22.天才vs凡人④
エースは立ちながら下がり、剣を構えようとする。そう、構えようとしただけ。まるで立ち慣れていない赤子のようにステンともう一度倒れる。
「いくぞ。」
慣れていないのだ。エースは生まれてから一度もレベル1、つまり常人を経験したことがない。いつもならできる事ができない。その違和感はいくら天才であるにしても拭い切れないものがあるだろう。
「ぬ、う!」
辛うじて立ち上がり俺の一撃を弾く。しかしやはりエースは剣術を経験した事がない。必要なかったという方が正しいかもしれない。弾いてからの次の動きに隙があり過ぎる。そして、それは俺のような剣術の達人にはより大きな隙となる。
俺は即座に距離を詰め、エースの足を踏み抜く。エースが苦痛の表情をあげる。思いっきり踏み抜いたのだ。恐らく爪は割れているだろう。そして間を空けずに次の攻撃に入る。ちょうど距離を詰めたところなので即座に剣を持っていない左腕を掴み回り込みながら体重を乗せる。すると簡単に腕は折れた。
「グ、ガァ!」
俺はその後、即座に距離を取る。追撃もできた。だが敢えてしなかった。このまま追い詰めるのは、なにか違う気がした。俺が戦いたいのはエースの全力とだ。それは今でも変わらない。
「そろそろ、理解できたか?」
「ぁ、ぬぅ……クソ。なるほど、な。」
エースはしっかりと右腕で構える。まあ俺だって未だに傷は癒えていない。腕折ってちょうどいいぐらいだ。全身がジンジンするんだよ。車に轢かれたような感覚、か?轢かれたことはないから分からないが。
「能力を奪うと同時に、能力を統一させる。本当に平等な戦いというわけだ。」
「そうだろ?どちらかが一方的に不利になることは絶対にない。別にこの世界だって魔法が使えないわけではないからな。」
まあ魔力や闘気は生命維持に必要な部分しか残っていない。だから魔法を使うには大気の魔法を操作する必要がある。しかし自分の魔力によって指向性を持たせる事ができない外の魔力は制御が難しい。どれだけ完璧な操作をしても第二階位魔法以上は使えない。しかしレベル1相手なら第一階位で十分殺せる。
「しかし、この世界は経験と技量がものをいう。積み重ねてきたものが力になる。お前みたいにスキルや与えられた力に全部頼っていた奴はとことん不利になるわけだ。」
「フ、フハハハハハハハハハ!!!やはり貴様は良い!まさかこの我が生まれてから常にあった力を剥がすなど!」
この世界に来ても、恐らくはアクトやシルフェならもっと早く適応し、腕を折られるまではいかなかった可能性が高いだろう。
「来い。この我が見せてやろう。天才というものを。」
不利になったはず。窮地に立ったはず。しかしエースは未だに傲慢に剣を構えていた。腕が折れて尚、それでも目は一切死んでいなかった。これだ。これがあるから、俺は天才を本当の意味で嫌いになれない。羨みはしても、心の底から憎むことはできない。その心には確実に、その人物の信念があるから。
「ぃやあッ!!!」
気勢を発する。前世、剣道をやっていた時のように。エースは悠然と構え、俺の動きを待っている。俺の剣先の剣先が触れ合った時。それ以上進むのを止める。ここから先は一歩で届く間合い。一度の飛び込みで届く間合い。しかし容易に飛びかかったら返し技を喰らい、逆にダメージを喰らう。この脆い肉体では一撃が本当に即死へ繋がる。
剣先の些細な微動。それによって互いに牽制し合い、相手が晒す一瞬の隙を探す。あまりにも地味な戦い。しかしこの一瞬に、全員が集中していた。
「しっ!」
先に踏み込んだのはエース。しかしそれは、俺が敢えて作った隙。しかもあからさまではなく、完全に自然な流れで生まれた隙。その瞬間に俺の利き手である右腕に斬りかかる。しかし俺は剣を振り上げながら下がってそれを回避する。そしてそのまま飛び出しながら剣を振り下ろす。しかし相手は天才だ。剣を構え、片手でありながらしっかりと俺の攻撃を防ぐ。エースの剣が俺の刀に比べ分厚いというのもあるのだろう。そのまま俺とエースは鍔迫り合いに入る。
「上手すぎないか。練習したことあるのか?」
「なに。貴様のような劣等種と違い、出来が良いのでな。初めてでも大体できるものだ。」
こういうのが天才の嫌なところなのだ。レイもそうだ。俺が三年かけて手に入れた技術をたった数日で超えていった。だからこそ、その為の今世だ。その為にこの域まで剣術を極めた。俺とエースは何度も剣を打ち合う。そして、確実に一歩ずつ俺がエースを追い求める。
「はあっ!」
俺は隙を見てエースの剣を下に叩きつける。しかしそれだけなら直ぐに戻る。本来の目的は別にある。
「なっ!」
エースの剣が一瞬、土に囚われ行動が遅れる。第零階位ではあるが、隙を作るには十分。時間かけて魔力を練って作れた一瞬の隙。
「ッ!『火球』」
エースは迫り来る俺へと反射的に魔法を行使する。この距離で俺にぶつかればエースにもダメージは来る。しかし俺を来させては負ける。その為の本能的判断。
俺は今まで、エースに勝つ為に信じられないほどのパターンを考えてきた。天才に勝つ為にいくつもの戦いを超えてきた。この程度、予測の範疇に過ぎない。
「はあああああ!!!!」
俺はその攻撃を顔面スレスレでかわしながら剣を首に添えてピタリと止める。その数瞬後、一拍遅れて歓声が響く。
『決着!』
その言葉と同時にもう一つの太陽は消える。俺も聖剣を消してエースから離れる。エースは負けたというのに、満面の笑みを浮かべていた。
「良い。実に見事であった。」
そう言ってエースは去る。エースは元より勝敗などどうでも良かったのだろう。普通に勝てるから勝つ。ただそれだけで。天才ってのはそういうもんだ。
「見よ!グレゼリオンの国民よ!」
そして選手用の観客席から生徒会長。つまり学園最強であるロウ・フォン・リラーティナが出てくる。
「最早、このジンが勇者として相応しいかは火を見るより明らかであろう!」
更に大きく歓声が響く。そして生徒会長は俺の右腕を持ち上げ、宣言する。
「最早私との戦いなど必要ない!彼がこれからの学園最強だ!リラーティナ家次期当主である私がそれを認めよう!彼が神への戦いへの希望である!」
武闘祭は、終わりを迎える。
星々の戦いは終焉を迎え、世界そのものとの戦いが始まる。




