど、民衆に晒したくないってことか。見当がつかん。覚えもない。そう考えているとディザストはとある部屋のドアを開けて中に入る。俺もそれに続いて中に入る。
中は実にシンプルであった。最低限の家具と戦闘や野営に必要な道具などが置いてあり、椅子の一つにシンヤが座っていた。
「ジン、君はそこに座りたまえ。」
そう言って一つの椅子を指で指す。俺はその椅子に座り、ディザストも適当な椅子に座る。俺とシンヤが横並びで椅子に座り、その対面にディザストが座るという構図となる。
「さて、要件は簡潔に済まそう。互いに忙しい身だからな。」
「ああ。武闘祭に行ったり、職務放棄して旅に出たせいで仕事が溜まってるんだ。早めにお願いしよう。」
ここだけ聞くとこいつ駄目人間だな。
「前回、私は単身魔界に乗り込んで悪魔達。その中でも七十二柱を狙ってそのほとんどを殺してきた。と言っても、七十二柱の悪魔が全滅したわけではない。勇者がアクスドラと契約して魔界にいないように、魔界にいない契約している悪魔は殺していない。そして人間に比較的友好な悪魔もだ。」
へえ、そうだったのか。それは知らなかった。まあ文献にもよるが、人間に優しい悪魔もいくつかいるらしいしそれは間違いないだろう。
「私は序列第24位『再興の猛犬』ナベリウスと契約しているし、エース殿下も序列第二位の『時空王』アガレスと契約している。殿下が時を止めれるのはアガレスと契約をしているからだし、私が年老いる事がないのはナベリウスと契約しているからだ。」
……ああ、時間停止って悪魔の力だったのか。ナベリウスは確か常にその物体を全盛の状態に保つ悪魔だっけか。少ないにせよ確かに七十二柱の悪魔と契約している奴はいるわけだ。
「そしてここからが本題だ。私は確かに悪魔の殆どを殺した。しかし、何の代償もなく殺せるほど奴らも弱くはない。」
「……それは、人類最強が今弱体化しているということで?」
「いや、こればかりは見てもらった方が早いだろう。」
ディザストの体から煙が出る。それは今まで隠し続けてきたディザストの体を出現させる。それはあまりにも痛々しかった。右目はなく、指はいくつも欠けていて、身体中が抉れている。顔には大きな傷が複数入っており、予想以上のその傷に一瞬思考が止まる。
「見ての通り、間違いなく戦闘能力は落ちている。具体的に言うなら君ら二人が同時に襲いかかって来たら負けるかもしれないぐらいにだ。」
「それでも一人じゃ勝てねえのかよ。」
「私も伊達に人類最強をやっていないのでな。しかし、これは格上と戦う際には大きな差となる。邪神相手にする戦力としてはあまり期待しないでくれ。」
なる、ほど。確かにこれは大切な話だ。人類最強が弱体化してるとなれば戦力ダウンは否めない。
「しかし、私はこれが丁度いいと考えている。」
「……丁度いい?世界の危機だってのに?」
「ああ。私はもう十分役目を果たした。この世に生を受けておよそ百年がたつ。八十年前、騎士として王国を救って『騎士王』と任命され、その三十年後には新たな英雄が生まれたが私より早く死んだ。更に言うなら三十年以上私と『人類最強』を奪い合っていた男もつい二、三年前に死んだ。もう私は古き遺物。だというのに、頂点に居続けた。もしも私が早くくたばっていれば、グローリーの奴も幸福な人物を歩めたかもしれない。」
「……つまり、何が言いたいので?」
最後に、シンヤが聞く。ディザストの顔は若々しいはずなのに、あまりにも年老いているように見えた。
「時代は、移り変わらねばならない。最強が君臨し続けるのはあまりにも良くないことだ。私はこの戦いを最後に騎士を辞める。そして最後まで誇り高き騎士として死ぬ。」
「……それは、王に話したので?」
「無論だ。だからこそ、君達に頼むのだ。新しい時代を君達が作り上げてくれ。先代の役割を次の世代が担い、そして進んでいく。元より世界はそういうものだ。」
言っていることは、分かる。納得もできる。騎士王として、ディザストはもう十分国に貢献した。そろそろ休んでいい。いや、普通ならもうとっくに休んでなければならないのだ。しかし、心のどこかで人類最強としてまだ世界を支えてほしい。そう思わずにはいられない。
俺とシンヤは何も答えることはできなかった。しかしディザストは満足そうに頷き、『ありがとう』と言って俺達を部屋から出させた。
「なあ、ジン。分かってはいる。人類最強は王者として、もう十分に活躍した。だけど、ディザストが与えていた影響は大きい。騎士王がいる。その一言だけでこの世界の犯罪率は大きく減っている。それはデータから見て明らかだ。」
「だろうな。」
英雄は抑止力なのだ。騎士に英雄がいるとなれば、その抑止力は絶大だ。英雄が仕事として犯罪者を捕まえに来る可能性があるのだ。これ以上に犯罪者にとって怖いことなどないだろう。
「失うには、あまりにも惜しい。」
「……ま、仕方ねえよ。それも含めて俺達の仕事だ。それに、俺達の代はそれをこなせるぐらいには異常に強い。俺ら含めて何人もレベル10がいて、夢想技能を持っている奴も多数いる。こんな世代、正直言って異常だぜ。」
「そうなんだけどねえ……」
というか未だにこの世界のレベルアップの基準がよくわからない。大会が終わった頃にステータス確認したらなんかレベル10になってたし。いつ上がったんだろ。
「そういやそれで思い出したんだけど、レイ・アルカッセルって誰?」
「……?え、あいつ説明してねえの?」
まあ、そうか。流石に他国の重要人物にまで説明はしにいかない、つかいけないか。
「一人っ子だろ?何で兄弟がいるんだよ。」
「あー……説明するの面倒なんだよな。」
俺は頭の後ろをかきつつ、考える。そしてレイ・アルカッセルとは誰か。それを端的に表す言葉を思いつく。
「お前の父方の祖父、いるだろ?」
「あ、あ?いるけど。ってかいなきゃ俺はいないでしょ。」
「そいつの名前、確か神崎 零って言うんじゃねえの?」
シンヤはより混乱した様子を見せる。俺が何を言っているかわからないように。
「そいつだ。」
「は、あ、ええ?」
「んじゃ、俺帰るから。気になるなら本人に聞け。」
「ちょちょ!ちょっと待て!」
俺は帰ろうとするところを肩を掴まれる。ああ、だから面倒なんだ。自分の孫なんだから説明ぐらいしとけよ。
「え、あのレイっておじいちゃんなの?」
「……そもそも、何で俺がお前にこんなにも親身になっているのかおかしいと思わなかったのか?」
「え、ええ?」
あの時、俺はシンヤの身の上話など興味がないと一蹴して良かったのだ。随分と優しくしてやったと思うのだがな。
「まさか……仁おじさん?」
「おうそうだよ。テメエのおしめ変えたこともあるんだぞこちとら。」
俺とレイは仲が良かったからな。孫の面倒だって見たことがある。
「嘘、だろ。」
その顔はあまりにも驚愕と様々な感情が入り混じったような顔であり、思わず笑ってしまった。




