21.天才vs凡人③
土埃が舞う。会場はボロボロになり、走るのも難しい。観客は一体どうなったのか、それを知るために会場を覗き込む。
「チッ」
エースの舌打ちと同時に、指を弾く音が響く。そして一部分の砂埃が晴れる。恐らく簡易的な風魔法かなにかだろう。その右手には未だ聖剣があり、体にある傷は斬られた腹のみ。つまりはエースの攻撃は食い破られることはなかった。
しかし、未だに決着の声は響かない。観客の中でよ武に長ける人物なら分かるだろう。魔力も闘気もすっからかんだが、未だに俺が立っているという事実に。
「俺は、愚者である」
そして土埃の中、一言そう言う。魔力も闘気もない。その上俺の体はボロボロだ。そんな俺を知覚するのはエースであっても難しい。そして、そんな状況であったら確実にエースは慢心する。それは無意識上に。
「一度も勝てず」
分かっていた、エースに奥の手があることは。その上で、勝機があると判断した。
「一度も頂点には立てなかった」
一つ、王者の流儀で本来耐えられぬ苦痛を耐えたこと。これによってエースの算段をズラす。本来なら、あの攻撃を一部相殺したとはいえ俺の体は耐えられていない。気絶していた可能性も十二分にある。
「故に誰よりも強い夢を乞う」
二つ、エースの手札を全て使わせて疲弊させる。これによってエースの思考を甘くする。エースは強い。だからこそ、気力がそこらの武人に比べほんの僅かに劣る。いつも一瞬で決着がつくから。
「手には何もなく」
三つ、これを今まで使わなかったことによって完全に相手の虚をつく。おかしいと思わなかっただろうか。公平の流儀を使っているのに、エースの夢想技法が解除されなかったことに。
「その道に意味はなく」
これが俺の勝機。俺の選んだ選択肢。
「常に一人だった」
砂埃が消え、俺とエースは互いの姿をその目で捉える。
「そんな俺に夢があるなら!」
俺は駆け出す。これこそが俺の夢想。俺だけの夢。それは数多の人間が追い求めたものではあるが、この人生を通ってこの夢を見たのは俺しかいない。
「その夢はきっと!」
そして俺のルーツは何も持っていなかったこと。百凡に過ぎなかったということ。それそのものが、俺が今ここに到達しているという事に意味を大きく与える。
「ありふれた虚構の夢であった!」
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俺は聖剣を持ち、エースへと刃を振るう。エースはその剣を自分の聖剣で受け止める。そしてそのまま俺はエースを体重を乗せ突き飛ばした。
「は?」
そう言ってエースは無様に倒れる。俺より遥かに力があったはず。だというのにまるで当然が如く突き飛ばされたのだ。エースの顔は面白いほど驚愕と困惑に塗れている。
「俺の夢なんて誰もが男なら一度は思い浮かぶような陳腐なものだ。」
英雄願望なんて少年の頃に誰もが一度は持つ。そして現実を見て、合理的に考えてその夢を切り落とす。
「ならば俺の夢想はありふれたものか。いや、違う。」
その夢は、俺が今までここまで突っ走ってきた原動力だ。確かに同じ夢を持つ人は何人もいる。しかし、この俺の人生の軌跡を通ってこの夢を持つのは俺だけ。
「何も持っていないからこそ、俺は今、ここに立っている。もっと頭が良かったなら俺はもうとっくに諦めていたし、何かを持っていたなら俺は妥協をしただろう。ならば俺の夢は、俺が何も持っていない事で実現する。」
俺は馬鹿だ。馬鹿じゃなきゃここまで止まらずに走り続けてはいない。だけど、馬鹿だったからこそここに辿り着けたというのならそれは決して間違いではなかった。
「これが俺だけの夢想。俺だけの王道。俺だけの英雄記。」
あまりに『平凡な英雄記』。しかし、それでいい。それが俺なのだ。そう気付いたから。
「それこそが『虚無世界』」
俺は空を見上げる。太陽は二つあった。本来なら、太陽は一つしかない。しかしこの世界には太陽は二つある。
「あの太陽の一つが、俺達の世界へ繋がっている。ここは偽りの世界。もう一つの世界を作り出し、そこに世界そのもの全てを引き摺り込んだ。」
今ごろ本当の世界には無しかないだろう。その全てを俺がこの世界へ連れ出したから。
「もう一つの太陽は、俺と戦う存在に神からの干渉を届かせなくする。」
故に今この場においてエースは夢想技能も伝説技能も、神器の力を使うことも叶わない。更に身体能力も魔力も闘気も、全てが均一化される。
「それは俺もだ。つまり俺とエース、この時点で俺達の力は全く同じになった。勝敗を分けるのは小手先の技術と、頭の使い方。」
そして俺は最早、何の力も持たない聖剣を構える。
「さあ立て、エース。世界で一番平凡な戦いを始めよう。」




