18.決戦前
天才に、俺は挑んできた。
一度目の生はレイとだ。隣の家だったが故に仲が良く、よく遊んでいた。しかしそれは歳を追うごとに変わっていた。それは好敵手へと。勿論、俺がそう思っているだけでレイにとっては俺は雑魚に過ぎなかったろうがな。
テストの点で競った。足の速さで競った。ゲームで競った。スポーツで競った。クイズで競った。どちらがより稼げるかを競った。どちらがより酒を飲めるかも競った。そして、あいつは終に俺より先に死んだ。結局、何においても勝利は出来なかったわけだ。
何回戦ったかは覚えていない。万か、億か。ただ記憶が確かなのは一度も勝てなかったということだけである。レイは誰よりも頭が回り、誰よりも信頼され、誰よりも優れていた。だからこそ、最後には経済で世界を動かせるレベルまで到達したのだ。
二度目の生はエースとだ。この学園に入って、決勝戦でその実力を初めて知った。レイと同じように全てを持っていた。その力の一端で簡単に敗北し、届かなかった。
武具を生み出す力を持ち、因果をも操り、竜の血がそこには流れている上に、十四技能の一つも持っている。そして強力なオリジナルに時間停止の力。普通は勝てない。普通は諦める。しかし、諦めたならここに俺は立っていない。あの時に未だ俺は立っていたからこそ、ここに俺はいる。
「ジン。」
「お、アクト。腕はもうくっついたのか。」
「ああよ。こんなにザックリ斬りやがって。背筋が凍りついたぞ。」
「そうじゃなきゃ、俺が負けてたんだぜ。仕方ねえよ。」
通路でアクトに会う。その左手には槍があった。
「……勝てよ、ジン。」
「当たり前だろ。」
「ああ、そうだ。俺もファルクラムも、お前がどれくらい努力したか分からないぐらい努力してるのを知ってんだ。あの理不尽なクソ野郎に吠え面かかせてやれ。」
そう言って俺の胸に軽く拳を突き当て、そのまま通り過ぎる。俺は振り返ると、アクトは右腕を軽く上げて左右に振った。向かう先は観客席だろう。
「……勝つとも。」
ここで勝てなきゃ、かっこ悪いだろ。努力が天才に勝る。あまりにも長い道筋だった。前世を含めておよそ百年近く。恐らくこれが最後のチャンス。邪神をぶっ倒した後、俺は更にそれより強くなれる気がしない。そこを終着点と既に決めたからだ。
「ああ、ああ。なんか、感動してきたなあ。」
涙が流れる。正直言って、怖い。策は練った。それこそ死ぬほど。考えて、考えて抜いて、そして勝機があると確信した。勝てると思った。だが、それでも怖い。その策すらも簡単に破られてしまえば。そう思わずにはいられない。しかし、時は既に満ちた。戦う他ない。
会場内へと続く通路。そこに俺は座る。開始時刻はまだ先だ。だけど思わずここに来てしまった。多分、エースはいつも通りに普通にここに来るんだろうな。しかし、俺は無理だ。やはりここが天才と凡人の差と言うべきか。体が微かに震える。
「……ああ、ここにいたんですか。」
声が聞こえて顔をあげる。そこには無二の友がいた。
「随分と探したんですよ。こんなに早く来るなんて、気が急っているのでは?」
「ああ、かもな。」
どこか空に返事を返す。少し、余裕がなかった。
「もしかして……緊張しているんですか?あのジンさんが?」
「……俺だって緊張ぐらいするさ。特に今回は、俺の人生そのものの証明に近い戦いだ。」
「へえ。いつもあんなに堂々としているのに。」
ああ、堂々としている。少なくとも俺はそう思い込んでいる。自分の努力が嘘をつく筈がないと。しかし、こと天才相手に限ってはその理論が崩れる。前世で死ぬほど負けたんだ。そう思っても別におかしくないだろう。
「……ねえ、ジンさん。私もアクトさんも、実は負けた時にそんなに悔しくなかったんですよ。何故だか分かります?」
負けた時に、悔しくない?
「私達は死ぬほどジンさんが努力をしているのを知っています。それこそ、私達の想像を遥かに超えた努力をしていることを。だからこそ、ジンさんより努力してない私達は負けて当然と心のどこかに思ってしまうのです。それでも勿論、勝つ気では挑むんですけどね。」
俺は何も返せない。それに対して俺がどんな返答しても、最悪な人間になる気がしたから。
「私達はこの大会が始まる時、恐らくはこの戦いに参加する全員が既にこの決勝戦の結末をある程度予想していました。間違いなくこの二人が戦うのだと。」
あんなに、俺はギリギリで勝利を掴み取ったのに……予測していた。
「それは寧ろ私達の願望に近いものです。この世に生きる者全て、エースさんとレイさん以外の全人類。それが求めているんです。努力した者が勝てない世界など、あまりにも悲しいと思いませんか?」
それは、わかる。努力が天才に勝ることを証明する。それが俺の人生テーマの一つなのだから。
「だからこそ、勝って欲しい。誰よりも努力したあなたに、苦しんだ分だけの祝福を。」
心臓の音がよく聞こえる。血が滾る。興奮を抑え切れない。まるで自分が英雄になれたかのような高揚感。戦えと、俺の全ての細胞が囁いているようにさえ聞こえる。
「それだけです。どうか頑張って下さい。」
そう言ってシルフェは背を見せ去っていく。しかし、俺は言葉を述べなくてはならなかった。感謝と、敬意の言葉を。
「シルフェ!」
「……どうしたんですか?」
シルフェは軽く振り返る。
「ありがとう。」
震えは既に、止まっていた。




